第2話 「逢瀬との日常」
自分の県に戻った俺は、匠を家まで送り、帰路に着いていた。
「で、お前はどうするんだ?」
「あなた一人暮らし?」
「そうだけど…ってお前まさか俺の家に居座る気じゃないだろうな?」
「悪い?家賃はちゃんと払うから安心して」
「そういう問題じゃないだろ。そもそも家賃どうやって払うんだよ?」
「あなたの口座に振り込んでおくわ。」
鏑木はさらっと言ってのけた。もしかしてこいつ普段は人間として生きているのか?
「普段はどうやって生活してるんだ?」
「何よその聞き方。普通に働いてるわよ」
「ならいいんだけどな」
彼女の素性に対する疑問が強すぎて、俺は車が自分のマンションに到着してしまったことに
気が付いていなかった。
「あら、ここがあなたの住んでるマンション?いい感じじゃない」
俺は彼女を返すことを諦めていた。彼女にはそもそも何を言っても無駄であると
思ったからだ。
「騒がないでくれよな」
「それくらいわかってるわよ」
まったく何で上機嫌なんだこいつは。俺は渋々自室である304号室に向かう
約一日ぶりの帰宅だ。中に入り電気をつける。相変わらず物が散らかっている自室を見て
やっと帰ってきたという気分になる。
「ま、男の子の部屋ってこんなもんよね。さっそく片づけましょうか」
「はいはい」
床に置いたままになっている本などを元の場所へと片づける。
そこまで散らかしていたわけではないので数分で終わった。
「寝るときは予備の布団貸すから地べたで寝てくれよ。」
「え、別に一緒にベッドでも構わないわよ。」
「あんたがよくても俺が気にするんだよ」
「どうして?あなたにとって私は彼女に見えないから?」
「話が飛躍しすぎだ。勝手に恋仲にしないでくれ?」
「じゃあ確認してみる?」
「おっ、おい!」
そういうと鏑木は俺の両肩をつかんで顔を近づける。
俺の頬が熱くなるのがわかる。緊張と恥ずかしさで言葉が出なくなる
そんな俺を鏑木はニヤニヤと見つめる
しばらくして鏑木がやっと顔を遠ざける
「….」
言葉には出さないもののその表情は俺への嘲笑が読み取れる
そんな鏑木の顔を見ても俺は何も言い返せなかった。
「…風呂行ってくる」
「行ってらっしゃい」
鏑木の表情は変わらないままだ。だが俺は彼女がついてこなかったことにほっとした。
服をそのまま洗濯機に脱ぎ捨て、風呂場に入る。
俺はシャワーを浴びながらつい先日のことを思い出していた
冷静に考えれば現実離れした出来事の連続だったはずなのに
思慮をめぐらせている今現在も不思議なくらい落ち着いていた。
ただ祖父の家からあの不気味なノートを持ち帰ってしまったことは後悔している。
あのノートは確実に祖父の物でありながらこの世に存在していいものではないだろう
鏑木がついてきたのもこのノートのせいなんじゃないかと思えてくる。
明日になったら鏑木には帰ってもらおう。平穏な生活を過ごしたい俺にとって彼女は
その平穏を壊しかねない危険分子みたいな物だからだ
「あ、結構速いのね」
「湯船には浸からないからな。」
「そんなので疲れ取れてるの?」
「いつもこうやってきたんだ。体が慣れてる」
「そっか。じゃあ私も今日はシャワーだけで我慢しよ。」
「お前も風呂に行くのか?」
「そうに決まってるじゃない」
「入るのはいいとして着替えは?」
「ないわ。だから貸してね」
鏑木はそう言うとまたニヤっとした表情を作り。風呂場へ向かった。
「そういえば腹減ったな…」
小腹も空いたこともあり、飯を作ることにした。
さっそく冷蔵庫を開け、今日のレシピを考える
「そろそろ買い出しに行かないとな…それにあいつの分も考えなきゃいけないから…」
不服ではあったが、何を言われるのかわからないので鏑木の分も考えなければならない。
そういえば買っておいた焼きそばがあったはずだ。今日の晩飯はこれにしよう。
「あーすっきりした。お。焼きそば作ってるの?」
バスタオル一枚の鏑木が顔を覗かせる
「せめて何か服でも着てくれ!」
「だってもう私の服ないんだもの。何か貸してくれない?」
この場は鏑木にとにかく衣服を着てもらうことが先決だったので、一旦料理を中止し
タンスから無難そうな服を物色する
「びっくりするほど無難ね。」
