荒井正樹の思い出

@goodsmile

第1話 「逢瀬との邂逅」

 ちょうど一年前の出来事だった。

祖母の家にある遺品を取りに行くため、私は隣県まで車を走らせることとなった。

何故私が祖母の家に行くことになったのかというと、

二年前に祖母は老衰で亡くなってそれ以来、祖母の家は放置されたままであった。

つい最近祖母が住んでいた土地を売却することが決まり

親戚同士で話し合った結果、私が遺品を取りに行くこととなったからだ。

正直乗り気ではなかったが夏休みの間中地元に引きこもっているのもよくないと考えた結果、友人と共に軽い旅行も兼ねて行くことにした。

 

----祖母の家まであと70km----

「なあ正樹、昼飯はどうするだ?」

 

助手席に座っている匠が声をかける

 

「心配すんな。半分来たあたりで適当に飯屋に寄るよ。」

「了解。」

 

彼の名前は館道匠。高校からの付き合いで大学でも同じ学科に所属している

少々雑な面があるが、付き合いが良くそれなりに遊んでいる

今回声をかけた時も二つ返事で了承してくれた。

 

「何か食べたいものあるか?」

「特には。そっちに合わせるよ」

「了解」

 

しばらく他愛のない会話が続いた。

 

----祖母の家まであと60km----

「そういえばさ、竹串って覚えてる?」

 

スマホを弄っていた匠が突然話し掛ける

 

「ん....だれだっけ、覚えてないや?」

二人の共通の知人はそう多くない、思考を巡らして

みたものの思い当たる人物は出てこなかった。

 

「高校のときいたじゃん。卓球部で副部長やってた。」

「あー、いたな」

 

匠に言われて鮮明になる。竹串徹。

友達ではないが、そこそこ話したことのある人物だ

 

「そいつからさ、この間ラインが来たんだよ。」

「どんな内容だったんだ?」

「金貸してくれって、もちろん断ったけど」

 

ネットのまとめで何度か目にしたことがある話だが、

まさかこんな身近な所で遭遇するとは

 

「俺さ、怒りとかじゃなくてなんか悲しくなったわ

 それくらい逼迫してたのかなあって」

 

匠はお人よしだ。そもそも匠と竹串はそこまで仲が良い

関係ではない。なのに金の無心を頼まれるということは

竹串が私の想像以上に馬鹿なのか、匠が舐められているかのどちらかしかない。

 

「人間何があるか分からんからな。俺もお前に貸してくれ っていうかもしれないし」

 

本心を言うわけにもいかず、適当に取り繕った言葉を発する

 

「正樹なら別にいいぜ、ちゃんと返してくれそうだし」

 

匠はやっぱり純粋すぎる、俺は苦笑いで感謝の言葉を伝えた

 

----祖母の家まであと50km---

隣県に入ってからしばらくすぎた

そろそろ空腹感も無視できなくなってくる。

 

「あそこに見える定食屋でいいか?」

 

『東星定食』と書かれた看板を指す。

 

「いいぜ」

「じゃあ決まりだな」

 

----東星定食----

車を止めて店内に入る、昼時もあってまあまあ混んでいる

 

「さー何食おうかな」

「結構メニューがあるな、値段も手ごろだし迷うな」

「まあ俺はもう決めたけどな」

「何食うの?」

 

「俺はかき揚げ定食」

 

かき揚げ定食(650円)。確かにうまそうだが

かき揚げを構成する食品がわからないのでやめておこう

 

「んー、俺はお茶漬け定食かな」

 

夏も本格的になってきて。車内は冷房が効いていたため

涼しかったが、店内では人の多さもあり少々暑い

さっぱりしたものが食べたかったし、この店では

冷やし茶漬けにできるらしい。というわけで俺はお茶漬け定食(500円)を注文した。

そして俺たちは会計を済ませ、席に着いた

 

「俺もそれにしとけばよかったなー」

 

匠は俺のお茶漬け定食を見ながらかき揚げをほおばる

何か意味ありげなことをいっているがいつものことだ

この言葉が次に続いたことはない

十五分ほど食事に時間を掛けた後、再び出発した

 

----祖母の家まで後40km----

この辺りからしばらく海岸線に沿った道になる

雲一つなく、水平線まで見通せるような景色

俺は改めて夏が来たのだと実感する

窓を開けると程よく風が入り込んで気持ちが良い

 

