第16話 俊足の戦車隊
一本南の道では、一足早く熾烈な撤退戦が始まっていた。
「パリス中戦車八両の追撃をバックで逃げ切るなんて無茶よ!」
左右のレバーを懸命に操作しながらマリアが叫ぶ。
黒い戦車は真っ白い蒸気を噴き出しながら、全速力で後退していく。バックながら前進同様の猛スピードで、戦車の上に乗ったレンジスタンスたちは振り下ろされないよう必死に鋼鉄の巨躯にしがみついている。
が、俊足を誇るガーリーの中戦車は追いすがってくる。
「後ろに撃てない戦車なんか作るからこうなるんだ!」
キューポラから顔を出し、せわしなく前後に目をやりながら叫び返す。
「右カーブ! ちょい右! 今度真っ直ぐ、戻せ! よーそろー」
「船じゃないんだけど!」
「砲撃くるぞ! ちょい左に切れ!」
車体が揺れる。一人振り落とされそうになるが、周りが抱きかかえて止める。と、その背後の地面に105ミリ砲弾が鈍い音で突き刺さった。
「戻せ! シモン、直線だ。撃てるな?」
追い立ててくる中戦車を睨みながら吠える。
『双方スピードが出すぎている。命中は期待しないでくれ』
「それでもいい。牽制になる。
すぐ14センチ砲が火を噴いた。弾はあっという間に先頭車両に吸い込まれていく。花火がまとめて爆発したような轟音を響かせて、大きな砲塔が宙に吹っ飛んだ。しがみつくレジスタンスから歓声が上がる。
「おいおい。弾薬庫に命中じゃないか」
『まぐれだ』
「謙遜しおって。次も当ててみせろ」
『装填中だ。あと三十秒以上かかる』
「それじゃあ次弾はお預けだな。またカーブだぞ。今度左!」
「もう! うんざりよ!」
悲鳴を上げながら左レバーを押し倒す。追う中戦車からの反撃は全て地面に吸い込まれた。
「馬鹿め! その精度で当たるものか!」
「精度はともかく、問題は速度よ!」
道は長い左カーブに差し掛かっていた。緩やかだが、カーブで速度が落ちるのは不可抗力だ。それでも、ガーリーの快速中戦車はますますスピードに乗ったように、すぐ目の前の建物から飛び出してくる。同時に発砲した弾は大きく横に逸れたが、フレッドは息をのんだ。
「距離が縮まってるわよ!?」
「分かってる! シモン、次弾はまだか?!」
『装填完了』
「牽制だ。
轟音とともに、道沿いの納屋を一軒丸ごと吹き飛ばす。建物の残骸が宙を舞ってガーリーの戦車隊を襲い、一瞬ながら彼らの足を緩めた。
「よくやった!」
道は再び直線に戻る。向かう先は町のはずれ――。
建物がまばらになり、森へ続く草原が見え始める。フレッドは背後の草むらを見定めると、咽喉マイクを掴み叫んだ。
「作戦アマデウスだ! 相手の追撃を食い止める! 五秒後に戦車停止。
超重戦車が急停止すると、即座にレジスタンスが草むらに飛び降り暗闇の中パンツァーファウストを構える。シモンも装填を終え、照準器を覗き込む。
一拍の静寂の後、ガーリー戦車隊の前面灯が建物の外壁をなぞる。すぐ大柄な中戦車が直線に入ってきた。ライトの直撃で黒い巨体が浮かび上がる。105ミリの砲弾が数発飛んでくる。しかし、一発は手前に落ち、残りは車体の前面装甲で弾き返した。中戦車隊がさらに至近へ迫ってくる。
「フレッド!」
マリアが叫ぶ。車長は深呼吸して追っ手を凝視する。
大柄なパリスが町の端に差し掛かる。我先にと数台が殺到する。そこは、道の両側に石造りの建物がそびえる最後の区間だ。
「今だ!
戦車砲が火を噴く。同時に左右からパンツァーファウストが五本同時に発射される。
脅威的な火力がガーリーの先鋒に叩きつけられた。爆轟のあとには、先頭にいた三台の中戦車の残骸が、火炎をまといながら道一杯に広がっていた。
後ろからボナパルト少将の乗るマレンゴ重戦車が駆けつけるも、道半ばで停止を余儀なくされた。
「閣下!」
ベルモン中佐が重戦車のもとへ走ってきて、行く手を指し示す。
「パリス三両の残骸で道がふさがれ、追撃できません!」
少将が燃える戦車の先を見ると、すでに目標の姿はなく、わずかな草原の向こうに森が不気味に広がっているだけであった。
「逃げられたか……」
悔しそうに呟くと嘆息する。
「すでに重戦車が二両、中戦車が五両やられたと言うのか……。これは――」
――さすがやりがいのある相手だ、マンシュタイン。
はっとして笑顔を手で隠す。運よく副官は消火作業に必死に指示を出している最中で、こちらを見てはいなかった。
安堵すると暗い夜空を見上げる。そこに星はなく、ただただ闇が広がっていた。
大声で副官に指示を出す。
「追撃は中止する! 負傷者を収容の後、全車撤退。続きの作戦は明朝より実施する!」
「一旦ホテルへ戻り、休息をとる。良い勝利のためには風呂と睡眠が欠かせない」
大損害を忘れさせるような軽い口調に、車内のクルーは合わせてうなずき、来た道を戻り始めた。
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