第21話(前半) 決闘! 絶望と希望と……
X号試作超重戦車は無敵に見える。事実、その火力と装甲は破格である。
ただし、その分、重量は150トンという前代未聞のものとなり、機動性は劣悪だ。特に小回りがきかない。挙げ句、後部席の存在故、砲塔は後方60度が旋回不可能である。
対してガーリーの誇る最新鋭重戦車マレンゴは、重量50トンと、同じクラスの戦車の中では比較的軽量である。火力も120ミリ砲を搭載し申し分ない代わりに、装甲は中戦車よりはマシという程度であった。正面に限ればオロシー連邦の大口径徹甲弾をも防ぎ得るが、側背の防御力は機動性の犠牲となっていた。
「必然的にこの試作超重戦車は遠距離戦を、マレンゴは近距離戦を得意とする。でかければ強いというわけではない。結局は運用次第だ。分かったか、技師殿?」
「いや、私が好んでこのサイズにしたんじゃないわよ? 上がそうしろって言うから仕方なく……。だいたい技術者としても、軽い方が楽なんだから。重ければ重いほど、頭痛が酷くなるのよ」
「お前さん……頭痛になるのか」
「どう思われてるのかしら、私のこと。と言うか、索敵しなさいよ」
分かってるよ、と軽く言い返し、キューポラから頭を覗かせる。車体前方の砲塔からは、シモンも身を乗り出して、周囲に目を走らせていた。
ゆるやかな下り坂が続いている。斜面は何千本という針葉樹に覆われ、地面まで日の光が届いていない。湿った土に生えたきのこを、鉄の履帯で踏み潰して進む。進路は先ほどの草地から南西方向、町へ向かう方角だ。ガーリーの残していった履帯跡を頼りに斜面を下っていく。
シャーク中戦車も警戒しながら、一定の距離を保って着いてくる。
――この辺りの森は庭のようなものと言いましたが、敵の戦車砲に今まさに狙われているかもしれないと思うと、安心はまったくできないのです……。
森の中を湿った風が吹き渡る。それはニメールの頬を不気味になでた。小柄な身の丈で、キューポラから何とか頭を出し、木の幹一本いっぽんの裏まで注意して進んでゆく。
「ニメールさん! 履帯跡が……」
その時、操縦手が叫んだ。ニメールは反射的に前方に目を向けた。
「履帯跡が、消えてます!」
咄嗟に無線を掴み取り通報する。
「将軍! 追跡していた履帯跡が消えました! いえ、消されたものと思われるのです」
『何? こっちはまだ続いてるぞ』
「二手に分かれたのでしょうか……?」
『十字砲火が狙いかもしれんな。或いは、一両を囮にして、こちらの弱点を曝け出させるつもりか……』
「どうしますか?」
『止まっても意味はない。むしろいい標的になる。警戒を厳にして進むぞ』
Ja! と応答し、固唾を飲む。初めて乗る戦車での戦いは、緊張の連続である。
「次からはやはり、自分の足で駆けたいですね」
そう呟くと、砲塔内の砲手と装填手が同情するようにうなずいて笑った。
その直後、前方より砲声が轟いた。
頑丈な装甲が、震えながら敵弾を弾き飛ばす。
「発砲確認。二時方向の藪の中!」
車内に転げ落ちながら、フレッドが叫ぶ。その場で停止した試作重戦車の巨大な砲塔が、ゆっくり右斜め前へ旋回する。
「
14センチの徹甲弾が直ちに藪の中へ叩き込まれる。しかし――
『……手応えなし』
何も起こらなかった。
「逃げたか」
そう言って、再びキューポラから顔を出し、発砲のあった周囲を鋭く見渡す。が、そこは急な斜面になっており、下側を覗き見ることはできなかった。
「パリスかな」
『……おそらく。聞き慣れた105ミリ砲の音だった』
「足が速いからな。到底追えまい」
「36トンの軽量な車体に、900馬力の大出力エンジンだものね。鬼ごっこは無理だわ」
『将軍、無事ですか!?』
ニメールから、ほとんど悲鳴のような絶叫の無線が入る。
「何も問題ない。しかし、次が来るぞ」
「え、次?」
マリアが素っ頓狂に叫んだ瞬間、二度目の、いや、二つ目の砲声が響き渡った。
「120ミリ砲! 九時にマレンゴがいるぞ!」
叫びながら逆側を振り向く。その瞬間、鋼鉄製の砲弾が、右耳の真横をかすめ飛んでいった。本能的に身体が固まる。がしかし、そんな場合ではない。
目的の重戦車はすぐ見付かった。
「シモン、敵重戦車は距離80メートル、九時方向だ」
無言のうちに巨大な砲塔がゆっくり左へ旋回する。その砲塔目掛けて、再び120ミリ砲が放たれる。が、砲弾は角度のついた砲塔側面に命中し、勢いを失って虚空に投げ出された。
「砲塔側面で弾けるのか!?」
フレッドが驚いて叫ぶ。敵も同じ心境だろうが。
「側面だからって舐めないでちょうだい!」
開発者の挑発的な言葉が聞こえたわけではないだろうが、怒り狂った敵はすぐさま三発目を放つ。しかし、その弾は大きく上へ逸れた。
「シモン! 砲塔旋回急げ!」
『……これが限界』
「敵が動くぞ!」
『……間に合わない』
ようやく十時方向まで回ったところで、マレンゴが動き出した。14センチ砲の射線を避けて、背後に回りこむように接近してくる。
『これでも食らってください!』
ニメールの声は必死だ。だが、貧弱な75ミリ砲は敵に届かず、地面に吸い込まれる。
「マリー、車体旋回! 左だ!」
左右の履帯を逆転させ、全速で超信地旋回を試みる。
だが、マレンゴの身軽な動きにまったく着いていけない。ステップを踏むような軽やかさで、距離を一気に詰めてくる。
「距離40メートル!」
また敵の砲が火を噴いた。後部席の角にぶつかり、衝撃で激しく揺れる。
「当たった! 当たったわ!?」
「こんなのまぐれ当たりだ! いいから、旋回急げ!」
「これが限界よ!」
鈍重な動きは地響きがしそうな迫力だが、迫力で撃退はできない。マレンゴは横へよこへ流れながら、急接近してくる。車体と砲塔を同時に旋回させ、その動きを追う。
『……捕捉』
「
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