「曲かけてもいい?」

「いいよ」

 

匠は二台目のスマートフォンを取りだし、車に備え付けられている機器と接続する

それから数秒後、カーステレオを通して、流行りの曲が流れてきた。

 

「これいい曲だよな」

「いい曲だと思うけど、真っ昼間から聞く曲じゃないけどな」

 

どちらかといえば夕暮れに聞くような曲だ。

とはいえ実際に夕暮れに聞くと気分が沈むから聞かないが

 

「ざっと三百曲くらい入っているから十分時間はつぶせそうだな」

 

----祖母の家まで後30km----

 

いくら曲が流れているとはいえ、全てが好みの曲じゃない

運転している以上、景色に見とれるわけにはいかないので少々退屈だった。

 

「なあ、匠....」

 

退屈しのぎに匠に話しかけようとしたが

当の匠はすっかり寝てしまっていた

 

「まったく、気楽なもんだな」

 

俺は曲を停止し、既に挿入されているCDの方を再生した

 

「まあ、これで少しはマシになるだろう」

 

----祖母の家まで後20km----

海沿いの道も終わりを告げ、住宅街に入る

かなり久々に来たが、この辺りはまだ変わっていない

しかし、新しい道路が開通しており、前より祖母の家まで行きやすくなっていた

----祖母の家まで後10km----

祖母の家というのは文字通りの山道にあり

途中まではちゃんとした道があるのだが

残り5kmほどからはけもの道を通って行かなければならなかった

ガタンッ ガタンッ

凸凹になった道を進んでいく。

 

「んん...?」

 

さすがの匠も目を覚ました

 

「やっと起きたか、もう着くぞ」

「りょーかい...」

 

匠は寝ぼけ眼をこすっていた

 

----祖母の家----

適当な場所に車を止め、伸びをしながら祖母の家を見上げる

直近の記憶と比較して、少し古ぼけたような印象を受ける

 

「へえー、立派な家じゃん」

「祖父がここらへんじゃまあまあ名の知れた大地主だったらしいからな。

この辺り一帯の山は全部祖父の土地だ。」

「そりゃすげえな。」

「着いてすぐだがさっそく中に入って遺品整理だ。」

 

俺はポケットから家の鍵を取り出し、鍵を開ける

ガラガラと音を立てて扉を開けた時、廊下の突き当たりに何かが見えた。

 

「え?」

「どうした?」

「あ、いや。なんでもない。たぶん気のせいだ。」

「おいおい、怖いこと言うんじゃねえよ」

 

疲れから見た勘違いだと思いたい、幽霊が怖いということではなく、

誰かがこっそりと住んでいるのではないかという可能性が怖かった。

さっき見た何かが実在すると推測すると、背丈は子供っぽかった。

子供だけで住みつくとは考えにくい、おそらく親もいる。

俺は腕っぷしの強い方ではないし、純粋な数ではあちらが上になる。

しかも最悪なことに俺たちは車でここに来た。

あちらからすれば逃走手段を持ったカモに違いなかったからだ。

思わず足を止める

 

「おいどうしたんだよ。さっさ入ろうぜ」

 

匠は靴を脱ぎ奥へ入っていく

 

「ああ」

 

自分の方がよく知る家なのに、匠に先導してもらっている

何とも言えない感覚と共に、何かあった時、匠からになる

という歪な考えが俺を安心させてくれた。

 

そのまま居間に入るが、そこには何もなかった。

反対側の部屋も確認するが異常はない。

 

(まったく...安心した...)

「うわっ!」

 

そう考えた矢先、居間にいた匠が叫ぶ

いやな思考を払いのけ、匠のいる居間を見る

 

「どうしたっ!?」

「いや...これ...」

 

匠の指差す先を見るとそこには干からびた動物の死体がある

その形と長い尻尾からしてネズミだろうか

 

「おそらくネズミだろうな、仕方ないし片づけるか」

 

近くに立てかけてあった箒に乗せ、ごみ箱へ捨てた

 

「結構大胆なことするな」

「死んでからだいぶ経ってるしな、あれぐらいは何とか」

 

これもこれで驚いたが、さっきの胸のざわつきは

消し飛んでしまい、平常心に戻っていた

 