「無難で悪かったな」
再び料理にとりかかる
「手伝うわ。何かすることない?」
「そうだな…サラダ用の野菜切っといてくれるか?」
「分かったわ」
そういうと彼女は慣れた手つきで野菜を切り刻んでいく。
「手馴れてるな」
「そりゃそうでしょ。普段は一人暮らししてるんだから」
「そうなのか」
「あなたも珍しいわね。」
「何が?」
「料理出来るじゃない」
「一人暮らしだからな」
「それが中々できない男性が多いのよ」
「まあ、そうだろうな」
匠がまさにそうだ。あいつは外食か買ってきた弁当しか食べてない。
今はいいかもしれないが将来必ず痛い目みるだろうな
「さあ完成ね。食べましょうか」
「そうだな」
焼きそばとサラダをテーブルに並べている間に。鏑木がテレビをつける
CMが終わって始まった番組は心霊映像特集の番組だった。
「これを見ると夏って感じだな」
「いっつも同じ映像ばっかりじゃない。面白くないわ」
それには同感だ。だが一動画辺りの時間が元のDVDに比べて短く
とにかく時間を潰すのにも向いていることは確かだ。
「驚いてる割にゆっくりカメラ落としてるわよね」
鏑木は焼きそばを食べながら言う。確かに同じことを思うが
こういうのにはそういう野暮な突っ込みは無しだ。
「食器片づけるわ」
「お願いね」
二人分の食器を持って台所に行く。
はたから見ればカップルにしか見えないだろう。
あんまりキラキラしていないが
その後も鏑木と番組を見ながらなんだかんだと話混んでいた。
「気づけば23時か。」
「もう寝るの?」
「ああ、明日は買い出しに行くからな」
「じゃあ最後にいいもの見せてあげようか?」
いやな感じがした。こいつの言ういいものは性的な意味ではなく
絶対に霊的なものだ。俺はそう確信した
「いいよ」
少し語気を強めて俺は言う
「いいじゃないの。安全だから」
鏑木はそういうと腕を引っ張る
「うわっ」
俺はあっさりと引っ張られてく。なんて怪力なんだこいつ
部屋の外に出た俺に対して鏑木は向かいにある公園を指差す
「あれ、見える?」
「どれだよ」
視界を凝らして公園を見てみたが特に変わったものは見えない
「何かあるのか?変わらないように見えるが」
「まああそこにはいないからね」
「何だよそれ」
「本当は下」
そう言われた俺は無意識的に下を覗きこむ。
そこには駐車場から血まみれの女がこっちを見ていた
「うわっ!」
慌てて俺は鏑木を連れて部屋へ戻り、
すぐさま鍵をかけチェーンをつける
「はあっ…はあっ…」
「どう?怖かった?」
「怖いに決まってるだろ!こっちに来たらどうするんだよ!」
「来れないから大丈夫よ。」
「あいつの姿が記憶に残ったんだぞ!最悪な気分だよまったく…」
思い出しただけで気分が悪い。ありえない光景だ。明らかに青い肌。大量の出血。
一目でこの世のものじゃないとわかる。人間によるタチの悪いいたずらでもない。
「ふふ、これでよく眠れるでしょ?」
「めちゃくちゃ言うな。思いっきり目が覚めたわ」
いつもは電気を消して寝るのだが今日はそんな気分になれなかった。
鏑木には用心のため電気は付けていると説明しておいた
あれからどれくらい時間がたったのだろうか。時計に目をやる
午前1時28分。いくら夏休みとは言えそろそろ寝付かないといけない時間だ。
(どうしたもんか…まったく寝付けない)
気晴らしに夜風でも浴びたいが、少なくとも今日は控えたい。
うかつにカーテンすら開ける気にもならない
カチカチと時計の音だけが響く中、黒に包まれた天井を見つめる
(数字でも数えよう。)
寝れないときの対処法だ。俺は目を瞑り頭の中で数字を数えていく
300に差し掛かろうかというとき、俺の意識は夢の中へと飛んでいた。
「ん…」
ベーコンの焼けるいい匂いがする。その匂いにつられるように目を覚ます。
「あ。おはよう。ごはん作っといたから」
「ああ、ありがとう。うまそうだな」
鏑木が作っていたのはホットサンドイッチだった。
ベーコンとチーズがはさまれており、非常に食欲をそそられる。
「さあ、食べましょうか」
食事を終えた後、身支度を整える。
買い物などはあまり暑くならない内に終わらせておきたい。
「私も着いていくわ」
「勝手にしてくれ」
サイフを尻ポケットに入れ、外へ出る
