現世十二神将 僕とお父さんの物語

針生省

現世十二神将 僕とお父さんの物語

 皆さんは、『現世十二神将』という言葉を知っていますか?現代の地球を悪の手から守る、とても強い勇者十二人組です。


 その昔地球には、とても高い戦闘能力を持ったヒーローの集団が存在していました。彼らはアベンジャーズと呼ばれ親しまれていましたが、ある日突然その全員が、身体中の穴という穴からクラムチャウダーが噴き出し性器が肥大するという謎の奇病にかかり、この世を去ってしまいます。


 その後を継ぐように現れたのが、更に高い戦闘能力と正義の心を持った次世代の勇者集団、現世十二神将でした。


 現世十二神将はその名の通りの十二人組です。一年を十二で区切って、一月の勇者から十二月の勇者までの十二人が在籍しています。例えば六月二十九日であれば、六月の勇者がやってきて、悪のモンスターと戦うのです。


 この勇者たちが現世十二神将なので、前世代の勇者、アベンジャーズたちを『幽世十二神将』と呼ぶ向きもあります。しかしよくよく数えたら十二人じゃなかった上に、そう呼んだ人々は一人残らず全身からクラムチャウダーを噴き出し、性器が肥大してしまったので、やがて誰もそう呼ばなくなりました。なので今では現世十二神将という名称が全世界的に定着しており、アベンジャーズという名称は完全に過去の物となっています。


 その為子供達はアベンジャーズの事をよくわかっておらず、音楽の授業でカーペンターズが登場すると、「クラムチャウダーが噴き出して性器が肥大したショックで摂■■■(国連十二神将評議会の判断により黒塗り)になった人だ!」等と誤解してはしゃぎ、御年百三十七歳を迎えた教育評論家の尾木ママが、「事実と倫理の観点から間違っている」と苦言を呈しています。




 僕のお父さんはそんな現世十二神将の一角、三月の勇者です。三月の勇者なので、三月になると本当に強くなります。敵を寄せ付けません。無敵中の無敵です。毎年三月になると桜の花で辺りは桃色に染まり、その後にお父さんによって血の赤に染まります。


 三月のある日、お父さんが街を歩いていると、向こう側からお父さんの古くからの友達の佐々木さんが歩いてきました。


「おう、佐々木!」


 そう言ってお父さんと佐々木さんがハイタッチをした瞬間、佐々木さんの右腕は遥か彼方、ずっと見えなくなる所まで飛んで行ってしましました。まるでアンパンチを食らった後のばいきんまんの吹っ飛び方そのものです。そう言われてみれば、喉が取れるような勢いで叫ぶ佐々木さんの断末魔もどこか「ばいばいきん」と聞こえない事も無く、なんとも神韻縹渺、いとをかしといった感じでした。


 でも仕方がありません、お父さんは三月の勇者なのですから。三月の勇者なのだからそのくらい強くて当たり前なのです。痛みに泣き叫ぶ姿を見て哀れに思ったお父さんは、佐々木さんの右肩に一輪の白い花を刺して平和を祈りました。優しいですね。




 お父さんは三月の勇者です。だから当然勇者の仕事が舞い込んできます。沢山舞い込んでくるので、お父さんはパソコンで仕事の情報を整理しています。仕事の情報はパソコンのマイコンピュータの所に入っているので、マイコンピュータのマイコンと、舞い込んでくるの舞い込んがかかってるね。と、ひどく面白くない事を言っていた母はその日のうちに亡くなりました。享年は三十五歳でしたが、実は七年サバを読んでいたことが遺品整理時に発覚したので、その後享年四十二歳に訂正されました。間違いが直されるのはとても良いことだなと思いました


 その日のお父さんの仕事は、街の外れにある洞窟に閉じ込められたお姫様を助け出す事でした。大変な仕事なので、三日くらいはかかるだろうと思っていましたが、お父さんは出発したその日のうちに帰ってきました。やっぱりお父さんは凄いや!

 お姫様はどうだった?と僕が聞くとお父さんはにっこりと微笑んで、


「美味しかった」


 と、言いました。僕がどっちの意味で?と聞くとお父さんは


「両方」


 と、言って、僕の頭をポンポンと撫でてくれました。




 お父さん……あのね、お父さん……


 実は僕ね……学校でいじめられてるんだ……


 お父さんはあんなに強いのに、お前はちっとも強くないって。僕は喧嘩も全然強くないから……

 いつもいつも放課後に皆にいじめられて。悔しかったらお父さんを呼んできてみろよ?って。


 でも僕はお父さんを呼びになんて行かないよ?だってお父さんは勇者だもん。勇者は子供を倒したりなんてしないもん。僕のかっこいいお父さんはモンスターを倒すんだもん!