一階の窓や戸を全て開け、換気をする

山の中のおかげか、結構風が吹いており

心地よい涼しさを感じる

 

「一階はそんにな物はないんだな」

「祖父が体を痛めてから二階は物置になったんだ。

 祖母が死去したとき、一階にあった不用品はあらかた二階に運んだんだ」

「そうなのか、じゃさっそく二階に行って整理をするか

 面倒なことはさっさと終らせてゆっくりしようぜ」

「そうだな、整理が終わったら晩飯だ」

 

俺達は二階へ上って行った。

 

「暗いな、電気ってあるの?」

「あるよ、確かここらへんに...これだ」

 

カチッっという音の後、廊下の明かりが点く

二階の戸は全て外されており、乱雑に積まれた荷物が姿を見せる

 

「けっこうあるなー、ほとんどが本か?」

「そうだな。祖父は読書が趣味で色々収集してたみたいだ」

 

部屋に入り、適当に本を拾い上げめくる

何年も放置されていたせいか、目に見える量の埃が舞う

 

「うわっ、こりゃすごい埃だな。窓開けようぜ」

「それがいいと思うわ」

「そうだ...」

 

匠の提案に対して返事をしようとしたとき、何かが先に返答した。

俺と匠のどちらでもない。女の子の声だ。

 

「・・・」

「・・・」

 

一瞬にして張りつめた空気の中で俺と匠は無言で顔を見合わせる

匠の足は今にも動きそうだ。あいつの方が階段に近い

俺が見捨てるなよ、という念を込めた視線を送るおかげか

匠はすんでのところで止まっている

そのまま何十秒も静止しているように感じ始めた時

俺の隣に上から何かが下りてきた。

 

「何してるのよ」

「うわああああああぁぁぁあぁぁぁ!」

 

それを合図に匠は大声を上げながら階段を下りる

ドスドスドス...ズドン!

大きな足音を立てて階段を下りる音が少し聞こえた後

大きな衝撃音が聞こえた。恐らく足を滑らせたのだろうが

今の俺に確かめに行く術はない。

なぜなら俺の隣に何かがいるからだ。

俺は必死になって目をつむる。せめてここが最後だと

しても自分が死ぬ瞬間を見たくない。走馬灯のように

色々な出来事が思い出されるが、こんな形で自分の人生が終わるとは思わかなった

 

(こんな所で死ぬなんて...)

「ちょっと、何してるの。早く窓開けてよ」

 

謎の存在が俺に話しかけてくる。そのフランクな態度に

気が緩みそうになったが、怖い話によくある

親しい者に化けて油断させてくる類の化け物なのだろう

その後も何度か話しかける女の子を無視して必死に目を瞑っていた。

 

 

「はあ...まったく情けないの。そんなに私のこと怖いなら

 スキを見て突き飛ばすくらいしてみなさいよ」

 

女の化け物は呆れた声を出すと俺から離れていく

足音から推測するに恐らく向こうの部屋に向かっている

ガララッ。窓の開く音が聞こえた

 

「こんなことしてるからすっかり日が暮れちゃったじゃない」

 

恐らく外を見ながら言っているのだろう。

これは罠かもしれない。しかし今が最大のチャンスだ

俺は目を開き、階段に向かって一直線に走る

階段まで後少し、という所で足が止まる。

体がうまく動かないのだ。やられた。

今度こそ俺は死を覚悟した。

 

「ちょっと待ちなさいよ。私お腹空いたんだけど」

 

化け物が目の前に近づいてくる

黒い艶やかな髪、綺麗な赤の着物

正直見とれてしまった。向き合う形になり化け物と対面する

怒った表情からでも分かる綺麗な女の子だった。

見た目だけで推察するなら高校生くらいだろうか

俺が見とれている間、彼女は怒った顔で何かを言っていたが

俺が向ける視線の意図に気づいたのか、ニヤニヤと笑う

 

「さっきまでビビってたくせに今は見とれているの?

