第21話 必中投擲、九発目!
フレッドは唇を噛んで、新手のバズーカの射手に体を大きく振り向けた。機関銃の引き金に人差し指を触れた刹那、肋骨に激しい痛みが走る。うまく息が吸えない。目の前が真っ暗になる。思わず、機関銃を取り落とした。安全装置のはずれたマシンガンが、近接防御兵器にSミーネを詰め込む二人の後ろに、激しい音を立てて落ちる。
「フレッド? フレッド?!」
マリーの悲鳴のような呼び声が鼓膜を打つ。
「二時方向に対戦車ロケット!」
カールが装填しながら叫んで忠告する。車長は唇を噛んで、撃ち損ねた先ほどの歩兵を睨みつける。そして、浅い呼吸を繰り返しながら、腰の拳銃を抜いた。
両腕をめいっぱい伸ばし、対戦車ロケットを悪魔の筒に装填する敵歩兵目がけて、拳銃弾を叩き込む。強い反動で銃口が反り上がりそうになる。それを細い腕の筋肉で無理やり押さえつけ、次々と弾丸を放つ。彼我には相当の距離があった。咄嗟撃ちのピストルで、当てられる近さではない。
射手を守るように、他の歩兵が駆け寄り小銃の連射で応じてくる。そのうち何人かに拳銃弾があたるが、まったく射手には飛んでいかない。危機を察知したシモンが、ようやく砲塔を回し始めるが、相変わらず厳かな旋回だ。到底間に合わないだろう。キューポラの縁で銃弾がはじける。その上にフレッドは体をさらし、拳銃を撃ち続けた。
突然、ピストルが軽くなる。八発の弾をすべて吐き出していた。舌打ちして、神に守られたような敵のバズーカ兵を睨む。今や、戦車を殺す槍は筒に収まり、真っ直ぐこちらを狙っていた。
「これで終わりと思うなよ! 九発目をくれてやる!」
怒りに任せて拳銃をぶん投げる。ピストルは縦に回転しながら猛スピードですっ飛んでいく。そして、片目を閉じていた射手の鼻面にクリーンヒットした。鼻血を噴きながら後方へ倒れ込む。同時にロケットランチャーが前後から火を噴きだす。地獄の業火が、護衛のため周囲に集まっていた歩兵を巻き沿いに踊り狂う。フレッドは唖然としてその光景を見つめていた。
「や、やってみるものだな……」
「でしょ? 絶望しちゃダメよ。どんな時もね」
見下ろせばマリーにウィンクされた。居心地悪そうに頭を掻きむしる。すると、後部席上に突き出したキューポラが、妙に重い弾丸をはじいた。はっとして屈み、車内へ潜り、咽喉マイクを掴み取る。
「シモン、一時方向スナイパー。距離は不明」
『……やってみよう』
砲塔の旋回が止まる。指定された方向に、奥へ奥へと機銃弾をばら撒く。吐き出される弾丸が火の粉のように輝き、闇に潜むものをあぶり出す。装填を終えたニメールが、覗き窓から指示された敵の姿を必死に探す。しかし、曳光弾の激しい明滅に目がやられそうになるだけだ。が、少女が諦めかけたその時、名砲手の鋭い目が照準器超しに獲物を見つけた。
無言で引き金を引く。巨大な榴弾が超音速で飛翔し、すぐさま炸裂した。ニメールが驚き、小さく悲鳴を上げる。直後、ヘッドホンに車長の声が届く。
『お見事! 命中確認』
「……きれいに舞ったな」
『何が?』
『割り込むな、マリー。敵の死体だよ、死体。あの爆風を受ければ、それはもう高々と吹き飛ばされるさ』
『ああ、まさに天にも昇るって感じね』
『――お前さんのブラックジョークは、質が低いな』
『ええー』
後部席のやり取りを半ば聞き流しながら、ニメールは神業にぼうっとしてしまう。すると、不意に隣から優しく囁かれた。
「……ニメール。もう次弾を装填」
「は、はいなのです!」
そうして榴弾に手を伸ばす。
「……違う。榴弾ではない」
「え?」
振り向くと同時に、ヘッドホンから指令が聞こえる。
『ニメール。次弾装填。弾種、徹甲弾!』
「……もう歩兵はいない。全員地獄に送った」
そう言って微笑をたたえる砲手に、ニメールは反射的に生唾を呑んだ。
「さあ、あとは戦車だ」
車長用キューポラのハッチを再び閉めて、後部席内に降り立つ。ブーツの先に何か当たる。腰を屈めて持ち上げると、先ほど落とした機関銃だった。慌てて安全装置をオンにし、壁面へ戻す。
「まったく誰だ、こんな危ないものを落としたのは」
「こっちのセリフよ……」
死んだかと思ったわ、とマリーが車体側に下りながらぼやく。器用に右腕だけで、はしごを下ってゆく。
「俺も死んだかと思った」
