第13話 忍び寄る怪物
満月が雲に時折隠されるその夜、黒の森から静かに町へと忍び寄る影があった。街道を大きく北に外れた草原を進んで――。
「漆黒の塗装に騒音の少ない蒸気機関。どう? 夜襲にはぴったりでしょ?」
左右の加減弁レバーを握りながらマリアが鼻を鳴らす。
「それは昼は目立ってしょうがないから、夜は相対的に有利に思える、という錯覚じゃないか?」
双眼鏡で灯少ない町の方を覗きながらアルフレッドが皮肉を言う。そんなことないわよ! と技師が抗議するが適当にあしらう。双眼鏡を離し、ふと戦車の斜め前を見ると徒歩で進むレジスタンスの一人ともう少しで接触しそうな距離であった。
「少し左に戻せ。右斜め前のレジスタンスを轢きそうになってる」
「えぇ? 誰もいないわよ、そんなとこ」
「車体の死角になってるんだ。車運転したことないのか?」
「あるわよ」
「ほう? まあ、仮にあっても、こんなに前方の視界の悪いやつはないだろうがな」
「車検に通らないわね」
「車検の前に工場から出ないだろ。もっと言うと会議段階で却下だ」
150トンの巨体がゆっくりと左に進路を調整する。前方の砲塔内で内心どきどきしていたシモンは安堵の息をもらした。
夜闇にまぎれ、X号試作戦車を中心に奇襲部隊は進む。
「しかし、ニメール・エローは大胆だ。さすがフロイデンヴァルト・レジスタンスの首班だな」
聞かされた作戦を反芻しながら呟く。
『……うまくいくか?』
ヘッドホンから戦友の声がする。アルフレッドは息をついてこたえる。
「うまくいかせるさ」
「お金もらっちゃったしね」
マリアが呆れたように笑うが、車長はいたって真面目だ。
「当然だ。誰がボランティアでこんな危険なことするか」
「まるで傭兵ね」
「それもいいかもな。稼げるなら」
予想以上の真剣なトーンに、冗談半分のつもりだったマリアは内心肝を冷やす。
『こちらニメールです。将軍、聞こえますか?』
部隊を先導して歩く少女から無線が入る。
「こちらマンシュタイン。感度良好。どうぞ」
『町に残った仲間からの連絡によると、合衆国側は完全に油断しているとのことです。逆に、ガーリーは異常なほどの警戒具合だそうです』
「
『
彼らの作戦はこうだった。
逃亡する一級戦犯と謎の戦車の確保を狙う連合軍側に対し、レジスタンスとマンシュタインらの共同戦線は、進駐部隊の指揮官、或いはそれに準ずる士官を夜襲において生け捕りにし人質とした上で、連合軍側に占領軍の撤退と、戦犯容疑者のうち容疑が疑わしい者の釈放、そして、全市民の権利擁護を要求するというものだ。
ガーリーや合衆国からすればテロ以外の何物でもないが、戦後、人としての権利を蔑ろにされ続けてきたプロイス人による初めての抵抗に過ぎないのである。それは見方によっては、戦勝国のさながら神のごとき振る舞いに比べれば、よほど人道的で、民主的な行動だと言えよう。
先陣を切るニメールらが草原から町へと入って行く。連合軍側はあくまでホテル近辺に固まっているようで、町の外縁部には歩哨もいない。静かに、しかし素早く、徒歩のレジスタンスが向かっていく。
一方の試作戦車は町の端で停止した。
「ここで先行したレジスタンス部隊からの合図を待つ」
他二人のクルーに伝える。
「我々の役割はニメールたちの支援だ。シモン、あらかじめ硬芯徹甲弾を装填しておけ」
ああ、とかすかな返事が聞こえる。
「本来は装填手がいるはずの仕様だから、大変だろうけどがんばってねー」
『……この際、仕方あるまい』
マリアのかなりイラつく言葉にも冷静に対応する。
『……いつ撃つのだ?』
「早速それか? トリガーハッピーめ」
金の亡者が苦笑する。
「合図は前線部隊からの無線か、それが上手くいかない時は――」
「いかない時は?」
「……まあ、中央広場が賑やかになったらだな」
黒い超重戦車が一息つくように、鋭い音を立てて白煙を噴き上げる。その異様な佇まいは、傍らでパンツァーファウストを用意する味方のレジスタンスからしても、不気味なものであった。
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