 ほーんと節操ないわね。あなた」

 

先ほどまで感じていた恐怖感はすっかりなくなり、

久しぶりに親族に会っているかのような感覚だった。

 

「....で、アンタは一体何者なんだ?」

 

彼女に対する恐怖心が消え去ったとはいえ、彼女は普通の

人間ではないことは明らかだった。だが何故そんな存在が祖母の家にいるのか疑問だった。

「私?なんだと思う?」

「質問に質問で返すなよ。人間じゃないのは確かだと思うけど」

「あらひどいわ。どこからどう見ても10代の女の子じゃない」

 

そういって彼女は服をヒラヒラさせる

見た目こそ人間だが、様々な証拠が彼女を人間ではないと証明している。

 

「じゃあ食事はどうしてたんだ。そもそもここは水が止められているんだぞ。」

「いつもいるわけじゃないわ、今日はたまたま遊びに来てただけ。鍵も持ってる」

そういうと彼女はどこからか鍵を取り出す

 

「じゃあアンタは祖母や祖父とどういう関係なんだ。

 そもそもいつから知り合ったんだ。」

「私があなたのおばあちゃんに会ったのは2年くらい前、

 おばあちゃん暇そうにしていたから遊び相手になってあげてたの。」

 

約2年前。祖母の晩年であり、その年の冬に死んだ。

一度だけ祖母に会いにいったことがあるが、彼女について

聞いたことも聞かされたこともなかった。

 

「そんな話きいたことないぞ」

「別段話すようなことでもないでしょ別に」

「それは違うぞ。俺からしたら勝手に人の家を荒らしてるようなものだからな」

「もう誰も住んでないからいいじゃない」

「この辺りの土地は売却するんだよ。必要なものを持ち出し

 たらこの家だって取り壊す予定だしな」

「ほんと人間って勝手よね...」

「ん?なんか言ったか?」

 

彼女が小声で何か言っていたが聞き取れなかった。

 

「あなたには関係ないことよ。...てかお腹空いたんだけど」

 

そういえばすっかり晩飯の時間だ。彼女の招待も気になるが

空腹にも耐えられなくなってきていた

 

「そういえばお腹空いたな...晩飯でも食べるか」

「そうこなくちゃ、何にするの?」

 

まるで気の知れた友達みたいな反応を彼女はする

 

「そういえばアンタの名前ぐらいは教えてくれないか?」

 

さすがに名前くらい知らないと色々と不便だろう

 

「いいわよ。私は燐。鏑木燐っていうの。」

 

名前自体は至って普通の名前だった。

 

「俺は荒井正樹だ」

「よろしくね」

「ああ」

 

自己紹介が終わった後、二人で一階に下りる

 

「あ…」

 

一階に下りるとそこには伸びていた匠が倒れていた。

すっかり忘れてしまっていた。申し訳ない。

 

「おーい、匠。大丈夫かー?」

 

俺は匠の体を揺すり、起床を促す

 

「ん、んん…」

 

少しして匠が目を覚ます。

 

「あれ、正樹….その子は?」

 

「この子は鏑木燐。俺たちがビビリまくってた物の正体だ」

 

そういったものの匠の表情は半信半疑である

仕方のないことだ。俺だって無理くり納得しているに等しいことを

起きてすぐに言われるのだ。自体が呑み込めないのは当たり前である

 

「結構かわいい子じゃん」

「ふふ、ありがと」

 

ある意味匠は逞しいやつだと感じる。

彼女、鏑木燐が危険な人物であるという疑念は消え去ったわけでもないのに

ああいうことを言えるのはたいした度胸だ。

 

「で、二人は何してるんだ?」

「そろそろ晩飯の時間だろ?」

「あ、もうそんな時間なのか」

 

匠が腕時計を確認する。時計は午後7時を指していた。

 

「そういえば正樹。お前晩飯の用意っていつしてきたんだ?」

「あ」

 

食材の購入をすっかり忘れてしまっていた。

本来の予定ならこの県に来てすぐに向かう予定だったのだが

 

「ちょっと用意してないの?」

 

鏑木が俺に詰め寄る。厚かましいやつだ。

 

「仕方ないだろ、忘れたものは」

 

どうしようかと少し考えていたが、俺はあることを思い出した。

 

「そういえば、車のトランクに何か積んでた気が」

「おお、本当か」

「ちょっと見てくる」

 

そういうと俺は玄関に置いてあった懐中電灯を手に持ち

自分の車へと向かった。

 

「ええと…あった。」

 

