第18話 迎撃
一級戦犯マリア・ピエヒ、アルフレッド・マンシュタインの両名と未知の超重戦車の確保を主目的とするガーリー・合衆国の連合軍は、物量において敵に勝っていた。一方、マンシュタイン一行とニメール率いるレジスタンス側には、一見地の利があるように思えた。しかし、ボナパルト少将や、ベルモン中佐は黒の森作戦当時、同じフィールドで同じ指揮官と戦っている。ガーリー相手では、このわずかな優位も心もとないものである。
火力においては、レジスタンスの有するパンツァーファウストは、見通しの悪い森の中で極めて有効だ。至近に忍び寄って存分に敵戦車を撃破出来るだろう。しかし、それも残り少ない。14センチ砲は目下黒の森で最大の脅威となっているが、装填には通常の戦車の四、五倍時間がかかる。これを見破られたら最後。機動力で勝る敵戦車に囲まれれば、怪物とは言えひとたまりもないだろう。正面の装甲は堅牢だが、側背面も同じとは言い難いのだ。特にガーリーの新型重戦車マレンゴの120ミリ砲は警戒しなければならない。
マンシュタインは部隊を待ち伏せポイントに動かしながら考え込む。
我々の優位はなんだ? 目的? いや、敵指揮車の撃破を容易と見ることはできない――いや、撃破してはならないのか。人質にとるのだから。それなら他の車両をことごとく撃破して、降伏を迫るか? 無理だ。その前に逃げるだろう。マクドナルド少将がこちらの目的は把握している。長く留まれば、それだけ捕虜とされるリスクが上昇することは承知のはず。
逃げられなくするしかないか……。隊長車を行動不能にし、他は全て撃破する? だが、出来るか? この戦力で――。
一人ため息をつく。
「いっそ殲滅するほうが楽かもな」
『やるか?』
「駄目だ。相手の隊長や副官は生け捕りにせねばならん。それが依頼だ。その仕事に対しての契約金なんだ」
『……そうか』
心底残念そうな声がヘッドホンから漏れ聞こえる。
フレッドは呆れたように笑って返した。
「だから、隊長車以外は全て撃破していいぞ」
『心得た』
一転笑みを含んだ声音で戦友が応答する。鼻歌でも聞こえてきそうだ。
「ここ真っ直ぐ?」
マリアが狭い覗き孔に顔をしかめながら尋ねる。
「いや、目の前の木を左だ」
フレッドがキューポラから顔を出す。そして、
道――と言うべきものはないが、彼らの進路はゆるやかな上り坂であった。
「まずは高地をとる。木が生い茂っているとは言え、低いところよりは視界が通る。おそらく相手も――この場合は合衆国だろうが――この高地に着目するだろう。町から一番近い高台だからな」
「途中でかち合わないかしら?」
「それはないだろう。こちらの方が早く到達するのは自明の理だ。スタート地点がこちらは森、あちらは町だ。そこ右。
再び100トンを超える鋼鉄が坂道を削り取りながら旋回する。
「じゃあ、合衆国の部隊は私たちがそこにいて、待ち構えていると知りながら来るの?」
「そうなるだろうな」
「本当に来るのかしら……?」
「彼らの目的は俺たちだ。いると思うならば、危険承知で行くしかない。それが仕事というものだ」
「危ないのね……」
「お前さんは本当に戦場を知らないんだな」
フレッドは頭をかきむしりながら悪態をつく。
「お前さんが作ったものは、そういうところで使われていたんだぞ。のん気な奴め」
「わ、分かってるわよ」
左右の操縦竿を前後させつつ言い返す。が、車長は鼻で笑うだけだった。
朝日が頭より高く昇った頃、それを見下ろすような高台に漆黒の重戦車は陣取った。車体の正面を南西、町の方に旋回させる。14センチ砲を構えるごついアーモンド形の砲塔が黒光りする。レジスタンスはパンツァーファウストや小銃を手に、頂の周辺へと散った。敵に見付からないよう藪や木陰に身を潜める。
フレッドは後部席から出ると、車体前方の砲塔の裏に隠れ、双眼鏡を構えた。そして頭だけ出して、丘の下の方を偵察し始める。後部席からでは車体が邪魔で、よく見えなかったようだ。すぐにシモンも砲塔上部の砲手ハッチから顔を出し、フレッドの斜め前で双眼鏡を覗き込む。マリアは蒸気機関の計器類に目をやりながら操縦席で指示を待つ。
