第22話 怪物退治

 ――どちらが狩人で、どちらが狐か……。

 プロイスの最新鋭超重戦車を着実に包囲しながら、ブレナム公は自問自答した。

 素人が見れば、連合王国軍側がマンシュタインらを追い詰めているに違いない状況だ。いまだ敵に対し二十倍を優に上回る車両数があり、包囲の幅も戦闘開始からかなり狭まっていた。つまり、それだけ敵に接近できているということであり、動かぬ的たるスコーピオンにとっては、弱点を正確に攻撃される可能性と、敵弾に貫通を許す可能性が飛躍的に高まっている。このまま損害をこらえ前進し続ければ、未知なる重戦車の鹵獲と乗員の拘束は十分に可能と考える人もいるだろう。

 公の視界に、また火柱が飛び込んでくる。斜め前方で、自らの家名を冠する歩兵戦車が吹き飛ぶ。五両目の喪失だ。

 確かに追い詰めているはずなのに、絶望感は連合王国軍側の方がより強かった。

 まず、強力なバズーカを有する歩兵が、敵の激烈な反撃を前に、全滅してしまったこと。次に、接近すればするほど明らかになってきたことだが……敵の装甲は17ポンド砲では太刀打ちできそうにないと分かってきたのだ。

 本来弱点であるはずの車体正面下部は半ば泥に埋められており、攻撃ができない。辛うじて泥の壁からはみ出ているところを撃ってみたら、激しい音を立てて弾き返される。17ポンド砲の貫通力は平均で200ミリと、第二次世界戦争中、有数の戦車砲であった。それが弱点に当たって跳ね返されたのだ。

「次はキューポラを狙ってください」

 公がより小さい弱点を指定する。騎士の槍のような砲身がわずかに仰角をとり、車体後部の円筒形のハッチを狙う。操縦手が一旦、車両を止める。すぐさま砲手は引き金を引いた。

 あっという間に砲弾は吸い込まれていく。しかし、キューポラの端に直撃すると、あらぬ方向へ角度を変えてすっ飛んでいく。

「弾かれましたね」

 冷静に呟いたつもりだろうが、さしものアイアン公爵・デュークの声も震える。

「これは間違いなく怪物だ。戦車戦をしに来たつもりが、攻城戦になり、さらには怪物退治になろうとは、思いも寄りませんでした」

 諦めずにもう一度キューポラを狙い撃つ。が、結果は同じだった。スコーピオンには傷一つつかず、背後の崖にはじかれた砲弾が突き刺さるばかりだ。

「生きてヘラクレスになるなら、今でしょうね」

 その声音は味方を奮い立たせる激励と言うより、もはやアイロニックな自嘲に近い。

 静まり返った公の乗機に、男爵からの無線が入る。車長はヘッドホンを耳に押し当てた。

『閣下っ! 敵戦車の側面に倒木が多数あり、左右両翼ともこれ以上接近できませんっ! 一旦迂回し、倒木の内側に回り込みますが、よろしいですかっ?!』

 自然に倒れたというより、あらかじめ倒しておいたのだろう……こちらが半包囲してくること、その間合いまで予想して、うまく包囲を保てないようにしていたのか? こちらの陣形が乱れた時に、そこに突っ込んで包囲を突破する気でしょうか? ブレナム公は長考する。

 ですが、それは考えづらい。むしろ防御が目的でしょう。車体前面下部にわざと泥をかぶせているのと同じで、弱点になり得る側面を攻撃しづらくさせる意図からに違いない。

『閣下っ! どうされるのですかっ?!』

 しかしながら、車体側面の装甲は、先般歩兵のバズーカを防いだように見えました。おそらく表面に見えているのはサイドスカートで、内側に空間装甲があるのでしょう。本体の装甲はその奥。となると、17ポンド砲でも貫通力が不足するかもしれない。

『閣下っ!?』

 車体背面は崖にくっつけるようにしていますね。あれでは戦車が入る余地はない。他に貫通できる部分があるとすれば……。

 キューポラから覗き見る。怪物はゆっくりと首を振って、新たな獲物に狙いを定めていた。男爵の叫び声が、14センチ砲の轟音に上塗りされる。六両目が沈黙した。再び巨大な砲塔が重々しく旋回する。

『閣下、ご指示をっ!』

「男爵。左翼のオリバーを六両、右翼側に回してください。合流したのち、右翼側が先行して敵戦車に急速に接近」

『左翼側はどうされるのですかっ?!』

「敵の注意がこちらの右翼に向き、砲塔が旋回したら、砲塔背面を攻撃してください――ここ以外に貫通が望める部分はない。少なくともブレナムの17ポンド砲なら問題ないでしょう。オリバー隊がどこから撃つかは任せますが、前に出過ぎないよう。よろしいですね?」

 男爵がAyeアイ, Sirサー! と応答し、早速倒木の裏から六両の巡航戦車が、右翼へ移動を始める。中央を前進し続けるブレナム重歩兵戦車の背後を回り、逆サイドへと急ぐ。しかし、もう少しで合流というところで、突如、一両から火の手が上がった。

 合流を右翼側で待ちわびていた男爵が、驚いて車外へ身をさらす。

「何だっ?!」

 さらにもう一両、火を噴きこぼして停止する。公爵も異変に気が付き、背後のキューポラを覗いた。その目に、よく見慣れた戦車のフォルムが映った。

「M4シャーク中戦車ですね」

『合衆国軍っ?! いくら勝手に侵入したとは言え、我々は味方だぞっ!』

「いえ、男爵。あれは合衆国軍ではありません」

 公爵は唇をかむ。

「マンシュタインに与するレジスタンスです」

 九両のシャーク中戦車が、突如、連合王国軍の背後に姿を現し、次々砲弾を撃ち込んでくる。

 ――罠の完成ですね。

 ブレナム公は苦々しい表情で、正面に向き直った。

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