昨日のことを思い出し、恐る恐る下を覗いてみたが、そこにあの女はいなかった。
「心配しなくてもいいわ。いたら教えてあげるから」
「結構です。」
――――――――――――――――――――
「どこのお店に行くの?キョーテイ?イヲン?」
「すぐ近くのキョーテイ。」
いつも利用している店だ。一人暮らしにはありがたい。
自分の住んでいるマンションはなかなか立地がよく、生活に必要な店などが
5㎞圏内に大体揃ってくれている。
「そういや鏑木はどの辺に住んでるんだ?」
「私は大解山のふもとよ。」
「ああ、あそこの住宅街か」
「そうそう」
大解山。この県の中心に位置する山だ。ひし形のような形の山で東西南北の入り口に
神社が建っている全国でも珍しい山らしい。あの辺りは所謂高級住宅街であることから
恐らく鏑木も裕福な家庭なのだろうか。
「へえーじゃあ結構裕福なんだな」
「そこは否定しないわ。」
「うらやましい限りだな。大学はどこ通ってるんだ?」
「大解大学。」
「まあなんとなくそんな気がしてたが」
大解大学。大解山と大解川に囲まれた県内で最大の大学だ。
偏差値も高く、誰もが知っている有名企業へ行く生徒も多い。
地元でも大解大学の就活生となれば採用担当の顔色が変わると言われ
一種の特権みたいになっている。まあ噂が肥大化しているだけだろうが。
とにかく俺の通う島央教育大学とは比べものにならない大学だ。
「かなり頭がいいんだな。あんたは」
「そうでもないわよ。普通普通」
鏑木が大解大学の出身と聞けば納得だ。偏見かも知れないが
天才型というのは少し変わった人間が多い。彼女も変わった人間だが
そう考えるとつじつまが合う。
「やっぱ土曜だからかまあまあ人がいるな」
キョーテイに到着した俺達は食材を物色していた
土曜の昼ということもあり買い物客が結構いる。
「何買うの?」
「特に決めてない。いつも見ながら考えるからな」
とは言ったものの買うものはある程度決まっている。
「まあこれは必須だよな」
そうやって俺が手にしたのはパスタだった。値段も安く様々なメニューが作れることから
重宝している食材だ。
「後は具材だな」
次に俺が手にしたのはツナ缶だった。元から味が濃いこともありパスタと混ぜるといい具合になる
そのほかにもえのきや明太子。いくつかパスタの具になりそうな食品をカゴに入れた。
「パスタはこんなもんかな」
気づくと鏑木がいなかったがいつものことなので気にしなかった。
「これくらいあれば一か月は持つか」
その後、トーストとその具材。健康のための野菜をいつくか購入しレジに向かった。
合計3485円。まあこんなもんだろうか。せめて野菜がもう少し安くなってくれればと思う
「やっと終わったの?」
「ああ」
鏑木はキョーテイの入り口で暇そうにしていた。
「この後どうするの?」
「どうって…後は家でゴロゴロするだけだな」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「…先に行き先を教えてくれ」
「いいわよ、場所は…」
----------------------------------------
「ここに何の用があるんだ」
「いいから来て来て」
俺達が着いた先は東大解山神社。キョーテイからは最寄に位置する
特にいわれのある場所だとかは聞いたことがなく、初詣以外は閑散とした場所だ。
ただ他と大きく異なる点は鳥居の色が黒だということだ。
鏑木につられるまま賽銭箱の前まで向かう
「鈴を鳴らしてみて」
「あ、ああ」
カランッ、カランッと鈴の鳴る音が響く。
しばらくその場に立っていたが特に変化はない
「で、結局何がしたかったんだ?」
「それはね、もっと信仰心を持って貰いたかったの」
「信仰心?」
「そう、最近の人って全然神様敬わないじゃない。」
「最近ってほどでもないと思うが」
「細かいことはいいの」
「やることやったし帰るわ。じゃあな」
「それもそうね。帰りましょ」
---------------------------------------
「…でなんでこっちに来るんだよ
「それじゃあ私の家に正樹が泊まる?」
「そういうことじゃなくて、何で一緒になることが前提になってるんだってことだよ」
