第14話 突入
「
建物の影からニメールが町の中央広場の方をうかがい、小声で号令をかける。それと同時に、無線機を担いだ数人が広場に面した屋台の裏まで前進する。少女の目が二つのホテルを素早くとらえる。手前側の一つは少し見えづらいがひっそり静まり返っているようだ。向かいの方は煌々と明かりが照り、陽気なジャズと獣のような嬌声が聞こえてくる。ニメールにはそのホテルの正面に、星条旗がかかっているように思えた。
「新大陸のヤンキーは馬鹿丸出しですね。予定通りあちらから先にやります」
背後のレジスタンスの隊員たちに伝える。鹵獲品の小銃を背負った町の青年たちは黙したままうなずいた。
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そう言うとニメールは拳銃を片手に勢いよく建物の影から飛び出してゆく。それに続々と男たちが続く。屋台裏に潜んだ面々は通り過ぎる同胞に熱い眼差しを送り、健闘を祈る。
音もなく全員が合衆国側のホテル前に辿り着く。だがここはガーリー軍の泊まるホテルから丸見えだ。ニメールはすぐに号令を発した。
「
ドアに体当たりして雪崩れ込む。仲間であるホテルのフロントがすかさず二階への階段を指差すと、突入隊は音もなく駆け上がる。階段の半ばからすでにアルコール臭がきつくなる。ラジオのジャズの音が鼓膜を叩き、それに男女の卑声が重なる。
が、一発の銃声を皮切りに、全ては悲鳴と怒号に変わった。
ニメールの合図で若い男たちがどっと二階へ突入する。下級の兵士はすぐさま射殺し、士官だけ銃で脅して広い一室へと閉じ込めてゆく。その一室とはもちろん、マクドナルド少将が町の娘たちを侍らせて飲んだくれている一等室であった。
「Fu*k!! なんだこの騒ぎは!?」
抱かれていた地元の町娘が悲鳴を上げて立ち上がり、突然少将を蹴り倒す。驚いて抵抗するが、美女数名に取り囲まれたと思ったらすでに手足を縛られていた。
「貴様ら!! 俺が誰か分かってるのか!? クーデターだこれは!!」
「いつから合衆国はプロイス政府を兼任するようになったのですか?」
小柄な少女が部屋に入ってくるなり英語で毒づいた。金髪のおさげ髪の先が返り血で濡れている。
「これだから新大陸のヤンキーは度し難いのです」
「これで士官は全員です、ニメールさん」
レジスタンスの男がそう言って半裸の将校を部屋の中へ突き飛ばした。大層な勢いで床に倒れ断末魔をあげる。
「急所をうちましたか? うるさいですね」
童顔のニメールが本気の侮蔑の表情で、目の前に転がり込んできた汚らしい尻を見つめる。
「この方の階級は何でしょうか……?」
「階級章では少尉ですね」
「士官の最下位クラスですか」
呟くと拳銃で迷いなく頭を撃ち抜いた。
「人質としての利用価値は低いですから、せめて静かにしてもらいましょう」
「ひ、人質だと!?」
マクドナルド少将が吠える。
「このテロリストめ! 合衆国の軍人がそんな脅しに屈すると思うなよ? 自由と正義のためなら、命は惜しまん!」
「自由と正義、ですか。では、あなたがひん剥いて泣かせた私の友人たちの腫れ上がった目を見て、同じことを言ってください」
少将ははっとして先ほどまで側に置いていた町の女どもを見やる。数刻前、勢いよく自分を蹴り飛ばし縄で縛り上げておきながら、彼女らは声を漏らし泣きはらしていた。
「あの威勢の良さはなんだったんだ?! くそっ! 初めから全部演技だったってわけか! このアバズレがっ! テロリストの協力者の雌犬めっ」
酷い罵倒にレジスタンスは殺気立つ。そして一発の銃声がその殺気ごと宙に放たれた。
ちょうど撃ちきり、ニメールがリロードを始める。
「いちいち吠えないでください。近所迷惑という言葉をご存じないのですか? ああ、新大陸は田舎過ぎて、隣の家まで何“マイル”も離れていますからね」
リーダーの嘲笑に、一転してレジスタンスの面々は愉快そうに笑った。対して惨めに縛り上げられた合衆国の士官たちの目には怒りの火が覗く。しかしニメールは涼しい顔で弾丸を装填し終え、すぐさま撃鉄を起こした。
