第17話 序曲が終わり……

 明朝、フロイデンヴァルトの町の北東、黒の森の一角で両隊は再会した。

 漆黒の超重戦車が白いため息をついて木陰にとまる。

「ニメール。結果はどうだ?」

 合衆国の戦車隊に執拗に追いかけられた突入部隊は傷だらけだ。ニメールは肩で息をしながら、巨大な戦車を見上げこたえる。

「結構殺しましたけど、こちらで戦闘不能になったのが九名います。他は皆さん軽症です。マンシュタイン将軍はいかがでしたか?」

 朝日を浴びながら、フレッドはクラッシュキャップを振ってみせる。

「ガーリーの戦車を七両撃破だ! こちらの損害はゼロ!」

 ニメールの率いていたレジスタンス部隊から、どよめきと歓声があがる。指揮官だった少女も素直に歓喜した。

「さすがプロイス陸軍最高の頭脳! 西部戦線の覇者の異名は、伊達ではないのです!」

 フレッドはキューポラから上半身を乗り出しつつ、かぶりを振った。そして、一転厳しい声で告げた。

「いいか! もう朝日が顔を出した。今日は最悪なことに晴天だ。我々は圧倒的な物量の前に丸裸だ! 肝に命じろ。これからの攻防が運命を決する。油断するな! 戦いは、ようやく序曲が終わったところだ!」

 操縦手席のマリアが舌なめずりする。

「これからが第一幕ね。いいわ。14センチ砲のティンパニで幕開けといこうじゃない」

「ところがどっこい、幕開けは貧弱な75ミリ砲だろうな」

 車長がおどけて肩をすくめる。マリアは頬を膨らませて声の主を見上げた。

「あっちに先に攻撃させるの? こっちから行けばいいじゃない。……と言うか、75ミリって、どうして合衆国軍って分かるの?」

「質問が多い奴だな。“そんなことも分からんのか?”」

 マリアの顔がふぐになる。それをにやにや見つめてから、フレッドは口を開いた。

「俺は先に相手に攻撃させるのが好みなんだ。暴れたいだけ暴れさせてやって、力尽きたところを一網打尽にする。それが一番楽な勝ち方だ」

 敵を誘き寄せて遊ばせ、攻撃限界点を迎えたところで自部隊の全火力を叩きつけて殲滅する――彼の最も得意とする後の先の戦法で、俗にマンシュタイン・パターンと形容されるほど、彼の必勝の戦術と化していた。大戦の勝利に王手をかけていた西側の連合軍に地獄を見せた黒の森作戦も、このパターンであった。

 そして、ボナパルト少将はまさにこの黒い森で罠にかかり死に掛けた。当然こちらの出方を慎重に見極めてから動きたいだろう。一方、合衆国側のマクドナルド少将はフレッドと直接対峙したことがない。彼はフレッドが経験していない北アフリカ、イタリー半島の戦線で活躍した人物なのだ。血気盛んな戦士と噂されていたが、その印象どおりだったとニメールは報告した。

「それなら、ますます合衆国側が先に突っ込んでくる可能性は高い。その“正義”とやらの名にかけて、己の闘争本能を満たさんと突進してくるだろう。ボナパルト将軍はその成否を見て行動を起こすはずだ」

「部隊を分けるでしょうか?」

 戦車にもたれかかるニメールが素朴な疑問を口にする。フレッドはキューポラの上でにやりと笑った。出来の良さに満足するように。ニメールは頭上のそんな反応には気付かず続ける。

「もちろん合衆国、ガーリーそれぞれ別個であっても、いまだ彼我の戦力差は圧倒的です。……とは言いましても、昨夜だけで、ガーリーは戦車を過半数失って、合衆国も、戦車は無傷ですが、乗員は半数以上が死傷しています。これ以上の損害を避けようと用心して、一緒に来るのではないでしょうか? または、前後で挟撃ですとか……」

「挟撃の可能性は、正直、排除しきれないが、それでも彼らが連携することはないと思う」

 将軍の口調には、確固たる自信が感じられた。ニメールらは仰ぎ見る。

「ボナパルト将軍は、戦中から合衆国とは折り合いが悪い。黒の森作戦のときも、合衆国側が一挙攻勢を叫ぶ中、まずは慎重にプロイス側の戦力を見極めるべきだと強硬に反対していたと、捕虜から聞いた。結果、合衆国側の圧力に屈して攻勢に参加し、我々第七装甲師団などが仕掛けた罠にかかり、部下を大勢失って敗走した。そして、戦中二度目のパリス占領という屈辱を味わうことになったんだ。まあマクドナルド少将との仕事は、今回が初めてのはずだが、会ったこともない戦中から嫌味と皮肉を浴びせていた相手だ。パートナーには選ぶまい」

 マリアが操縦席で腕組みしながらうなずく。ほんとに分かってるのか? と車長が茶化そうとしたら、舟をこいでいるだけであった。

「……それでは、完全に個別に動くのでしょうか?」

「いや、一種の連携はするだろう。パートナーにはできないだろうが、餌にはできると考えてな」

 ニメールの目が大きく見開かれる。

「おそらくボナパルト将軍はこう考えるだろう。『ああ、このちょっと脳の足りないヤンキーは勝てないな。じゃあ先に攻撃させて、マンシュタインの出方を見て、かつ、奴らが合衆国側の攻勢で消耗したところを楽にいただこう』と。合衆国軍を我々の前菜にして、そして、我々はガーリーのメインディッシュになる、という算段だ」

「わたしたちが消耗したところを……パ、パンツァーファウストはあと何本ですか?」

 ニメールがレジスタンスの仲間に問うと、わずかに動揺が見え隠れする。

「まさか、もうないのですか?」

「いいえ、残り六本です」

「百発百中で撃破しても全ては倒しきれないな」

 フレッドが前髪をかき上げる。

「シモン、残弾の余裕は?」

 砲塔から顔を出した戦友に尋ねる。

「……数の心配はない。巨体なだけあって弾薬庫の広さは異常なほどだ。が、装填が問題だ。装薬分離式で時間がかかる上、弾頭も薬莢も子どもくらいの重さがある」

「その上、本業の射撃があるからな。装填は最短どれくらいで出来る?」

「……俺一人では、四十秒以上かかる」

「もはや分間一発と言っていいレベルだな。これは想像以上だぞ」

 こんなの作っといてのん気に寝やがって、と思わず小声で悪態をつき、車内でマリアの背中を軽く蹴飛ばす。ふごっと妙な音を立てたが、すぐまた寝息が聞こえてきた。

「楽ではないが、まあ仕事とはいつもそんなものだな……」

 フレッドは大学卒業以来の人生を振り返って、そう嘆息した。

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