 だから僕はお父さんを呼ばない。呼べばきっと助けに来てくれるよね?でも呼ばないんだ。いつか強くなって……絶対お父さんにも負けないくらい強くなって、きっとあいつらを見返してやるんだ!


 オレンジの夕焼けの中で、ボコボコに殴られた僕が一人で勝手に決めた、お父さんとの約束。

 だから毎日僕はトレーニングだ!いっぱい走って、いっぱい腕立て伏せ。絶対に強くなるんだっ!




 それから何年かの月日が経って、また春が来ました。中学生になった僕は、まだいじめられていました。毎日のように放課後に呼び出されて、何の抵抗も出来ぬまま、殴られたり蹴られたり。

 僕も強くなりました。でも、奴らを油断させるために、あえて何も手を出していないのです。


 ある日、僕はついに決心を固めました。明日……あいつらを叩き潰す!見返してやる!僕は強いんだ!あの強いお父さんの息子なんだぞ!と。

 右の拳をぎゅっと握りました。手の甲にある大きな痣を見て、僕は内に秘めた闘志を燃やしました。


 そして次の日、放課後いつものように、僕はあいつらに呼び出されていました。にやにやと憎たらしく笑う奴ら。今日もたっぷりと僕を痛めつける気のようです。だが今日という今日はそうは行かない。


「来いよ、ザコ共」


 低く、唸るように僕が言いました。今まで、学校では出したことのない声です。奴らの眉がピクッと動いたのがわかりました。少しの間が空いて、そしてその間だけ河川敷にしばしの静寂が流れ、やがて奴らはこちらに向かって拳を振り上げながら走り出したのです。




 しばらくの後、奴らは綺麗さっぱり片付いていました。僕はと言うと……無傷。圧勝でした。長年厳しいトレーニングを重ねて来た僕には、奴らなど所詮敵ではなかったのです。

ちょっとだけ、お父さんに近づけた気がしました。


 家に帰ってくると、玄関の前でお父さんが待っていました。ただいま、といつもの挨拶をする僕に、お父さんは開口一番、こう聞いてきたのです。


「勝てたのか?」


「え?」


 まさかと思いました。


「知ってたの?」


 そう聞くと、お父さんはいつもの優しい笑顔を浮かべました。


「知ってたさ、お前がいじめられていた事も、人知れずトレーニングに励んでいた事も」


「お父さん……」


「助けてあげられなくて、ごめんな」


 僕の頬を暖かい涙が伝いました。目の前に立っているのは、僕の大好きな、あこがれ続けたかっこいいお父さんでした。


「ありがとう……ありがとう……」


 何度も感謝の言葉を伝えました。僕はもういじめられっ子じゃない。あの時、全てを知っていたお父さんがいじめの仲裁に入って来ていたら、僕はいじめられなくなったでしょう。でも、もしそうだったならば、この強くなった僕は今、存在していないのです。お父さんが陰で優しく見守っていてくれたから、今の僕があるのです。なんどありがとうと声に出しても、感謝の気持ちは尽きませんでした。


「それで、勝てたのか?」


 お父さんがそう聞いて来ます。僕は笑って、


「美味しかった」


 と言いました。お父さんは、どっちの意味で?と聞いて来ました。


「両方」


 僕がそう答えるとお父さんは、


「このホモ野郎が!」


 と怒鳴って、僕に詰め寄ってきました。僕は同性愛者差別はよくないなと思い、詰め寄って来たお父さんを突き返しました。


 今日は四月一日。もう三月では無いので、勇者じゃ無ければ強くも無い、むしろ弱すぎるお父さんは、ぷるんとこんにゃくのように、その場に崩れ落ちました。




 自分の部屋に入るともう外は真っ暗で、僕は明かりを点けてカーテンを閉めると、ベッドの上にごろんと寝転びました。すっと目を閉じると、僕の心の中に、もう一人の僕が現れます。時折僕はこうやって、ベッドの上で自問自答をするのが日課でした。


 憧れのお父さんと戦ってみた感想はどうか?そう聞いてみると、心の中のもう一人の自分は、


「美味しかった」


 と答えました。どっちの意味で?と聞くと、


「両方」


 と返してきます。でもホモ野郎じゃないよ。だって僕は本当にお父さんが大好きだったんだから。お父さんはずっと、僕の憧れだったんだから。


 そんなやりとりをしていると、机の上の額縁の中にいるお母さんが、


「取っちゃやあよ♡」


 と言ってきました。


 うるせえなババアと思いながら、僕はお父さんの十二指腸の最後の一片を口の中に放り込みました。

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