「……本当にこちらから来るか?」
シモンが呟くような小声で確認する。
「……反対斜面から来たら、初動が一分近く遅れる」
偵察はレジスタンスの目も借りているため、どの角度から来てもすぐに発見できるが、最大の武器たる14センチ砲を動かすには、基本的に車体ごと移動させる必要がある。砲塔の旋回域が限定されているからだ。しかも、前例のない巨大な戦車は、その場で旋回するのにも想像以上に時間を要する。もし正反対の斜面から来られたら、車体の旋回と移動、再配置後の砲の照準調整まで含めて、確かにシモンの言うとおりの時間がかかるだろう。それはすなわち、一両撃破できたはずの時間を無駄にすることになる。およそ一分間に一発撃つのがやっとな現状では、ますますその損失は大きい。
「……町側から直接攻めてくるとは思えない。無用心すぎる」
「一旦反対方向に迂回して登ってくると?」
シモンは黙って一つうなずいた。
「まあ、その可能性も否定はできない。が、マクドナルド少将の性格が噂通りなら、なんとなくそのまま真っ直ぐ突っ込んできそうな気がするんだ。だからこそ、こちら側の斜面に仕掛けをしたのだしな。これは……正直、賭けの部分もあるが、今までだって絶対の自信で敵に挑んだことなんかないだろう?」
相棒の言葉に真剣な表情で首肯する。そして再び双眼鏡を覗き込むや否や、鋭く言い放った。
「フレッド、敵集団発見。二時の方向」
車長が慌てて同じ方を覗く。
「合衆国のシャーク中戦車が……十二両。十二両? おかしいな。ニメールは五十名以上殺したと報告していたが、五名乗りのシャークが十二両では六十名が生き残ってる。もともと合衆国側は二十両の百名だったはずだが、十人くらいゾンビかな?」
「……こちらも五名乗りのところが三名しかいない」
「なるほど、そうだったな。各個の攻撃力や反応速度を犠牲にしてでも、戦車の頭数をそろえたか。彼ららしい物量戦だ。……だが、正解だな」
いずれにしろ合衆国軍の主力戦車、M4シャーク中戦車の貧弱な武装では、強靭なX号試作戦車の装甲は撃ち破れない。どうせ役に立たないなら数をそろえる。数はそれだけで暴力になる。
「こちらフレッド。南西斜面にてシャーク中戦車十二両を発見。各員、他の敵影は見えるか?」
数秒後、各所より報告が入る。いずれも回答は
双眼鏡を目から放し嘆息する。
「挟撃の心配はなさそうだが、連戦になるな」
「……まだ各個撃破の方がやりようはある」
「だな」
戦友の肩を叩き、フレッドは姿勢を低くしたまま車体の上を歩き後部席に乗り込む。砲塔のハッチが静かに閉められた。
車長はキューポラから頭だけ出しながら双眼鏡で敵を追い続ける。十二両の中戦車が斜面をジグザグに走ってくる。こちらにはまだ気付いていないようだ。
『こちらニメール。別斜面の監視三名を除いて、全員戦闘配置につきました』
「命令あるまで待機せよ」
――パンツァーファウストの有効射程はせいぜい100メートル。撃ち下ろしの格好になっているから多少有利だが、残りの数を考えると、はずす余裕はない。が、あまり引き付けすぎても、14センチ砲の装填時間の異常な長さ故、十分な打撃を与えられない恐れがある。
……罠がきちんと機能することに、期待するしかないか。
フレッドは無線に向かって告げた。
「これより戦車砲での攻撃を開始する。が、パンツァーファウスト隊は俺が命令するまで攻撃するな。それまで絶対に見付からないこと。いいな?」
一瞬の沈黙の後――
『
返事の声は揃っていた。
フレッドは一つ深呼吸する。それから咽喉マイクを強く摘まんだ。
「シモン。目標、一時の方向、距離120メートル。最後尾の車両だ」
砲塔が電気の力でゆっくりと回る。旋回するときのロボットの呻きのような機械音が、心音を高める。
「……目標、最後尾の敵戦車。照準完了」
大きく息を吸うと、小声で命じた。
「
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