災害国家である日本においていつ自分の身の回りで大規模な災害が起きても不思議ではない

そんな時のために、俺はいつも車に食糧を備蓄している。

長期間持つライスパックが三号分。1.5Lのペットボトルの水が四本。

気分の高揚とストレス解消のための板チョコが三つ。これで全てだ。

俺はチョコをこっそりと隠し、匠と共に食糧を家に運んで行った。

 

「え、これだけしかないの。ごはんしかないじゃない。」

 

鏑木が不服そうな声を上げる。

 

「仕方ないだろ。夏場にそんなに保存できないからな」

 

鏑木は何かを考えるようなしぐさの跡、どこかに向かう

 

「どこいくんだ?」

 

「ちょっと山で狩ってくるわ。あなた達はごはん炊いてて」

 

鏑木が放った言葉を聞いて、俺は寒気を覚えた

やはりこいつは無害ではない。俺達にその危険性が及ぶことも

十分にありえる。

 

「なあ匠。俺達生きて帰れるのかなあ」

「心配すんなよ。彼女が何か持って帰ってきてくれるって」

 

俺の心配はまったく匠に伝わっていなかった

 

俺達は二階から炊飯器を持ってきて、米を炊く準備をしていた

後数分で米が炊ける時間になった時、彼女が帰ってきた。

 

「ただいまー、結構持ってきちゃった。」

 

ドサッっという音と共に彼女がどこからか持ってきた籠を降ろす。

 

「うわっ、すごいな」

「すげー」

 

そこには結構な量の野菜が入っていた。

俺達が籠から野菜を取り出していると下の方に何かを包んだ袋が見えた

おそらく竹の皮で包まれたそれは、赤く滲んでいた

 

「これ…肉か?」

「その通り、ちゃんと等価交換してきたから大丈夫よ」

「それも心配だけど、そもそも何の肉なんだ」

 

一瞬嫌な単語が脳裏をよぎる、「人」

 

「鳥よ。鶏」

 

その言葉を聞いてホッとしたが、今度は鶏肉の状況に疑問を覚える

血が滲んでいるということはそういうことだ。

 

「あんたが解体したのか?」

「ええそうよ、こう見えても結構得意なの」

 

これ以上詮索するのはよそう、俺の直感がそう囁く

 

「じゃあ鳥鍋にでもするか」

「おお、そりゃいいな」

「ご飯と鍋一緒に食べるの?」

 

鏑木がきょとんとした顔で尋ねる

ご飯のおかずに鍋はならないという人がいるのは知っているが

彼女は俺が思っていたより現代的だった。

 

「米もう炊いちゃったしな。別にあんたは食べなくてもいいぞ」

「棘のある言い方ね。いいわよ、ちょっと待ってなさい。」

 

そうすると彼女はまた出て行った。

彼女が外に出た後、およそ人には不可能な跳躍をしたのは

見なかったことにした。

 

匠と二人で鳥鍋の準備をしていると彼女が帰ってきた。

右手には手づかみされている何匹かの魚

左手には市販の醤油を持っていた。

 

「その魚、何?」

「アユよ。」

「アユ?」

「あら、知らないの?この地域じゃ今が旬なのよ」

「そうだったんだ。知らなかった。」

「さ、焼き魚にしましょ」

 

こうして、料理が出来上がる。過程はともかく

中々豪華な晩飯となった。

 

「「「いただきまーす」」」

 

お腹が空いていたこともあり、食事中に会話をすることはなく

あっという間に料理を完食した。

 

「いやー食った食った」

「おいしかったわ。あなた達意外と料理出来るのね」

「まあな、キャンプとかしたことあるし」

「へえー見直したわ。」

 

その後も会話がしばらく続き、眠たくなってきた。

 

「そろそろ眠たくなってきたな…祖母の遺品整理は明日だな」

「そうね、夜更かしは体によくないわ。所でここって布団あるの?」

「ないよ、残念だけど雑魚寝だ」

「まあそうよね、私は大丈夫よその程度で体を痛めないから」

「雑魚寝かー、どこで寝ようかな」

「俺はここで寝るよ。二人は?」

「俺は二階で寝るわ。本の香りに包まれて寝てみたかったんだ」

 

匠のやつ。顔に似合わずロマンチストなことを言う。

 