「彼女っていうのはまだ早いかもしれないけど、仲のいい友達って感じじゃない?私たち」
「それは誤解だ。いくら仲良くてもここまで密に行動しないし、そもそもあんたを友達だって
思った覚えはない」
「恥ずかしいの?正樹って結構ウブだよね」
「勘弁してくれよ。あんたといると厄介事に巻き込まれそうで嫌なんだよ」
「もう遅いけどね」
「え」
鏑木が一瞬見せた表情に言葉が詰まる。えもいわれぬ感情がのど元まで迫り呼吸も止まる
「別にいいわよ。その代りどんな目にあっても知らないから」
鏑木はそういうと踵を返して歩いて行ってしまった。
嫌な予感がして鏑木を呼び止めそうになったが寸での所でやめる
(また鏑木のたちの悪い冗談かも知れないしな…)
そう心の中で虚勢を張ってみたものの、あいつといる間に起こったことは
現実離れしているが全て事実だった。
俺はなるべくこのことを考えないようにして帰宅した。
「はあ…あいつといると疲れることばかりだ…」
買い物袋から食品を取り出し冷蔵庫に入れた後。
気晴らしのためにTVとパソコンをつける
大学から解放されているが、それによって大幅に増えた自由時間を特に何かに
使うわけでもない。ただ、何かを強制されることのないことは有難かった。
始まってすぐに濃密な2日間を過ごしたが、後二か月近くもある普通の時間によって
それも薄れていくことだろう。俺は心の中でそう願っていたのかもしれない。
好きというわけではないが見る機会があれば見る番組を見ながら時間を過ごしていく。
大学がなければ一日のスケジュールはかなりおおざっぱになる。
お腹が空いたときにご飯を食べて、眠りたくなったら眠る。ある意味最高の過ごし方だ。
「もうこんな時間か…風呂入ったら寝るか」
気づけば時計は22時を指している。そろそろ眠くなってきた。
今日はあいつのせいかあまりお腹は空いていない。風呂に入ったら寝よう。
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「ふう…」
風呂から出た俺は冷房の温度を25度に下げる
今日は夜も気温が高くて蒸し暑い。
ある程度体を冷ました俺はベッドに倒れこむ。
だんだんとウトウトとしてきたその時
コンコン と玄関のドアを叩く音が聞こえた。
「誰だこんな夜中に…」
大よそ検討はついている。鏑木だ。
あいつがまたちょっかいをかけにきたのだろう
俺は無視して寝ることにした
あれから数十秒たったが未だにドアは叩かれ続けている。
(いい加減にしてくれ、入ってこようと思えば入ってこれるんだから
わざとやってるんだろ。タチの悪いやつだまったく)
苛立ちを覚えながらも反応したら負けだと思い、無視を決め込んだ。
その後もしばらくドアはノックされていたがいつしか音は止んでいた。
(さすがに諦めたか…今度会ったらただじゃおかないからな…)
そう頭の中で思った後、寝ようとしたその時
ドンドンドンドンドン!
ドアが壊れてしまうと思ったほどの強い力でドアを叩く
再び眠りに入りかかっていた俺は完全に目が覚めた。
「鏑木!いい加減にしろ!」
連日分のストレスが爆発したのか、振り返って思うとこのときの俺は
自分でも驚くほど怒っていた。
ドスドスと足音を響かせ、力任せにドアを開ける
「…え」
ドアを開けた俺は茫然としていた。そこには何もなかった。
一瞬すぐに隠れたのかと思ったが俺がドアを開ける直前まで叩く音は鳴り響いていた。
何より鏑木の仕業ではないと直感で分かったのだ。
怒りで熱くなっていた体が冷たくなっていくのがわかる。
それと同時に俺は最悪なことを思い出していた
昨日見てしまった女だ
怖くなった俺は玄関に掛けてあった上着を持って家を飛び出した。
自室に引きこもる手もあったがドアを開けてしまった以上、ドアを叩いていた何かが
入ってしまっていても不思議ではない。
薄目で前だけを見るようにして俺は一気に階段を下りていく
一階まで下りた俺はすぐさま最寄のコンビニに駆け込んだ。
「まったく…なんでこんな目に」
何もかも鏑木のせいだ。あいつに出会ってしまったせいで俺の平穏が壊れていく
日が昇るまで早くて後5時間。俺はその間コンビニで過ごすしかなかった。