強烈な打撃を受けた胸元を、服の上からまさぐる。すると、こりっとした感触が手の平にあたった。明らかに銃弾だ。しかも、小銃のものより長い。
「やはり先ほどのスナイパーか。まったく命拾いした」
「どのような魔法を貴殿が使ったのか、興味が尽きないが、今は目の前の危機に集中した方が良いのではあるまいか?」
操縦席に戻ったカールが案じると同時に、複数の砲弾が後部席前面に直撃する。車内がわずかに揺れたが、意外と静かなものだ。とは言え、このまま撃たれっぱなしでは、いずれまずい事態に陥るだろう。フレッドはヘッドホンを着け直すと、あらためてキューポラのペリスコープを覗いた。
「九時から十一時の方向は、オリバー九両にブレナムが一両。正面十一時から一時は、ブレナム八両。一時から三時にかけては、オリバー九両とブレナム一両か。ちゃんと二十八両いるよな? 今回は」
黒の森での凡ミスに懲りたのか、慎重に数え直す。その間にも、敵戦車は迫り、砲弾を次々スコーピオンの山のような巨躯に当ててくる。だが、岩山よりもはるかに頑丈な装甲に、全て弾き返される。
「うん、二十八両いるな。間違いない」
『……どれからやる?』
「分かってるくせに。その砲塔の向きでいい。ニメール、装填は?」
『完了したのです!』
「
深夜を指す時計の針のように、真っ直ぐと正面を向いた14センチ砲が、第二ラウンド開始の号砲を鳴らした。榴弾に代わり徹甲弾が超音速で滑空し、十二時方向のブレナム一両を火にくるむ。オリバー巡航戦車の75センチ砲は脅威ではない。恐れるとすれば、西側連合軍最強の対戦車砲たる17ポンド砲だ。だが、それでさえ、スコーピオンの重装甲にしてみれば、念のため、という程度のものであった。
とは言え、迫りくる敵戦車二十七両を撃退しなければ、先へ進むことができない。ニメールは徹甲弾と装薬を詰め終え、装填完了を報告する。指令の後、すぐさま撃鉄が引かれ、さらに一両の重戦車に大穴がうがたれる。車長からの攻撃効果報告を耳に入れながら、間髪入れずニメールは次弾の装填を始める。筋肉がぱんぱんに腫れあがった少女の腕が、33.5キロの弾頭をラックから引き抜く。呻き声をあげながら、高温の発射ガスがわずかに滞留する装填口へ鉄の砲弾を押し込む。続いて20キロの薬莢――全身から汗が滝のように流れ落ちる。合計53.5キロを長大な砲身へ詰め込むと、閉塞ボタンを押す。電気仕掛けの垂直鎖栓式閉鎖機が動き、分厚い鉄板がせり上がって、砲尾を完全にふさいだ。
「装填完了!」
三発目の徹甲弾が三両目のブレナムを仕留める。激しい爆轟が車内にまで鳴り響き、火柱が覗き窓からちらついた。思わず手で目を覆う。その横で14センチ砲の尾栓が自動で下へスライドし、巨大な空薬莢を床の回収箱へ吐き出す。鈍く輝く空薬莢同士がぶつかり、派手な金管の音を奏でた。
「お見事だ、シモン! 弾薬庫命中!」
ど派手な舞台演出のような爆炎に、さしものフレッドも声に興奮が入り混じる。そして、左手を目の近くまで上げ、心もとない天井の蛍光灯に寄せる。腕時計は日付をまたぎ、12時2分を過ぎたところであった。
「まだか……?」
待ち望むように、ペリスコープ越しに、敵の背後の木立を望む。ニメールの装填完了報告に反射的にFeuerと命じる。落雷のような凄まじい音が轟き、四両目が17ポンド砲を垂れ下げ沈黙する。事務的に撃破を告げ、他のペリスコープを覗きに行く。見るのは敵ではなく、その背後ばかりだ。爆音の連続の中待ち侘びるのは、ブレナム公が警戒していた“罠”である。
「時か、死か……」
「死にはしないでしょ? スコーピオンの装甲を、少しは信じてよね」
足元から即座に抗議の声があがる。だが、常に前線に身を置いてきた将軍は、鼻を鳴らして常の如く冷たい言葉を投げかけた。
「歴史上、慢心は、最大にして最低の敗因だ。戦場では誰もが死ぬ。不死身のアキレスだってパリス王子の矢に散った。お前さんも、腕を撃ち抜かれただろう? あれがもう少し体の中央にズレていれば、こうして無駄口を叩くこともできなかったんだ」
自らの体験を指摘され、マリーは傷の痛みを耐えるように呻き声を漏らす。
「分かったか? これが戦場だ」
灰色に鍛え上げられた精神から出る声は、真夏の夜にあって、二月の雪よりもはるかに冷たかった。
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