第31話 自由と公正のために!

「レジスタンスの大連合を、どういう組織形態にするかは決めたのか?」

 ニメールは、しっかりと首を縦に振った。

Jaヤー! 形式としては、共和政体を尊重するものにするつもりです」

「妙な言い回しだな?」

 眉をしかめると、策士の少女は一瞬悪い笑みを浮かべる。

「連合体の通常の運営は、行政に当たる幹部組織が担いますが、運営に関する規程は立法府に相当する総会の承認を必要とするのです。総会には、各レジスタンスの代表一名に参加していただき、総会での議決の際は、一名につき等しく一票を投じる権利を持つものとします。幹部の人員は、連合体の長が任命し、総会が承認するのです」

「ここまでは普通だな。で?」

「わたしたちの計画で最も重要なことは、民主主義的な意思決定のプロセスではなく、即断即決による行動なのです。オリオンのようにおごる占領軍をこのプロイスから排除し、市民に自由を取り戻すという大義のため、迅速果敢に動けることが大切です。そのため、連合体の意思決定は、総会の定めた規程にのっとり、代表の強い権限でもって迅速に下せるようにするのです」

 ベースは全員で決め、運営は事実上、強力な一人に委ねる。真に民主主義的な組織を目指すのなら、事実上の権力執行者に対するチェック機能が不足していると言わざるを得ないが、彼女が目指すのは恒久的な国家の建設ではなく、目前の闘争に勝利することなのだ。急速で、強大な抵抗運動を繰り広げていくためには、最低限このくらいの強権は必要であろう。

 フレッドは首肯し、新たな疑問を口にした。

「行政、立法は揃った。司法権はどうする? 占領軍を排斥した地域での治安維持も、連合体の責務になるだろう。司法の問題は無視できないと思うが」

「そのことについては、閣下にお願いをしたいのです」

 どういうことだ? と、不意を突かれ、驚きつつ首を傾げる。

「閣下はこれから、兵器を製造し、人を育て、装甲軍を作られると思います。その中に、憲兵隊を設置し、彼らに実効支配領域の治安維持を担わせるのです。中央は介入せず、各町のレジスタンスに全面的に任せるという手もあるかもしれませんが、貴重な戦力で、かつ郷土の防衛に燃えるレジスタンスには、銃後に留まるばかりでなく前線にも立って欲しいのです。また、中央から各地域の治安維持のために憲兵を送り込むことで、内外に連合体の実効支配領域を示すことができ、かつ、組織の統制を強固なものにできると思うのです」

 どうでしょう? とニメールが上目遣いに問うてくる。フレッドは、額を掻いてから、強くうなずいた。

「それでいいだろう。俺も、ニメールの考えに沿って、新組織の設置を急ぐとしよう。そうだ。連合体の名前は何か考えてるのか?」

 少女は、金髪の二つ結びを上下に揺らし、胸を張った。

「もちろんなのです! 名前には、連合体の目指すものを反映させます。連合体の目標は、第一に、占領軍の排斥による市民の自由の確保がありますけれど、その先に目指す世界がまたあるのです!」

 ほお、それは? と将軍が問うと、ニメールは頬を紅潮させ一層身を乗り出した。

「個人やコミュニティが、互いに尊重し合い、公正で対等な関係を築ける世界なのです。戦争というナショナリズムの殴り合いが終わった今、希求すべき“平和”な世界とは、そのような不当な支配や抑圧、差別のない博愛主義的な世界だと思うのです」

「なるほど、その通りだな……。しかし、平和は戦争の対となる概念に留まらない、ということか」

「その通りなのです。戦争は終わりましたが、今、プロイスが平和だと心底から言える人は、プロイス市民の中には一人もいないはずなのです。なぜなら、もはや爆弾は一つも降ってこないですけれど、占領軍将兵の拳と横暴は幾らでも降ってくるからです。搾取と暴力と飢餓のトリコロールに彩られた社会は、平和ではないのです。ですから、わたしは、不当に支配や抑圧を受けない自主独立と、そうした自由を基礎にした相互尊重からなる公正さこそが、平和の要件だと考えたのです。その上で、連合体の名前を決めました」

 フレッドが瞬き一つせず、一六歳の瞳を見つめる。少女は自信の嵐に金の髪をなびかせながら宣言した。

「その名は“平和戦線”なのです。火花の先頭に立って抑圧者と戦い、虐げられる人々に自由を取り戻し、公正な社会――博愛主義的な平和な社会を築いていく。そうした活動組織にしたいのです」

「“Fürフュア Freiheitフライハイト undウントゥ Gerechtigkeitゲレーヒティッヒカイト!(自由と公正のために!)”――まさにこの言葉の通りか」

「自由と公正、と言うより、自由それから公正、となってしまいますが」

「まあ、解釈の仕方としてはありだろう。文法的に満点でなくとも、意味的に不自然ではない」

 そう言って、背もたれに沈み込む。彼は彼で、ニメールの構想に合わせて実働部隊を早急に作っていかねばならない。彼の立ち上げる組織が、全国のレジスタンスに対する宣伝塔となるのだから責任重大だ。もちろん、大前提としてミュンヒェルン攻略計画も形にしていく必要がある。椅子に深く沈み、目を閉じて、両手で髪をかき上げる。その姿勢で固まると、脳みそが急回転を始め、対処すべき事柄を整理し、一つひとつ多角的に検討し始めた。

 ところが、思考がノリ出したところで、頭蓋の外から声が飛び込んでくる。

「閣下! ラジオ放送を聞いてください! 合衆国軍の占領軍最高司令部からの発表なのです!」

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