匠に頼ろうとしたが、家にスマホを忘れてきてしまったのだ。
店員に電話を借りることもできたのだが、よく利用するコンビニということもあり
変な印象を持って貰いたくないので言い出すことはできなかった。
暇つぶしのために適当に本を取る。その時俺の目に心霊やUMA特集の本が目に入る。
つい最近まで面白半分で見ていた本だが、今は怒りしか湧いてこなかった。
なるべく少ない冊数で時間を潰そうと本の隅々まで読んでいく。
現実逃避をするためか、店員の声が聞こえないほど集中していた。
「あれ、まーくんじゃん。何してんの?」
突然隣から声を掛けられた俺はビクッと体を震わせる
「ちょどうしたの?まーくんらしくないじゃん」
声を主が心配そうに俺を覗きこむ
その顔には見覚えがあった
「…扇条?」
「そうだよー。もう忘れちゃったの?」
扇条朋絵。高校時代の知り合いで、見た目や口調は所謂ギャルというやつだ。
「何でここに?」
「それはこっちの台詞だよ。まーくんこそ何してんの、こんな深夜に」
「まあ…色々あってな..あとその呼び方はやめてくれ」
「面白いからやめなーい。それよりさ、何があったか教えてよー」
「嫌だよ」
「ケチ、何で教えてくれないの」
扇条はそういうと俺の体を揺さぶる
「どうせ話しても信じないだろ」
「どういうこと?まあとにかく話してみてよ。信じるからさ」
「…わかったよ」
このままではらちがあかないと思った俺は渋々話すことにした。
「えぇー。まじで!?」
「本当だ」
「すごいじゃん!まじやばいよそれ」
扇条は興奮している様子だ。自分からしても滑稽だと思えるこの話を
馬鹿正直に受け止めたらしい。
「すごく楽しそうでうらやましいよまーくん」
「あんたは気楽そうだけどこっちはたまったもんじゃないんだぞ」
「あはは、心配いらないって」
「他人事だからって適当なこと言わないでくれ」
「じゃああたしがついて行ってあげよっか?」
「大丈夫だよ」
「そんなこといわずに」
まだそとは真っ暗だ。帰る気にならない。とはいえずっと扇条の相手をするのも疲れる
「あんたは帰らなくていいのか?」
「あたしは大丈夫だよ。バイトも終わったし」
「バイト?」
「秘密だよ。」
「別にいいよ…あ、用事があったの忘れてたわ。じゃあな」
俺は適当に取り繕って帰ることにした。
「なになに?教えて教えて」
「匠と待ち合わせしてたんだよ。」
「ならあたしもついってっていい?」
「駄目だ。」
そういって俺はコンビニから出ていく。扇条はついてきてないみたいだ
「さて…どうしてもんか」
行くあてもなく町を歩く。この辺りはさっきのコンビニ以外に深夜まで営業している店がなく
居酒屋が立ち並ぶ飲み屋街まで距離がある。
自宅での出来事のせいで暗闇にいるのは出来るだけ避けたかった
とはいえ再度コンビニに戻るのも忍びなく、近くの公園に行くことにした。
「久々に来るな…」
東大解公園。そこそこの大きさの公園で付近を通りがかるとたくさんの人が利用しているのを
見かける。とは言ってもさすがに深夜に人はいないが。
自分も子供の頃ここでよく遊んだ思い出がある
「こうやって夜中に来ると怖いな…」
日頃目にする公園も暗闇の中に映し出されるとまるで自分の知らない場所のように思える。
湧きあがる恐怖を抑えながら、俺は池の近くまで歩いていた
柵に組んだ腕をおろし、ボーッと湖畔を眺める。
俺は今日で何度目か分からない物思いに耽っていた
どれくらい時間がたっただろうか、一時間ほど経っているのではないかと
スマホを見てみたが15分しか経ってなかった。
(この調子じゃあまだまだ掛かるな…どうしたもんか…)
そう思惑し、この事態に対する対策を考えていた時、後ろから声を掛けられた
「なんだ。やっぱり怖いんだ」
「うおっ!」
突然の背後からの声に驚いた俺は、右肩に乗せられた手を払いのけ、
声の主を確かめる
「…鏑木?」
「そうだよ」
そこにいたのは紛れもなく鏑木だった。
「何でお前が」
「それはもちろん正樹が心配だったから。ひっかけたのは私とはいえ
あのまま放置しておくのもまずいかなーって思ったの。」
恐らく俺の家での一連の出来事を言っているのだろう
というか、やはり鏑木が事の発端だったんじゃないか
「やっぱりお前のせいか」
