第19話 砲火

 無音の世界、霧に包まれた夜に、履帯の音と戦車のライトが差し掛かった。

 フレッドは、右斜め前のペリスコープに目を押し当てる。しばらく無言で外の様子を眺めた後、首元の咽喉マイクをつまんだ。

「全員起きてるか? お客さんのお出ましだ」

 砲塔側からは、くすりと笑う少女の声が聞こえてくる。そして床の鉄板一枚挟んだ足元からは、鼻提灯の破裂する音とともに、お、起きてるわよ!? という素っ頓狂な応答があった。

「よーし、全員起きたな。能天気な誰かのためにもう一度言うが、敵が来た」

「だ、誰が能天気よ!」

「お前さんだよ」

 ヘッドホンから文句と笑い声が同時に流れ込んでくる。一瞬、うるさそうに眉間に皺を寄せてから、再びペリスコープにしがみつく。ライトは霧を引き裂いて、林道を進んでいた。次第に縦列の陣容が、文字通り、明らかになってくる。

「先頭はオリバー巡航戦車。続いて、オリバーが十両。その後がブレナム中隊。公爵もあの中かな? 後続にまたオリバーと……最悪だ!」

 突然の叫び声に、カールが振り向く。

「どうしたのだ?」

「トラックが見える!」

「トラック? 弾薬でも運んでるの?」

 マリーが呑気に言う一方、ベテランの砲手は息を呑んだ。その隣で、巨大な徹甲弾の装填を始めつつ、ニメールが不安げにおさげを揺らす。


『どういう、ことなのです?』

「トラックは物を運んでいるわけじゃない。あの中に詰まってるのは――」

 フレッドは嘆息する。

「歩兵だ」

 じゃあ、楽勝じゃない? と技師は言うが、車長は前髪をかき上げ苦々しい表情を浮かべる。

「このスコーピオン、オリバーはもちろんのこと、ブレナム戦車にだって容易には撃破されないだろうが、歩兵は別だ」

「どうしてよ! 私が開発した世界最強の超重戦車よ!? 歩兵ごときに負けるわけないじゃない!」

「まったく反吐が出る意見だ。前線を知らんから、そんなことが言える」

 脳天を掻きむしりながら毒づく。

「いいか? 戦車の最大の敵は戦車ではない。見つけづらい対戦車砲と、すばしっこい歩兵こそ脅威だ。蟻のように地面を駆けずり回るあいつらに、対戦車兵器を持たせてみろ。こっちは狙いづらい癖に、あちらからはいい的だ!」

 しかも、肉弾戦を仕掛けられたらたまらない。無理やり砲塔に登ってきてハッチをこじ開け、手榴弾を投げ込まれたら、数秒でお祈りを済ませ、肉塊になる覚悟を決めるしかないだろう。

 最悪のシナリオを描きつつ、キューポラのペリスコープに、また汗ばむ顔を押し当てる。

「歩兵輸送トラックが……五両。後続にブレナム、そして、オリバー巡航戦車隊――これは後衛だな」

 連合王国軍の光に満ちたパレードは、真っ黒の怪物を探りつつ、目の前を通り過ぎてゆく。

 フレッドは頭を掻きむしってから、一つ息をついた。

「まあ歩兵がいたとしても、まずやることは変わらんな……。ニメール、装填は?」

『徹甲弾、装填済みなのです』

「よし。シモン、敵の頭を押さえよう」

『……Jaヤー

 砲は、あらかじめ敵の進路と進軍速度を予測し、十時の方向に向けられていた。静かに照準器を覗き込み、引き金に指をかける。テレスコープの右側から、闇を引き裂く強烈な光線が流れ込む。しかし、シモンは瞬き一つせず、その後に現れるオリバー巡航戦車の姿を落ち着いて待つ。

 数拍の後、シモンの人差し指が引かれた。


 森を揺るがす轟音が鳴り響くと同時に、パレードの先頭に火の手が上がる。連合王国軍の縦列が、細い林道上で急停止を余儀なくされた。

Nachladenナッハラーデン! Schnellシュネルッ!(装填! 急げ!)」

 スコーピオンの砲塔内は急速に慌ただしくなる。発射の反動で一度大きく後退した14センチ砲が、ゆっくり前進し元の位置に戻る。と同時に、砲の尾栓が下へスライドし、大きな空薬莢が飛び出してきた。ニメールが装填手として33.5キロの弾頭を砲弾ラックから抱き上げ、空になった砲身へ小さな拳で押し込む。その間にシモンはペダルを踏み、砲塔を二時の方向へぶん回す。車長はペリスコープから敵の反応を確認しつつ、装填完了の報告を待つ。

 さらに20キロの薬莢を装填口から押し込むと、砲尾横の閉塞ボタンを押し尾栓を上げる。ニメールは肩で息をしながら咽喉マイクを掴む。

「装填完了なのです!」

Feuerフォイエル!』

 間髪入れず号令が飛び、即座に二発目が放たれた。14センチ口径の砲弾は、今度は敵の最後尾の戦車を火だるまにする。一列に並んだ二十八両の連合王国軍戦車と五両の歩兵トラックは、林道で前進も後退もできず、完全に立往生となった。

 しかし、すぐに車長が叫ぶ。

「次弾、榴弾装填!」

 ニメールが、汗を噴出しながら次の弾頭をラックから選び出す。その間に、連合王国軍の歩兵輸送トラックから、悪夢のようにわらわらと軍隊蟻が這い出てきた。

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