「私もここで寝るわ。二階は埃っぽいからいや」

「そうか、じゃあおやすみ」

「おやすみー」

「おやすみ」

 

とは言ったものの、すぐには寝ない。スマホで怖い話を検索する。

祖母の家は雰囲気作りに最適だ、だが…

 

「鏑木さん?結構近くないですか?」

「そんなことないわよ」

「そんなことないって…」

 

俺と鏑木の距離は10㎝程度だ。しかもお互いに向かい合っている。

 

「何してるんです?」

「そっちこそ何見てるの?」

「…怖い話。」

「あはははは」

「なんで笑うんだよ」

「そんな不確かなもの見るよりも、もっといいものがいるじゃない」

 

それは彼女自身のことなのだろう。部屋の雰囲気が変わる

その空気に飲まれ、俺は動けなくなっていた。

 

「ふふ、また私のことが怖くなったの?」

 

挑発するように彼女は言う

 

「あんたが安全だという保障はどこにもないからな」

 

虚勢を張った精一杯の文句だ。

 

「大丈夫よ。人は食べるけどあなたみたいな人は食べたりしないわ」

「じゃあ…どんな人なら食べるんだ」

「嘘よ。人なんておいしくないもの食べたりしないわ」

 

そういうと鏑木はクスクス笑う。すっかり手玉にとられてたみたいだ。

 

「この世には不思議なことがいっぱいあるのに、自分の目でみようとは思わないの?」

「俺は別に信じてるわけじゃないが、もしもってことがある。そういうのは勘弁だから

 こうやって安全な所から見てる方が好きなんだ。」

 

自分だけで済めば俺がバカなだけだ。しかし、この手の話は自分の友人のみならず

無関係に等しい家族まで巻き込まれることがある。

その危険性を考慮すれば、心霊スポットなんてとても行けたもんじゃない

 

「へえ、じゃあ安全だったら実際に見てもいいの?」

「…本当に安全ならな」

「いいこと教えてあげる。あなたが玄関を開けた時見たものは本物よ。」

「…ウソだろ」

 

固唾をのむ。心の中で誤魔化してきた出来事が事実だと言われたのだ。」

 

「本当よ。別に害はないけどね。幽霊だって元は人間だもの。

 外にいるより家の方がいいに決まってるじゃない」

 

さっきと同じ出鱈目と思いたかったが、彼女の言葉には不思議な説得力があった。

害はないとは言われたが、それでも怖いものは怖いのでそうそうに話を切り上げ寝ることにした。

 

翌朝。目覚めた俺は顔を洗うため、台所に行った。

顔を洗い、歯を磨く。調子を整え居間に戻る。

 

「あれ?あいつはいないのか」

 

一緒に寝ていたはずの鏑木の姿はそこにはなかった。

彼女のことだからどこかに行ってしまったのだろう。

俺は特に気にすることもなく二階へあがって行った。

 

「おーい、匠。起きろー」

 

匠は寝ざめがいい方とは言えない。一度寝だしたらなかなか起きない。そういうやつだ。

しばらく揺すったり名前を呼んだりしてみたが、一向に起きない。

仕方がない。一人で整理を始めるか。

俺は窓を開け、遺品の整理を始めた。

残った荷物の大半は祖父の残した本だ。反面祖母はほとんど何も残さなかった。

 

「ばあちゃんの荷物はこのあたりだな」

 

古めかしい化粧箱がいくつか置かれている。 

とりあえず手前の箱を開けてみる。

そこには手鏡や櫛などがはいっていた

どれもこれも高価そうな品だ。祖父の本もそうだが、後で売却したりするのだろうか

 

「特に持ち帰るってものはないな。」

 

その後もいくつか箱を開けてみたが、特にめぼしいものは入ってなかった。

そしてとうとう最後の箱になった。

 

「これで最後か、特になさそうだけど」

 

最後の箱を開ける。そこには小さな木箱が入っていた

 

「なんだこの箱」

 

箱の大きさは手のひらくらいで手触りから恐らく木製だった。

こげ茶色の箱の上側を引っ張るようにして開けた」

 

「お守り?」

 

そこには神社などで買えるお守りが入っていた。

ありがたそうな文字がかかれ、上の口が縄で縛られている。

特に何の変哲もないお守りだが、昨日の一件のこともあり、持ち帰ることにした。

 

