第20話 新兵器の飛翔

 元帥は、二人の技師を連れて、スコーピオンの近くで待機中の師団司令部付航空偵察小隊のところへ赴いた。飛行服に身を包んだ小隊長が敬礼して出迎える。

「知っての通り、予想外の状況だが、初任務だ。もっとも、予想外であるからこそ、意義の多い初任務だ」

 元帥の言葉に、小隊長は緊張した面持ちを見せる。

「どこを飛びましょう?」

「現在地より南西の丘から、南側の川沿いの町まで。ガーリー軍が町にいるのは確実だが、他にも合衆国軍はもちろん、連合王国軍さえ出てきている可能性がある。特に緊要地形たる丘には、何かしらの部隊がほぼ間違いなくいるだろう。木立で見えにくいところもあるかもしれないが、目を皿にして見つけ出してくれ。丘、平原、町のどこに、どれだけの敵がいるかを」

「了解しました。いただいた名にふさわしい活躍を、お約束します」

 小隊長の敬礼に、元帥は答礼した。

 小隊員たちは慌ただしく、設計者たる技師二人の援助を受けながら、偵察ヘリの発進準備に取り掛かる。フレッドは、その様子を少し離れたところから見守る。……不測の事態がいくらでも起こり得る現状を考えれば、すぐにスコーピオンのところへ戻り、指揮に当たるべきだろう。しかし、フレッドは、なぜか立ち去らなかった。マリーが、小隊員に指示を出しながら、不審に思い元帥を見やる。そして、思わず苦笑を漏らす。が、すぐに気持ちを切り替えて、目の前の仕事に意識を戻した。


 偵察ヘリコプター“アドラー(鷲)”が、特殊陸送車シュネッケ(かたつむり)の荷台から、慎重に車載クレーンで吊り上げられる。

 ヘリの全長は8メートル、重量は1トンに及ぶ。スコーピオンの全長20メートル、重量150トンという事実を前にすれば、大したことはないように思えるが、それは感覚のマヒである。小柄な機体とは言え、自動車一台分の重さと、二台分の長さがあるのだ。そんなものを荷台に乗せて、適度な速度で安全に、不整地を乗り越え前線まで陸送するとなると、普通の車両には困難である。専用の陸送車には怪物・・のような性能が求められた。

 そこで採用されたのが、怪物スコーピオンの車体をベースに、サイドスカートと、蒸気機関を取り除いて新たに設計された車両であった。マリーが軍より持ち出していたⅩ号試作戦車の設計図をもとに、装甲を削ぎ落し、心臓をスチーム・エレクトリック・ハイブリッド方式から、シンプルな電気モーターに取り換え、ダッハウブルク工廠で新たに製造したのだ。この車体ならば、アドラーの長さ、幅、重量への耐久性、そして車体の速度と安定性、不整地の踏破性に、何ら問題はないと試算されたのである。

 特殊陸送車は、超重戦車Skorpionスコーピオンより派生した弟分として、頭文字を共有しSchneckeシュネッケ(かたつむり)と名付けられた。……前方に設けられたトラックのような運転席と、その後ろの荷台にそびえるヘリの織りなす独特のシルエットが、横から見た時、かたつむりに似てるという元帥の感想も反映されている……まあ、命名センスは賛否の分かれるところだろう。


 ともかく、シュネッケは期待通り、抜群の安定感で、荷台のクレーンを動かし1トンの飛行物体を空中に吊り上げ、ゆっくりと左側の地面へと降ろしていく。車体後方に立つ兵士が大声で指示を出し、操縦手が何度か運転席の窓より顔を出して振り返りながら、車内より電動クレーンを操作する。

3ドライ,2ツヴァイ,1アインス. Haltハルト!(停止!)」

 号令に合わせ、操縦手がクレーンを止める。ヘリコプターは無事、地面へ降ろされた。

 クレーンよりヘリを切り離すと、シュネッケは履帯の音を響かせ、かたつむりの一千倍の速さで10メートルほど離れる。すると、すぐさま航空偵察兵二名がアドラーに乗り込み、離陸準備にかかった。二人の技師も左右から近寄り、それぞれ電気系統と、飛行関連の機器を、搭乗員とともに確認する。幾つか指さし確認し、レバーやボタンを触ると、ヘリの後方で一束になっていた5枚のブレードが開いてゆき、青空の下に花を咲かせた。

