第15話 戦車前進!

Panzerパンツェル vorフォア!(戦車前進!)」

 町外れにアルフレッドの命令が響く。

 号砲が聞こえるや否や、試作重戦車を核とする支援部隊は動き出した。

 白煙を噴き上げ、鋼鉄のサソリが忍び寄る。深夜の町の路地を、音もなく。巨大な影に、パンツァーファウストを背負うレジスタンスの歩兵が従う。低速で、蒸気機関の刻む音を響かせないように、ゆっくりと広場へ近付いてゆく。

 満月は分厚い雲に隠され、街灯は戦後の貧困で全て消えている。住宅の灯りも落とされ、完全な闇の中、気付かれることなく忍び寄る。

「広場の角まであと50メートルだ。減速」

 咽喉マイクを通して囁く。重戦車と随伴する歩兵が忍び足になる。

 静寂の中、別働隊は無事気付かれることなく辿り着いた。期待通りの場所へ。

Haltハルト(停止)」

 鋭く命じる。超重戦車は建物の陰から砲塔だけ見せてとまった。

「これでも10メートル以上隠せてないのか……」

 呆れたように呟くと、パーキングブレーキをかけながらマリアがあはっと笑う。

「全く能天気なやつだな、お前さんは」

「ヴィーンっ子気質って言ってちょうだい」

 生真面目な北部プロイス人の車長が嘆息する最中に、レジスタンスの内二名が腰をかがめて飛び出し、音もなく広場の物陰に潜む。落ち着いた様子でパンツァーファウストを構えると、キューポラから顔を出すアルフレッドに目配せした。

「大戦末期の新兵より、戦後の民兵の方が上出来だ」

 自嘲気味に独白してから、喉元のマイクをつまんで囁く。

「シモン。こっちの後部席からは敵が視認できない。状況を報告してくれ」

『ガーリーの戦車隊が向かいのホテルの正面を包囲している。陣容は……』

「どうした?」

『……少し見えづらいだけだ。向こうで屋台か何かが燃えていて、逆光になっている。――分かった。陣容は、パリス中戦車九両と……すまない、見たことのない大型戦車が三両』

「たぶん戦争末期から戦後にかけて開発した新型重戦車Charシャール 44カロントカトル、通称マレンゴ重戦車ね。120ミリ砲装備で、攻撃力は世界でも有数のはずよ」

「120ミリ? ガーリー軍にそんな強力な戦車がいたのか」

「戦勝パレードに出てきたやつよ。見てないの?」

「むしろよく見たな、お前さん……。戦犯の分際で、連合軍の祭典に出掛けるとは」

「死にもの狂いでチケット取ったわよ。だって連合軍の戦車大集合よ?!」

 が、冷たく、よく分からんと切って捨て、再びマイクをつまむ。

「シモン、目標は任せる。パンツァーファウストの援護もあるから、そこも考慮に入れておけよ?」

『全部撃てないとは無念だ』

「欲張るな。これは仕事だ。チームプレーで行くぞ」

 指示を待つレジスタンスにも見えるように大きく振りかぶる。一度深呼吸すると、開いた手を勢いよく前へ振り下ろした。

Feuerフォイエル freiフライッ!(各個に撃て!)」

 14センチ砲の強烈な轟音が深夜の空気を引き裂く。無慈悲な硬芯徹甲弾はボナパルト自慢の最新鋭重戦車の後部を切り裂き、堂々たる勇姿を一瞬で火の玉に変えた。選りすぐりの乗員たちが火だるまになり、断末魔をあげる中、レジスタンスのパンツァーファウストが唸りをあげて手前の中戦車に突き刺さる。いちじくのように膨らんだ弾頭が炸裂し、パリス中戦車の薄い装甲を突き破る。猛々しく掲げていた105ミリ砲が力なく下を向き、車体から黒煙と火の粉がもうもうと噴き上がった。

『マレンゴ一両、パリス一両撃破』

「いいぞ! もっと数を減らせ」

『承知。次弾装填……待った。敵重戦車二両、砲塔旋回。こちらに指向中』

Zurükツリュックッ!(後退!)」

 シモンの冷静な報告にすぐさま命令を下す。建物の影からパンツァーファウストを持って飛び出そうとしていたレジスタンスが、猛然と頼みの戦車が後進するのを目の当たりにして慌てて退き下がる。

『駄目だ、フレッド。あの二人が取り残されている』

 中戦車を撃破したレジスタンスが、物陰からこちらを見つめている。アルフレッドはその悲壮な表情を見ると、マリアの背中を蹴り飛ばした。

「後退やめ! 先ほどの位置に戻れ!」

 痛みに顔をゆがめながら、必死に前進に切り替える。巨大な蒸気機関は俊敏に反応し、強烈な停止の後すぐさま前進し、建物から鼻先を突き出した。

Feuerフォイエルッ!(撃て!)」

 再び轟音が鳴り響き、旋回中だった敵重戦車を真っ赤に燃やし尽くす。その間に二人のレジスタンスは死に物狂いで建物裏へ駆け込む。

「よし。もういいぞ。後退!」

「手に豆ができそうよ!」

 悲鳴を上げながら再度後進にレバーを倒すと、巨体は風のように姿を隠す。


 だが、これを見逃すはずはなかった。

「獲物が疑似餌に食いついた。追うぞ!」

 ボナパルト少将は檄を飛ばし、快速の中戦車部隊が先陣を切る。

「レジスタンスには構うな! 我々の目標は、あくまで重戦車だ!」

 ホテル内の合衆国軍など意にも介さず、ボナパルト少将は全車両で漆黒の戦車の追撃を始める。

 だが、幸か不幸か、この動向は同盟軍には正確に伝わらず、能天気な合衆国人たちはガーリーの強力な援護を得たと沸き立ち、一気に反抗に出た。

 ニメールの後ろから重いものがぶつかってくる。よろめいて振り向くと、若い将校が転がっていた。

「手足をしばられたままジャンプしたのですか……何の意味もないと思いますが」

 拳銃を脳につきつける。が、すぐに手がもげるような衝撃と金属音が鳴り響いた。

 顔をゆがめ、右手首をさする。気付けば一人が縄抜けし、こちらにピストルを構えていた。

 ニメールの拳銃は部屋の隅でひしゃげていた。

「よくやった!」

 そう言いながらマクドナルド少将が立ち上がる。

「いつの間にっ!」

「縄の縛り方がゆるかったようだな、小娘」

 巨体についた赤ら顔が悪魔のように笑う。

 二メールは素早く号令を下した。

Zurükツリュック! Schnellシュネルッ!(撤退! 急いで!)」

 レジスタンスの面々は銃を乱射し、まだもたついている士官たちを射殺しながら、引き下がっていく。しかし、次第に反撃を浴びるようになると、ニメールは目配せし、皆背中を見せて一目散に逃げ出した。

「追え! テロリストどもは皆殺しだ!」

 マクドナルド少将はホテルを飛び出しそう叫ぶと、戦車に乗り込み、広場を北東へと突き進んで後を追った。

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