「ばあちゃんのはこんなもんかな、後はじいちゃんだ」

寝ている匠を迂回し、祖父の本を一つ一つ調べていく。

祖父の持っている本は小説、民族誌で大半が構成されており資料という意味では

価値のありそうな物が多かった。

俺にとってはそうでもないものばかりであったが、一つの本に目が留まった。

それは本ではなく、厚いメモ帳で表紙は真っ黒だった。

 

「じいちゃんの残したノート…?」

 

気になった俺はさっそく、中身を読んでみる。

そこには雑多なことが書かれていた。

この山で採れる木の実やキノコ。生息している動物。土地の価値。

地方の新聞紙の切り抜きに対しての考察や私見らしきメモ。

特に気になったのは後半だった

そのメモ帳はあるページから絵のような物が書かれていた。

生き物と形容できるようなできないような不思議な物体が渦のように密集しており

その渦の中心は首がなく、四肢だけがくっついた人のような物体が書かれている。

これが最初のページに書かれた絵であった。

そこから

様々な獣の皮が吊るされた木の近くで、たき火を囲って踊る猿のようなモノの絵。

上半身だけの女と下半身だけのヘビが板のようなものに乗せられて祭られている絵。

見た目こそ横を向く黒猫なのだが、その一つ一つが小さな黒い何かが集まった絵

大小様々な日本人形の中心で足を齧る子供のようなモノの絵

波に流されながら笑う、大きく伸びた人のようなモノの絵

神社で遊ぶ、顔がない8人の同じヒトが描かれた絵

顔がとぐろ状に捻じれた、古い一家の絵

民家の二階からこっちを見る無表情の家族と、二階と同じ背丈の細い人のようなモノの絵

これ以外にも多数の不気味な絵が最後まで続いていた。

最後まで見終わった後、俺は背表紙に何かが張り付けられているのに気付いた

 

(これは…写真?)

 

日付を確認すると2017年4月19日と書かれていた。

そして俺は写る物に意識を向けた時、ぞっとした。

病室から窓越しに向こうの病棟を写しているのだが、そこには表情のない人達がこちらを

見ていた。服装からして患者だけでなく、看護師などもいた。彼らが窓という窓からこっちを

見ている。普通じゃない。さらに追い打ちをかけるようにある事実に気づく。

「これ…じいちゃんが入院した病院じゃないか…」

 

夜だから一瞬わからなかったが、確実にそうだ。

何度か面会に行ったことがあるが、祖父は死ぬまで普段と変わらぬ調子だった。

祖父はこの存在に気づいていたのだろうか、それとも気配だけ感じていたのだろうか。

今となっては全てが闇の中だ。俺は改めて祖父の安寧を祈った。

 

とにかく俺はふとした時に目に入る危険性のあるこの写真を背表紙から取り

中にしまうことにした。セロハンテープをそっとはがし写真の裏面を見たとき

そこには汚れた文字で「はつらぎ様」とだけ書かれていた

 

「神様の名前か?」

 

はつらぎ様、聞いたことがない名前だった。

土着神の一種だろうか、何にせよ今の俺には分からなかった。

しばらくして全ての本を確認した後、俺はさっきのノートを持ち帰ることにした。

不気味ではあったが祖父の本当の死因を知りたいという気持ちもあった。

 

俺は寝ていた匠をおこし、遺品を持って車に乗り込む。

この家にいたのは一日程度だが、とても濃い一日だった。

何ともいえない感覚を残しながら俺達は祖母の家を後にした。

 

----帰り道----

「それにしても疲れたなー」

 

匠が心底疲れた顔で言う

 

「そうだな、まさかあんなことになるとは」

「でもいい経験になったでしょ?」

「ああ、そうだ…え?」

 

驚いた俺達は後部座席を見る。そこには鏑木の姿があった。

 

「お前なんでここに、っていうかいつのまに!?」

「あら悪い?面白そうだから着いていくわ」

「いいじゃんいいじゃん。旅は道づれっていうし」

「よくないだろ!親にどう説明するんだよ!」

「そこはあなたに任せるわ。友達でも彼女でも好きなようにして頂戴」

「まったく…なんでこんなことに…」

 

この時の俺はまだ知らなかった。

この先予想だにしない出来事が待ち構えていることを…

 

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