 元帥は機械の美しい変身ぶりを目の当たりにし、思わずおおっと感嘆を漏らす。程なくして、ブレードはゆっくりと回転を始めた。ブレードの先を、フレッドの目がとんぼのように追いかける。しかし、すぐに境界が溶け出し、5枚のブレードは、風切り音をうならせながら、一つの円盤になってゆく。

 二人の技師が、元帥の両脇へ駆け寄ってくる。

「飛ぶわよ!」

 マリーが背伸びして、耳元で叫んできた。フレッドが驚いて見下ろした瞬間、影が辺りを包んだ。はっとして見上げると、アドラー偵察ヘリコプターが、頭上を飛び超えて行く。三人は並んで、初陣を迎えた新兵器の後姿を見送った。アドラーは、まず丘の方へ回っていく。その姿が見切れるまで、フレッドは背伸びして空を見守る。――ところが、不意に左右から笑われ、驚いて自分の横に視線を戻した。

 マリーは腹を抱えてヒイヒイ言っており、アンナも口に手を当て震えている。

「な、何だ? 何がおかしい?」

 フレッドが困惑して問うと、マリーが噴き出す。

「いっ、いやっ、だってぇっ!」

「社長はんも、男の子なんやねぇ」

「ど、どういう意味だ?」

「えー、自覚ないの?」

 目の端に涙をためたマリーに問われ、肩をすくめる。すると、アンナが優しく囁いた。

「アドラーの発進を見守ってはるつもりだったのかもしれへんけど、どっちかっちゅうと、かっこいい新しいおもちゃに夢中な子どもみたいやったでぇ?」

 途端にフレッドの頬に朱が差した。分かりやすい反応に、ますますマリーが喜ぶ。

 元帥は頭を乱暴にかくと、口をへの字に曲げ、二人に背を向けて歩き出す。漆黒の威容で佇むスコーピオンに向けて。

「完全に図星やったんやなぁ、あの反応……」

 アンナが新しいたばこを取り出し、火をつける。一条紫煙を吐き出すと、横でまだヒイヒイ笑う後輩を小突く。

「気持ちは分かるけど、そない笑ったら、社長はん、ますますへそ曲げてしまうよぉ?」

 マリーは、何度か深呼吸をして、横隔膜を落ち着かせる。それから、白い指で目尻の涙をはらって、満面の笑みで大きく息を吐いた。

「いやあ、フレッド、意外とかわいいとこあるのね! あんなにメカに夢中になるなんて! 予想外でびっくりしちゃった。ほんと、少年みたいにっ、目輝かせてっ」

 思い出して、また笑いがこみ上げてくる。アンナは、マリーの愉快そうな様子を横目に見ながら、煙を吐く。

「たしかに、社長はんは救国の英雄って呼ばれとる以外やと、自説を曲げへん頑固者で拝金主義者で皮肉屋っちゅう難物な印象があるから、あんな純真な目ぇされたら、ギャップえぐいわなぁ……。なんちゅうか、普段はカッコつけとるけど、油断すると素が出るみたいなの、姉の前やとたまに油断してまう弟を見るような気分やなぁ」

 瞬間、マリーの笑いが止まる。金髪のポニーテールを激しく揺さぶりながら、先輩に食いついた。

「お、弟じゃないわ、あんなの! かわいいと思ったのも、気の迷いよ! 弟はただ一人フリッツだけだし、あんな偏屈な悲観主義者、その足元にも及ばないんだから!」

「相変わらずやねぇ……」

 アンナが苦笑を浮かべる。が、とにかく笑い転げていたマリーが正気に戻ったのだ。今はこれで良いことにしよう。

 ――悪いのは、戦況だけで十二分である。

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