第19話 連戦
「
火山の噴火のような轟音で、森の静寂は破られた。弾丸は狙い通りに飛んで行き、敵の退路を唐突に絶った。撃破された戦車は、狭い通路上において有効な障害物となる。重量が数10トンを超す戦車というものは、走行可能な道が限られているためだ――。
合衆国側はパニックに陥ったかに思えたが、右往左往することはなかった。進める道が限られているなら、突き進むのみ――好戦的な指揮官の気性も相まって、むしろ速度を上げて斜面をジグザグに駆け上ってくる。
「愚かな」
「敵さん、自棄になってない?」
マリアが、正面の細い覗き穴から外を見つつ不安そうに呟く。
「かもな。だが、その方が細かい見落としをしてくれる」
その時、中腹辺りから雷鳴のような爆発音が聞こえてきた。もちろん14センチ砲は装填中だ。パンツァーファウストも放たれていない。フレッドはニヤリと笑った。
「かかったな」
先頭車が真下から突き上げるような衝撃を受け停止すると、それをわずかに迂回しようとした後続車も同様の爆発で車体が持ち上がり、火を噴きながら泥に突っ込み静止した。
「何だ一体!?」
先頭一号車に乗っていたマクドナルド少将が戦車の中で喚く。
「操縦不能です、閣下!」
「何だと!?」
「おそらく転輪を吹き飛ばされたかと」
「まさか、対戦車地雷か! 小癪なレジスタンス風情が……どこでそんな兵器を盗みやがった!?」
斜め後ろで三度目の爆発が起こる。
「動くな! 一旦、全車停止!」
かくして合衆国軍の全ての戦車が、悪魔的な対戦車兵器の前に動かぬ的となった。
「ちゃんと機能したな。14センチ砲の榴弾を用いた即席地雷」
「私の手にかかれば、こんなものよ! しかも見た? 二両目と三両目は弾薬庫かエンジンをやったわ。二両大破!」
「よし。――パンツァーファウスト隊。
六本の悪魔の矢が放たれる。茂みから、鈍い音で弧を描いて飛んでゆく。そして、見事に六両のシャーク中戦車を火だるまに変えた。
『装填完了』
「
14センチ砲がさらにもう一両のどてっ腹を貫き、盛大な花火をあげさせる。
「これで隊長車のみ行動不能で、他十両撃破」
『……いや、十一両撃破だ』
「何?」
シモンの冷静な報告に首を傾げるが、すぐに分かった。花火が続いてもう一つ、奥で上がったのだ。
「い、一発で、二両撃破!?」
開発者のマリアでさえも目を見張る。
『……直線状に並んでいたし、なんとなく出来そうだった。それだけだ』
シモンはいたって冷静にこたえた。この“なんとなく”を直感できる天性こそ、彼の優秀な資質、言わば狂気なのかもしれない。
レジスタンスのうち数人が、小銃を構えながら行動不能となった敵隊長車に近付いていく。転輪が破損し走ることはできないが、武装は健在だ。いつ榴弾を放たれ四肢を吹き飛ばされるか、機銃で無数の風穴をあけられるか、分からない。ゆっくり歩み寄る勇気ある民兵も、それを見守るニメールやフレッドも、固唾を飲む。シモンは砲弾を装填し、最悪の場合に備え照準器に目を当てる。
レジスタンスが敵中戦車から5メートルの距離に近付いたとき、不意に砲塔上部のキューポラが開いた。一斉に足を止め、銃を構える。
しかし、次の瞬間、全員ほっと胸を撫で下ろした。
シャーク中戦車の上に、白旗がたなびいたのだ。
『車長を生け捕りにしてください。他のクルーは……』
「他の乗員もだ。殺してはならん」
ニメールの無線に思わず割り込む。驚いて少女の声が止まった。
フレッドは諭すように話す。
「車長一人が降伏したわけではない。この戦車の乗員は皆、階級に応じ、捕虜として適切に扱わなければならない」
「ですが、わたしたちは奴らに――」
「私心による報復は非合法だ。戦争とは最低な行為だが、それでも最低限の法律がある。これが戦争に準じる戦闘行為ならば、国際法に準拠しておくに超したことはない。それに、無法者を無法者が裁くのでは、ただの泥かけ試合だ」
ニメールは数拍の後、くすっと笑った。
「分かりました。確かに自称“正義”を裁くからには、あちら以上に行いを正しくしないといけませんね。降伏した敵クルーは全員捕虜として扱ってください。抵抗された場合を除き、暴力は厳禁です」
「本当に律儀なのね……」
マリアが感心して見上げる。
「法は人を守ってくれる。だから、俺も法を守るんだ」
「じゃあ、どうして一級戦犯なのかしらね」
肩をすくめて技師が嘆息する。と、フレッドは笑ってこたえた。
「法のご指名でなく、政府のご指名だからじゃないかな」
『マクドナルド少将以下四名の搭乗員を拘束しました』
そのとき、レジスタンス側からの報告が無線に入った。フレッドはキューポラから顔を覗かせ、戦車の残骸の間を見やる。敵戦車兵らは木の幹に縛り付けられ、周囲をレジスタンスが物々しく取り囲んでいた。
「……適切な捕虜の取り扱いとは言えんが、まあ無理もないか。教育の機会もなかったのだし。折角だから実習してやりたいが――」
――ボナパルト将軍がまだ片付いていない。人質の件はひとまず良いが、ガーリーを完全に追い返すまでは安心できない。
フレッドは無線機に呼びかけた。
「ニメール。ただちに移動して、ガーリー軍を攻撃する。捕虜は最低限の見張りとともに、この場に置いていけ。後で回収する」
『分かりました』
「でも、もうパンツァーファウストないんでしょ?」
足元からマリアが心配そうにたずねる。フレッドは黙って首を縦に振った。
「問題はここからだ。現在、我々には圧倒的に対戦車兵器の数が不足している。早い話が14センチ砲しかない。これでは、装填の隙をつかれ、この戦車が囲まれて火の玉になるのは明白だ。だが、レジスタンスに今できることは……」
『…………もしないなら、ニメールでも誰でもいいから、装填をやってもらえれば助かるが』
「十分な訓練もなく、できるわけがないだろう」
「じゃあ、運転やってもらいましょうよ。私が装填するから」
「お前さんも装填手の経験なんかないだろ。それに、開発者でさえ運転困難なじゃじゃ馬を、レジスタンスがすぐ乗りこなせるとは思えん」
「それなら、突撃させるっていうの?」
「残念だが火炎瓶の一つもないのでね。それさえ不可能だろう」
『お待ちください、将軍!』
少女の大きな声にフレッドは驚き、思わずヘッドホンを浮かせた。
「どうした?」
『たしかに、わたしたちには対戦車兵器はありません。ですが、わたしに考えがあります。きっと閣下のお役に立てると思うのです』
フレッドは一度唾を飲むと、ゆっくり息を吐き出した。
「聞かせてくれ」
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