「あはは、ごめんね。でも資質は誰にでもあるんだよ。その波長に合うかどうかってだけ
ちょっといじくったら戻そうと思ってたんだけど予想以上にあの子が反応しちゃってさ」
「…駐車場の女か?」
「正解!」
鏑木は嬉しそうにサムズアップをする。
「こっそり正樹の家行ってみたらあの子がしょぼくれててさ。話を聞いてみたらってやつ」
さらりとすごいことを言っているが、あえて俺はスルーすることにした。
「…でも俺がコンビニに行ってそれからここに来たことは何故わかったんだ?」
「じゃあ一つ質問するね。何故正樹は急に駐車場の子が見えるようになったのでしょう?」
「…そういうことか。どこに逃げてもあんたの手の中ってか?」
「言い方が悪いよ。どんな時もすぐ助けに行けるってことよ」
自分の所業は棚に上げて虫のいいやつだ
「じゃあ家まで戻ったらさっさとあの女を成仏させてくれ」
「可哀そうだからダメ」
「なんでだよ」
「あの子はなりたくて幽霊になったんじゃないの。本人も困ってるんだよ」
「悪いが俺には関係のないことだ。最悪俺が引っ越すよ」
そうぶっきらぼうに言って俺はその場から離れようとする
「…そう。本当にいいの?」
いつもより低い鏑木の言葉に体が震え、足が止まる
俺の全身が危機を伝えている。
「…勘弁してくれよ…何で俺なんだよ!」
意を決して鏑木に振り向き俺は怒鳴る
しかし鏑木は普段からは想像出来ないほどの冷酷な目で俺を見つめていた。
「偶々だよ?悪い?」
「ああ悪いよ!勝手に付き合わされる身にもなってくれよ!」
「知りたくないの?」
「何がだよ!」
「大多数の人が知らないまま終わる日常の裏側を」
「物好きなやつなんか他にもいるだろ!俺は関わりたくないんだ!」
「…だから楽しいの」
鏑木は笑みを浮かべる。
「最低なやつだな、あんた」
「そうかもね。じゃあ本当の事教えてあげる。私、あなたのことが好きよ」
「…ふん」
「こっち側は楽しいわよ。」
「結構だ」
「そう、じゃあこの話はやめにしましょ」
鏑木はそう言うといつもの調子に戻った
張りつめていた空気が柔らかくなるのを感じる
「その気になったらいつでも言ってね。私は待ってるから」
「…」
「ふふふ、私こういうことが大好きなの。これからのよろしくね」
鏑木は俺に抱き着き耳元でつぶやく
俺はこの状況をどうすることもできない非力な自分を悔やんでいた
「さて、じゃあ正樹の家に行くわよ」
「ついてこなくていい」
「成仏は無理だけど説得ならしてあげるけど?」
「…わかったよ」
そうして渋々俺は自宅へと戻って行った。
「…まじかよ」
自宅に到着すると階段の所にあの女が座っていた
「心配しなくてもいいよ」
鏑木はそういうと躊躇なくあの女に近づいて行った。
「おーい」
鏑木の声に気づいたのかあの女が顔を上げる
「あ、あなたは…」
「ありがと、正樹探してた人見つかったよ」
鏑木が俺の方を指差し、あの女もこっちを見る
「ならよかったんですが…」
「ほら、正樹。こっち来てよ。」
「…わかったよ」
「あ、あの…あの時は驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
「い、いや大丈夫だよ」
幽霊に謝られるというのは中々稀有な体験だ。
「彼女はうれしくなってついついやっちゃたんだよ。だからあんまり責めないでね」
「本当に申し訳ございませんでした。」
「事情は聞いたし納得したから。でもこれからはあんまり脅かさないで欲しいかな」
「は、はい。本当に申し訳ありませんでした…」
すっかりしょぼくれてしまっている。こうしていると少々可哀そうだ。
「じゃあ騒動も収まったことだし。帰りましょう」
鏑木の言葉ではっと辺りを見渡すと明るくなってきていた
「そうだな。」
そういって俺は三階まで上がる。また疲れた一日だった。今日はもう寝よう。
「…で、なんでまた鏑木がついて来てるんだ?」
「えー今更じゃない?それとも何か文句でも?」
「…わかったよ。」
「やったー」
そうして俺達はまた二人で自室に戻って行った。
荒井正樹の思い出 @goodsmile
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