第5話 あんまり聞きたくなかった、神様の実態

 かおりの人生は、恋だの愛だの性だのに、ほとんど縁のないものだった。自分の『えにしの糸』が誰ともつながっていないことを悟って以来、自然とそういったものを遠ざけるようになったからだ。友だちは同性ばかり、時折誘われるプチ同窓会やバイト仲間の飲み会も、男性が出席するときは何かと理由を付けて断っていた。たぶん、父母と祖母に、3回ずつぐらいぎっくり腰なってもらったと思う。

 それでも、陰ながら友人の恋は応援してきた。縁結びなどと偉そうなことを言えるほどのことはしていないと思うが、「〇〇先輩みたいなカッコいい人、私なんて相手にしてくれるハズないよね」と肩を落とす友人とその先輩の間に糸が見えれば、応援したくなるのが人情だろう。その糸のつながりは、最初は強固なものでなくていいのだ。仕組まれた偶然の出会い、予定調和のちょっとしたアクシデント……そんなありきたりなシチュエーションがあれば、そしてふたりがそのつながりを大切にするのであれば、糸は自然と赤みを増し、強靭に鍛えられていくものなのだ。

 高校時代は、「かおりに好きな人を告白すると成就する」という噂が一部で囁かれ、その手の相談話は尽きなかった。たまに、「かおりに告白すると、好きな人との恋が成就する」という迷惑な勘違いもあったが、それも含めて懐かしい思い出だ。

 だから、縁結びという仕事自体は自分には合っていると思う、とかおりは述べた。社務所内に、一ノ瀬、墨児、翠、そしてかおりの4人(?)がぐるりを円を描くように座っている。

 ちなみに、菊池は不用意な発言の罰として、コンビニスイーツを買いに行くよう命じられたため不在である。

「ふぅん、かおりちゃんの気持ちがそうなら、ボクたちとしてもありがたいね。でも、一応尋ねておくね。縁結びのお仕事をするとしたら、かおりちゃんにとってネックになるのはどんなことが考えられる?」

 一ノ瀬の問いに、無意識に右手に閉じ込めたものを白っぽい生きものをにぎにぎしながら――森の精だと教えてもらった――しばらく考えてみた。

「そうね。ひとつは、両親や友だちに相談できないこと。でもそれは、今まで『えにしの糸』の話を誰にもしてこなかったんだから大きな支障はないと思うんだけど、新しいバイトを始めたっていう説明ぐらいはしなくちゃいけないから、ちゃんとした設定みたいなのを用意したほうがいいかな」

「ふんふん。それは確かにそうだね」

 一ノ瀬はうなずき、「二つ目は?」と促す。

「えーっと、こちらのお仕事にどの程度の時間を割けばいいのかなって。コンビニのバイトはまぁ、家が近いからって理由だけでやってたようなものだけど、友だちもいるし、ほかに古本屋のバイトもやってるんだけど、そっちも辞めたくはないのよね。私、大学行ってないから、こーゆーバイトの付き合いが楽しいっていうか、趣味みたいなもんなの」

 かおりの家は、そこそこ裕福な部類に入る。年に一度の家族旅行のほか、両親は結婚記念日に必ずふたりっきりの旅行にも行っている。かおりのバイトは、金銭を稼ぐ目的よりも、友達付き合いをしたり、ご近所さんに「あの子、フリーターなんですって」と噂されるのを避けるためという目的が大きい。

 したがって、縁結びのお仕事に、特に高額な報酬は求めていないのである。

 墨児が、同じく森の精をにぎにぎ……というよりほとんど握りつぶしながら、「そうさなー、金に目がくらむとロクなことがねぇからな」としみじみ頷いている。過去にロクな目にあったのだろうか。

 そこへ、ガラガラと古い引き戸が音を立てて開き、菊池が戻ってきた。

「ただいま戻りました。とりあえず抹茶プリンとマンゴープリンを買ってきましたが、翠さま、どれを召し上がりますか?」

 翠は、今やはっきりと人の世に顕現していた。

 瞬間、急激に存在感が増すというか、気配が濃密になるというか、とにかく滅多に味わうことのない感覚にかおりは衝撃を受けた。今ではそのショックも薄れつつあり、翠の力でハッキリ触れるようにしてもらった森の精と戯れながら話を進めているわけである。

「私は後で良い。レディーファーストの精神がなっておらんな、誠一朗。ついでに、その堅苦しいネクタイも外してはどうかね。今はクールビズの時代だろう」

 かおりは恐れながらマンゴープリンに手を伸ばしつつ、翠と菊池のあいだで視線をさまよわせた。神様の口から、クールビズが語られたことが意外だった。

「うちの役所では、クールビズは6月からです」

 と菊池は澄ました表情で答え、その隣では一ノ瀬が笑いながら「といって、6月に入っても外しませんよ、この男は。スーツは戦闘服で、ネクタイは剣みたいなものだって言ってますからね」と翠に説明する。翠は少し笑みを深くしただけだったが、「堅苦しいのは顔だけにしとけよ、きくっちー」と、墨児は容赦ない。

 そのあたりのからかいはさりげなく流しつつ、「それで、お話はどこまで進みました?」と尋ねる菊池。彼自身は、最後に残った抹茶プリンを取った。

 墨児はまんざらでもなさそうにマンゴープリンを頬張りながら、「あんたいねぇのに、そんな進むわけないじゃん」と、あまり偉そうに言えない内容を偉そうな口調で言う。

「誰もキミに、円滑な議事進行なんて期待しちゃいないから、安心しなよ」

 一ノ瀬が墨児の前で威張るのはなんとなく理解できてきたかおりだったが、「口元に生クリームついてちゃ台無しよね」と思っていると、菊池がそっとウェットティッシュを差し出した。気付いた一ノ瀬は悪びれずに口元を拭っている。さすがの菊池も、未使用の予備ハンカチの2枚目は持っていなかったか。あるいは、ハンカチよりウェットティッシュが有効と判断したのか。

