第22話 戦いに勝って……
X号が履帯裏から白い蒸気を噴き上げ、ゆっくり旋回を始める。あわせて砲塔も回転し、大口径砲の切っ先が、真っ直ぐパリス中戦車に向けられる。
「最後の一両だ。止めを刺すぞ」
『……止めは刺すが、最後の一両ではないはず』
意外な言葉に、ん? と眉をひそめる。すると、マリーが確かめるように口に出してカウントする。
「えーと、マレンゴ重戦車は初め三両いたでしょ? 昨夜、二両撃破して、残りの一両は目の前で死んでるわ。パリス中戦車は九両いて、昨晩に五両、今日になってから二両撃破で、一両がそこにいて……あれ、確かにもう一両いるわね」
『……何両いようと、結果は変わらないが』
そう言って、シモンは照準の調整を済ませる。
「まあ、捜索は目の前の敵を屠ってからでも遅くないだろう」
そうして車長は、標的と砲の切っ先を交互に見る。咽喉マイクを右手で摘まみ、
しかし、視界の端で藪が激しく動くのに気が付き、半ばで止まった。
数秒の空白の後、藪から、本当の最後の一両が飛び出してきた。
「い、いたっ! パリスよ!」
マリーが目を丸くして叫ぶ。シモンが無言の内に、興奮気味な息遣いで砲撃許可を求めてくる。
が、すぐには許可は下りなかった。聡明な将軍は、敵の行動が意味するものに思考をめぐらせ、攻撃への意識がこの刹那薄らいだのだ。マンシュタイン将軍は一級の軍略家であったとしても、一級の戦士ではなかった。
『……目標が逃げる』
シモンがついに口に出して警告する頃には、パリス二両は全速力で逃げ出していた。それにボロボロのマレンゴ重戦車も続く。
「自走できたの!? ねえ、逃げちゃうわよ? どうするの?!」
マリーがせっつき、重ねるようにニメールも追撃許可を求めてくる。
だが、将軍は焦りの滲む声で命じた。
「攻撃中止。マクドナルド少将を捕獲している地点へ向かう。すぐにだ!」
意外な指示に動揺が走る中、一言無線に漏らされた。
「嫌な予感がする……」
数十分の後、試作重戦車と鹵獲中戦車は、合衆国軍を迎撃した高台の麓へ戻っていた。
そこから登っていった先で、先頭を行くニメールはあっと声を漏らした。
「誰もいないです! 人質も、仲間も――」
マクドナルド少将らを拘束していた木は根こそぎ倒され、見覚えのある縄が地面に落ちていた。鹵獲したシャーク中戦車が地雷原の手前で止まる。ニメールはキューポラから身を乗り出し、無残に散った大木を見つめた。
「死体もない……捕虜に、されたのでしょうか……」
広場で多数の市民が虐殺されたときを思い出す。そうだ、きっと見せしめにまた――少女は口を覆った。漏れそうになる嗚咽を押し留める。
すぐ後ろに超重戦車が止まる。フレッドは険しい表情で倒れた木を見てから、ふと辺りに目をやった。そうして、ため息をつくと、笑顔で大きく手を振った。
「フレッドとニメールだ! 我々は味方だぞ!」
少女が驚いて目を上げる。と、視線の先で、草むらが動めいた。反射的に腰の拳銃に手が伸びる。
が、見慣れた顔が次々出て来て、崩れ落ちそうになる。
かろうじてハッチのふちにしがみつき、安堵の笑みを浮かべる。
「ロベルト! ヨッヘン! アレクに、ヨハン! フランツも! 他も皆さん、無事だったのですね?!」
ぞろぞろとレジスタンスの面々が姿を見せる。
「軽症者はいますが、死者はいませんよ。ニメールさん」
それを聞いて、少女の目の端にうっすらと涙が浮かぶ。
「よかった――。本当によかったです!」
「ただ、ニメールさん。人質を逃しちまいました。マンシュタイン将軍と行かれた後、突然ガーリーの戦車が現れて、ヤンキーの奴らを乗せてっちまったんです。対戦車武器のない俺たちじゃあ、逃げるしかなかったんです……。すまねえと思ってます」
「謝らないでください。今回は逃げられましたが、次で捕まえてやればいいのです。そのためには、生きていないといけません。生きて、待って、勝つのです!」
小さなリーダーの言葉にレジスタンスの男たちは顔を紅潮させる。次こそは必ずと固く誓い合った。
『……なるほど』
少し離れた車両の中で、シモンは呟いた。
『ボナパルト将軍は、こちらの狙いを正確に理解していたわけだ』
どういうこと? とマリアが首を傾げる。
「我々の目的は、上級士官を人質に取り、交渉の具とすることだった。つまり、彼らにしてみれば、何両やられようとも、捕虜さえ出さなければいいんだ。それだけで、こちらの目標達成を阻むことができる」
車長の言葉に、深いため息が混じる。
「ボナパルト将軍は合衆国側に勝ち目はないと考えた。同時に、捕虜が出ることを予想した……」
あっと叫んで、技師は手を打った。
「だから、パリス一両に合衆国軍を尾行させたのね! 戦況を見守り、いざ捕虜をとられたら救出するために!」
「その分、ガーリー本隊の戦力は減じたが、それはどうでも良かったんだ。彼は自らの身を危険にさらしてでも、我々の野望を打ち砕くべく最善の選択をした、ということだ」
まったく名将という奴は、勇にも知にも優れるとは――前髪をかきあげながら、フレッドは呟いた。
「さて、失敗に終わったこの仕事、どう落とし前をつけるか……」
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