第11話 ダッハウブルク攻略戦
8月22日の早朝5時前、マクドナルド少将が仮眠から目を覚ますと同時に、居室へ副官が飛び込んできた。
「閣下。敵です」
ベッドの上に上体を起こし、報告するよう手を振ってうながす。
「偵察隊からの情報によりますと、見立て通り、基地北西部の森を通って、こちらに向かっているとのことです。確認された敵部隊は、鹵獲されたシャーク中戦車二両と、徒歩のレジスタンスです」
目をこすって、体の向きを変え、ベッドから降りようと足を床に垂らす。
「例の戦車は? マンシュタイン将軍が乗っている、あの黒いやつだ」
「偵察情報では、まだ確認できていないとのことです。現時点では、戦車は申し上げた通り、鹵獲されたM4が二両確認されたのみです」
ようやく立ち上がり、頭をかく。
「まさか陽動か?」
しかし、副官が眉間に皺を寄せつつも、首を左右へ振った。
「それは考えづらいと思います。目下脅威となるのは、その黒い戦車だけです。敵もそれは理解しているでしょう。そのような状況下で、レジスタンスがマンシュタイン将軍に従っているのだとすれば、その戦車の加護があるからに違いありません。さもなくば、森の部隊は捨て駒です」
「レジスタンスとは言え、ただでは命を差し出さないし、マンシュタイン将軍にしても明らかに寡兵なのに、捨て駒などする余裕はないと?」
Yes,sir. 背を正して首肯した。
少将は割れた顎をなでながら、数刻考え込む。が、結局、常識的に同じ結論に達し、副官とともに司令室へ向かう。
「正門はすでに警備済みだな?」
「はい、第四五歩兵連隊が護衛任務にあたっています。念のため、第三八中戦車大隊と、第五六戦車駆逐大隊を付近で待機させています」
「上出来だ。それだけいたら、捕虜も逃げ出そうとは思うまいが、いざとなったら、仕掛けたものも使え」
そう言って背中を叩くと、司令部室へ入っていく。すでに集まっていたスタッフたちが、緊迫した面持ちで揃って師団長に敬礼する。マクドナルド少将は答礼し、各員の表情を見回すと、余裕の笑みを浮かべた。
「諸君、神は我々に味方するだろう。勝利の女神は痩せた男より、大男の方が好みだ」
出た腹を叩いて揺らすと、師団司令部のスタッフらも自然な笑い声を漏らす。
ジョークを吐くマクドナルド少将は――万一など一切考えないほど――確信を持っていた。それは、圧倒的な物量からくる絶対的な自信であった。
地平線から太陽が顔を出した6時20分頃、第二四戦車大隊五〇両が、一五〇名の機械化歩兵を伴い、ダッハウブルク基地より出撃した。朝白みつつもまだ薄暗い森の中に踏み入り、目を凝らして前進してゆく。
しかし、偵察兵が敵を発見したポイントは森の西の端辺りであり、東から進む彼らにとっては、すぐには遭遇しないはずである。もちろん多少は前進しているだろうが、レジスタンスは徒歩だ。前進し基地に近付くにも、時間がかかる。マクドナルド少将の構想通り、捕虜を大人しくさせている領域の至近に、近寄られることなく速やかに撃退できるであろうことは、合衆国軍側としては上から下まで疑いもしなかった。
だが、調子よく早朝のハイキングを楽しみ、ずんずん列を成して進んでいた合衆国軍は、湿った森の奥まで入ったところで不意に痛打を浴びせられた。
レジスタンスたちが突如左右の藪より現れ、そのだらしなく伸び切った縦列の側面へ一斉に攻撃を仕掛けたのだ。
「Shit! これがマンシュタイン・パターンか!」
左右から攻撃を受けながら、車長の一人が叫ぶ。彼の乗るシャーク中戦車は履帯にパンツァーファウストをくらい、早くも行動不能になっていた。
罠をめぐらせた自軍のテリトリーへ敵を引きずり込み、戦列が伸び切ったり、攻撃限界点を迎えたりしたところで、包囲・半包囲・挟撃下にて集中的に火力を叩きつけ撃滅する――昨年1944年11月11日、黒の森で合衆国・ガーリー連合軍を葬り去った際にも使った、マンシュタイン将軍得意の戦術パターンである。
それを思い出した指揮官たちは、逆説的にマンシュタイン将軍は必ずこの森の中にいるとの信念を強め、三方からの攻撃に耐えながら、無理やり玉座目掛けて前進を試みる。
ところが、彼らの当ては外れていた。
森の混成部隊を指揮していたのは、アルフレッド・マンシュタイン将軍ではなく、ニメール・エローの腹心、ロベルト・ヨハン・サンピエールだったのだ。
この常に冷静沈着な青年は、反骨心の強すぎるレジスタンスたちをよくまとめ、マンシュタイン将軍にあらかじめ教わった通り、敵を奥深く引きずり込んだ最高のタイミングで一斉攻撃を命じた。結果、合衆国軍側は少なからぬ損害を被り、かと言ってこの状況で退くわけにいかず、援軍を要請し、自らは被害拡大を覚悟の上で突き進むほかないという状況へ見事に追い込まれた。
ロベルトは複数のレジスタンスの歩調を根気よく合わせ、効果的な集中砲火に成功したことで、マンシュタイン将軍の愛弟子として、敵味方から認められたのだ。
一方、その師匠はと言えば、まったく異なる場所にいた。
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