第23話 凱旋の夜

 レジスタンスとフレッドらが、ガーリーと合衆国の戦車隊を撃退して凱旋した夜、町の広場は大変な騒ぎであった。レジスタンスが精強な敵を追い返したと、口々に言い騒ぎ大宴会となっていた。

 しかし、そんな輪の中にあって、浮かない顔が一つあった。

 作業着姿のマリアが大量のソーセージを盆ごと持ってきて、その顔の隣に座った。

「不景気な顔してるわね~。合衆国とガーリーの戦車隊をまた壊滅させたのに。ほら、ソーセージ食べる?」

 一つフォークに突き刺して、目の前でぷらぷらする。アルフレッドはため息をついて、顔を背けた。

「今は気分でない……」

「気にしすぎよ!」

 代わりに自分の口に運びながら、マリアはしゃべり続ける。

「ニメールも言ってるじゃない。みんな無事で、しかも、この町から戦車隊も撃退できて、とりあえず良かったって。大きい目標には、それなりに時間がかかるわ。成功のためには、九十九回の失敗が必要なのよ」

「だが、その一回の失敗は、高額で受け持った仕事だった。成果を出せずにはい終わり、という訳にはいかん。ニメールはひとまず満足しているんだろうが、契約は契約だ」

「堅物ね~」

「そうか……? 引き受けた仕事は、完璧にこなすか、こなせなければ相応のペナルティがあるべきだと思うんだが……」

「発明家の私からすると、その感覚は分からないわねえ。一々失敗に文句言われてたら、仕事にならないもの。そう、かの発明王の言った通りよ。今回のは失敗ではなく、うまくいかない方法を見つけただけだから!」

 三本目のソーセージにかぶりつく。湯気が闇に立ち上る。頬に手を当てて喜んで、実にご満悦そうだ。

「ん。そう言えば、シモンは?」

「宿で休んでる」

「ええ……」

「人見知りだからな。仕方あるまい」

「たしかにね。あんま社交的な性格じゃないわよね」

 広場の中央では、ニメールと、レジスタンスの面々や、住民たちが、祝いの酒を酌み交わし、陽気に歌い踊っている。幾人かは、焼け焦げたガーリーの重戦車の残骸に登り、その上でビールをかっくらっていた。

 昨晩凄惨な戦闘が行われたホテルの前には、合衆国軍の置き土産、シャーク中戦車8両と、その横に、鹵獲したマクドナルド少将の一号車、そして、初陣を思う存分暴れまわった漆黒の試作超重戦車が並んでいる。

 二人の目は、同じ方向を向いていた。

「あのX号試作戦車……」

「巨大すぎるな」

「いや、そうじゃなくて」

 ――しかし、頭の中は別々で、思わず互いに顔を見合わせた。

「何だ?」

「名前、つけてあげた方がいいんじゃない? いつまでもⅩ号試作戦車じゃ味気ないし」

 言われて、フレッドはしばらく夜空を見上げる。煌々として賑やかな地上とは、うって変わって静かな夜空だ。その天空には、そこらじゅうに星が散らばっている。金髪の将軍は、無言でその一隅を見つめていたが、不意に首を横へ振って嘆息した。

「今後、あれに乗らないのが、一番の幸せだ」

「別に乗らなくても、名前くらいつけていいんじゃないかしら」

「名付けるというのは、近付くということだ。とにかくもう戦争は終わった……。願わくば、今後、兵器の類からは、縁遠くありたいね。まあ、技師が性懲りもなく付き合いたいというなら、勝手にすればいい」

「でも、私との契約は?」

 純粋な瞳で見つめられる。フレッドは前髪をかき上げ、咳払いした。

「血を見ずに済む方法を、優先的に模索したいね」

「あるの?」

「……考えるさ」

「ねえ、その――」

 言いかけて、次の言葉が出てこない。フレッドが不思議そうに振り向くと、マリアは彼の顔を直視しながら口をパクパクさせていた。

「呼び方か? それなら、フレッドでいい」

「なら、私のことはマリーでいいわ。それでね、フレッド。一つ訊きたいことがあるんだけど……」

 ソーセージのボールを脇に置き、両手を膝の上にそろえる。背筋が伸び、金髪のポニーテールが神経質に揺れて、白いうなじをなでる。

「あなたは、どんな幸福を失ったの……?」

 話が飛躍し、呆然と技師を見つめる。マリーはしばらく真剣な表情でこたえを待っていたが、相手に質問の意味が伝わっていないとようやく察すると、慌てて付け足した。

「あいやその、言ってたじゃない? その、ニメールのお父さまに。じゃなくて、ニメールのお父さまの話を聞いて、言ってたじゃない。他人の不幸は蜜の味だが、失った幸福はどうのって」

 それでようやく思い出し、フレッドは嘆息して肩をすくめた。

「あれは我ながら幼稚だった――。何、この時代、珍しいことではないさ。妻を亡くした。俺が第七装甲師団を率いて、戦中二度目のパリス陥落を果たした頃、ベルーンの自宅にオロシーの兵が押し入って、妻を強姦したようだ。畑で取れた土汚れた兵は、余程飢えていたか、かなりの好きものだったみたいだな」

「自分の奥さんに、なんてこと言うのよ!」

「妻は妊婦だった。腹も随分大きかったはずだ。出産予定日まで一週間ほどだったからな……」

 マリーは上げかけた手を、ふらふらと下ろした。

「だから、せめて娘だけでも守れたことが、うらやましいと感じたんだ。俺はどちらも一気に失った。パリス再陥落とかいう、どうでもいいことを祝している間に、二つの本当の幸せを、失ったんだ――」

 長い沈黙の後、だが、とフレッドは言葉を続ける。

「俺も大勢の父親や子どもたちを殺した。一人殺すごとに、昇進し、昇給した。ガーリー、合衆国、連合王国、それにオロシーの遺族たちからすれば、俺は怨嗟の的だろうよ。プロイスや、オーストライヒからだって、呪いの声があがっているかもしれん」

「どうして? 野戦憲兵じゃあるまいし、逃亡兵や市民の虐殺なんてしてないでしょ?」

「当然だ。だが、俺の指揮下で亡くなった部下の遺族に、俺を恨む者がいるかもしれない。或いは、お前さんだって……」

「思うわけないじゃない! それと、フリッツは死んでないから! ここ重要!」

 二人の脳裏に、焼け焦げたティーゲル・ドライの姿が思い浮かぶ。愛すべき弟分の最後の勇姿、或いは忘れ形見か――祝宴から切り離され、二人の間にだけ沈黙が落ちる。

「……見に行くか」

 フレッドがおもむろに立ち上がった。マリーは不思議そうに見上げる。

「フリッツの乗っていた戦車をだよ」

 無言の問いにこたえると、さっさと元師団長は歩き出す。姉ははっとし、慌てて背中を追いかけた。

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