「少しでもうるさくすれば、無理にでも静かにさせます。ですから、あまり変な気を起こさないで下さいね。死体の処理は面倒くさいですので」
「図に乗るなよ、小娘! 我々には友軍がいる。すぐ目と鼻の先にな! こんな騒ぎを起こせばすぐにでも駆けつけるだろう!」
士官の一人が反論すると一斉に首を縦に振り、なけなしの勇気を振り絞る。ニメールは面倒くさそうに吠えた将校と拳銃を見比べるが、嘆息して憐れむように言った。
「わたしたちがガーリー軍を攻撃していないと、本気でお考えですか?」
とんだハッタリだが、手足を縛られた軍人たちの士気は途端に萎え、皆頭を垂れた。
一つ舌打ちが飛ぶ。
「要求は何だ?」
マクドナルド少将が渋々の体できいてくる。ニメールは密かに汗をぬぐって、威圧的に背筋を正した。
「我々レジスタンスは、プロイス国内に駐留し、一般市民に害をなしている連合国占領軍の速やかな撤退と、連合軍指定戦犯容疑者を含めたプロイス国民の正当な人権の擁護を要求します」
合衆国の士官たちは呆れるような要求と考え、うつむいたまま目配せしあった。彼らの頭上で銃を構えるレジスタンスには、小ばかにするようにすくめられる肩がはっきりと見えた。
しばらく思案しているように顔をしかめていた少将は小さい声で応じた。
「俺の一存では決めかねる。本国のホワイトハウスに連絡を取る他ない。時間をくれれば交渉はしてやってもいいが?」
だが、ニメールは拳銃を突きつけはっきり拒絶した。
「あなた方のプロセスには興味がありません。今、この場で、回答いただきたいのです。無法を尽くす占領軍を撤退させ、容疑が疑わしい戦犯について事実調査をやり直し、貶められたプロイス市民全員に救済を施すと。今お約束いただけないのでしたら、少将には死んでいただきます」
少女の指が引き金に押し当てられる。
「俺からでは確実な約束はできん。せめて合衆国の大使なりにきいてみないことには……」
「お願いをしているのではないのです。命令しているのです。約束か、死かと」
「分からず屋め! 俺では約束できんと言ってるだろうが!」
「今約束して、帰ってから上を説得すればよい話です。解放後に万一あなたがその役目を放棄したら、別の士官が犠牲になりますが」
「無茶を言うな!」
「わたしたちの本気を分かっていないようですね。ロベルト、目の前のをやってください」
レジスタンスの青年が無言で鹵獲した合衆国製のライフルをぶっ放す。若い士官の頭が一つ真っ赤に弾け飛び、肉塊が床に崩れ落ちた。
「Stop it, bitch! 俺のファミリーに手を出すな!」
「そのファミリーが、わたしたちの家族や友人を苦しめるのです。わたしのお母様も、あなたの言うファミリーに家畜のように弄ばれ、殺されたのです。そして今なお、お父様や、町の隣人を虐げるのです。ただ平和に暮らしたいだけのわたしたちを――。殺されたくないのでしたら、大西洋の向こう側にお帰りください。追っていくことはしませんから。わたしたちはただ、普通の暮らしがしたいのです。安心して朝を迎えて、安全に町を往来し、無事息災に眠れる日常を――。そのために、約束か、死を、選んでいただきます」
そう言って再び拳銃を握り締め、こめかみに迷いなく突きつける。
「少将閣下。お約束いただけますか?」
小さなレジスタンスリーダーの気迫に、思わずYesと言いそうになったその瞬間――
ホテル前の広場で砲声が轟いた。
少女は唇を歪めた。
「ガーリー軍だ! ガーリー軍の120ミリ砲だ!」
若い士官が叫ぶと、再び星条旗色の士気が燃え上がり、暗く沈んだ瞳たちに炎が宿る。
「将軍! 戦うのです! 我々合衆国軍人は断じて卑劣なテロには屈しません!」
そうだそうだ、と息巻き、少将もこれならと拳銃越しにニメールを勝ち誇った顔で睨みつける。銃を握る手に脂汗がにじむ。
――いいえ、まだです。
奥歯を噛み締める。
――わたしたちには、強力な援軍がいるのです!
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