第6話 昔話

 綱は濃い赤に染まって、広がる血の池に倒れる。


「ぬうう……1000年ぶりだ、この感情は」


「僕を倒せなかったことがそんなに悔しいか?」


「戯け、そんな小さな敗北感程度どうということはない。辛いのは寂しさだ」


「……?」


「拙者は頼光殿から刀を賜っておきながら、あの羅生門でお前を討ち取れなんだ……あの後、京の者共からは恥知らずだ無能だと揶揄されたものよ」


「綱……」


「だが決して同情はするなよ。拙者は醜くなりながらもお前に勝ちたかった。そして負けたのだ。それでいい。無念ではあるが悔いはない。故に胸を張れ、『自分はあの渡辺綱をたおしたのだ』と誇って生きろ」


 先程までの綱とはオーラが違っている。秘薬によって人間に戻り精神も誇り高い侍になっているのか……


「最期に言っておくことがある。これはお前達の敵としてでは無く、ただの哀れな侍としての言葉だ。悪霊にまで堕ちた拙者を最期は人間として終わらせてくれた事に感謝する。かたじけない」


 そう言って綱は死んだ。


 最期まで卑怯なやつだった。憎めないようなことを言って死ぬのはやめてほしい。敵なら敵らしく最低な負け惜しみでも言って逝ってほしい。


「茨木……」


「大丈夫、なんとも思っていないよ」


 ○○○


 この後すぐにココノエが目覚めて、軽い傷の治療をした後に木下と共に気絶したままの3人を運んで帰った。


 私は茨木がまだやることがあると言うので、それに付き合うことにした。


 茨木は綱の亡骸を祭壇に運び、炎を放って燃やした。


「綱は嫌な奴だったけど、最後の言葉は貰っておくことにした。だから、最後まで責任を持つよ……人間らしく火葬してやる」


 茨木はぱちぱちと音を立てる炎を見ていた。


 その後は燃え残ったものを外に持っていき墓を作って埋めた。


 茨木は何を言うわけでもなく、ただ粛々と墓を作った。


 ○○○


 やることも済ませて、私達は話しながら暗い山道を歩いた。


 私はあの3人の再び巡り会えた事、祓い屋を始めた事、そして天との戦いまでの事を茨木に話した。


「君が祓い屋という店をやっていたことは知っていたよ。もちろんあの3人の事もね。だけど、そうか、クロと百目鬼は死んだのか……」


 茨木は私に気を使ってか、わかりやすく顔に出すことはなったが寂しさを抱いていることはわかった。


「また肝心な時にいなかったんだな、僕は」


 彼女は気にしているのだろう……頼光や天との戦いの時に自分がいなかったことを……


「ところで茨木、貴女は今何をしているのです?」


「『収集家』だよ。オカルトグッツのね」


「オカルトグッツ?」


「ただのオカルトじゃあないよ……綱が持っていた妖刀や僕の腕みたいに、怪異的な力を持つアイテムさ。業界じゃぁ『砂栗すなぐりウヅキで通ってる』」


「何故そんな事を?」


「『黄金の秘薬』を探している途中にそういうアイテムに多く出くわしてね、それがお金になりそうだったから秘薬を見つけたあとも集め続けたってわけさ。よかったらコレクションを今度見せてあげるよ。伸びる棍棒とか千里眼の鏡とかいっぱいあるからさ」


 茨木は急にご機嫌な様子で自分のコレクションについて語り始めた。


 昔からこんな重度のコレクターだったかな?でも、思い当たる節があるとすれば、戦利品の収集はなんだか楽しそうだったような……


「そういえば秘薬を見つけたのになんで私に何も言わなかったのです? 見つけたら帰ってくると……」


「うん、いや、それがね……『黄金の秘薬』は死者を生き返らせるって話だったんだけど、それはガセだったんだよね。本当は瀕死並みの重症や、不治の病を治したりする程度で死んでしまったものはどうしようも出来なかった。だから、絶対3人を生き返らせるって言った手前なんて言って戻ったらいいかわかんなくてさ」


 茨木はどこか申し訳なさそうに目を逸らして言う。


「え、そんなことで?」


「え?」


「はぁ、茨木……貴女は昔からそういうトコありますよね。なんだか変に真面目というか……『君を助けられなかった』だの『なんて言って戻ったらいいかわからない』だの」


「ええ!?」


「私はそんなこと気にしませんよ。だって貴女はいつだって『頑張り屋さん』なんですから」


「酒呑ちゃん……」


「それにね、私は今幸せですよ」


 茨木は言葉を失った。


「確かに私は沢山のものを失いました……でも、今のあの3人との生活には満足しているつもりです。貴女が本当に生き返りの秘薬を持ってきていたなら、あの子達とは出会えなかった」


 私のその言葉に茨木は面食らいながらも、どこか救われたような顔をした。


「そっか、それは良かったよ」


 ○○○


 やがて京都の街に出て、茨木はと別れる事にした。


「この茨木童子、今度は君のピンチに駆けつけてみせるよ。任せておいて」


「それは頼もしい。最強の鬼にそう言ってもらえるなんて、恐れるものはもうありませんね」


 実際、右手を取り戻した彼女は全盛期には及ばないものの、妖怪の中でもトップに立てる程の実力はあるはずだ。だからといって彼女が全ての妖怪を支配しようとは思うまいが……


 茨木童子はそういう鬼だ。


「それではまた、茨木童子」


「また会う日までさようなら、酒呑童子」


 茨木童子は闇の中に消えていった。


 一晩だけの間だったけど、彼女と再会できてよかった。


「さてと、私も帰るとしますか」


 しかし、ここで私はとんでもないことに気づいてしまう。


「あれ、財布がない……というか何も無い……」


 そう言えば持ち物は戦闘で邪魔になるので木下に預けておいたのだった。つまり私は今、無銭なのである。


 このままだと、新幹線で来た距離を歩いて帰ることになる。


 茨木はまだ近くにいるだろうかと考えたが、いい感じの別れをした手前呼ぶに呼べなかった。


「ああ、最悪だ……」


 私は半日かけて自力で帰った。




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