 かおりがつまらないことを考えている間に、ろくすっぽ進まなかった『議事内容』について一ノ瀬が簡単に菊池に説明し、「なるほど。かおりさんが前向きに考えてくださるなら、特に問題はありませんね」と頷いた。

 両膝をきちんとそろえ、菊池がかおりに向き直る。つられて、かおりも正座しなおした。

「では、かおりさん。具体的なお仕事の内容を、私のほうからご説明いたしますね」

「はい、よろしく……あ、いえ、あまり具体的な描写は省いてご説明よろしくお願いします」

 視界の端で、一ノ瀬と墨児がシンクロしたようにコクコク頷いていた。


 市役所のリストに指定された対象者一覧から対象を選び、その『えにしの糸』が結ぶ相手を探す。また、神社の縁結び祈願にやってきた参詣者の中に有力な対象者がいれば、都度神社から連絡が入り、複数の案件を一度に進めることもあるという。というより、かおりのにはそれが期待されているようだ。

「対象者一覧、ですか……」

 カップルを成立させていちゃいちゃさせよう!(訳:かおり)というお仕事内容のわりに、ずいぶんと事務的な印象を受ける。

「そうです。我々にとって、独身者または単身者、この場合の単身というのは特定の恋人がいない人物を指します……彼らすべてが対象者となるわけですが、それでは手に負えない数になるということはお分かりいただけますね?」

「えぇ、それはそう思います。特別外務部少子化対策課……で合ってましたっけ? あんまり人手の多そうな部署とも思えないですもんね」

 仮に、かおりの住む市の人口の半分を既婚者、残る半分がいわゆる「恋人期間」なのだとしても、市の人口の四分の一は対象者となり得る計算である。とても少人数で追い切れる数ではない。

「ご賢察おそれいります。そこで私たちは、カップル成就の可能性が高い人たちをリストアップし、優先的に仕事にあたっています。個人情報なので正式な契約を結ぶまでお見せ出来ませんが、それが対象者一覧というリストです。かおりさんなら、お分かりでしょう。“恋人をつくる準備が出来ている”人たちが対象者として扱われます」

 ちらりと自分の左手に視線をやって、かおりは「分かります」と答えた。

「私の感覚で言うと、淡い桜の色……新鮮な花の芽のようなピンクの糸が、ピーンと張られている状態の人ですね。こういう人が、糸のつながっている相手と出会うと、それこそあっという間に恋に落ちます」

 菊池は「その通りです」と頷いた。

 そこでふと、かおりの胸に疑問がわきあがる。

「あの、その“恋人をつくる準備が出来ている”人たちを、市役所の皆さんはどうやって見つけているんですか? 私のような人が、市役所にもいらっしゃるとか?」

 かおりの『目』なら、一目で“恋人をつくる準備が出来ている”人を見分けることができるが、常人には至難である。市役所はいったいどうやってそんなリストを作ったのだろうか。

 仮に、女子力が非常に高いと評判の美女がいたとして、彼女が「わたし、恋人募集中なの」と宣言したとしても、それは“恋人をつくる準備が出来ている”ことにはならない。あくまで、“恋人を作るつもり満々”というだけの状態である。左手の薬指から伸びた『えにしの糸』が、特定の人物を示す状態でなければ、即カップル成立は難しい。もっとも、『えにしの糸』の状態とは関係なく、恋人が欲しいと公言することにより、「お友達から始めましょう」もしくは「体の関係から始めましょう」という当事者同士の合意は起こりやすくなるので、当人が“恋人を作るつもり満々”というのは、恋愛の準備段階としては悪いことではない。

「いいえ、あなたの目は、およそ一世紀ぶりの奇跡です。ただ我々もあなたと同じように、特別な力を使って、対象者を見分けています。たとえば、一ノ瀬の能力がそうです」

「あぁ、心の声……」

 そうそう、と言いながら、食べ終わったプリンの空容器を菊池に渡す一ノ瀬。菊池は無表情で受け取り、コンビニのビニール袋に回収する。

「ボクの感覚で言うとね、好きな人を思ったときに淡いピンクっぽい花、桜色っていいたとえだね。そんな背景を錯覚させるような、艶めいて弾んだ声。これを持っているのが、準備が出来ている対象者。で、そのお相手を、墨児が地面を嗅ぎまわって探すってわけさ」

「さりげなく悪意のある説明まぜんじゃねーよ」

 墨児も当然のように菊池に空容器を手渡し、菊池は先ほどと同じ動作を繰り返した。

 墨児は立てた右膝に右腕を置き、指についたクリームをなめとりながら、大雑把に自分の能力を説明する。

「俺は鼻が利くんだよ。お前らの表現を借りるなら、桜の匂いをたどって相手を見つける。さすがに俺ひとりじゃ数がこなせねぇから、神社で作ったアプリを見ながら、市役所の連中も街中歩き回ってるけどな」

「正確には、市の嘱託したアルバイトの人たちですけどね」

 いかにも公務員然とした人間よりも、散歩する老夫婦や買い食いする女子高生など、老若男女のスタッフをそろえたほうが、広い範囲を周囲にあやしまれることなく調査できるということだそうだ。

 それは分かった。分かったのだが、それより前に気になる言葉が出てきた。

「ちょっとストップ。神社でアプリ作ってるの? 恋人探しアプリとか開発しちゃったの?」

「しちゃったのだよ!」

 このときを待っていましたと言わんばかりに勢いよく、翠が身を乗り出してきた。

「ほら、私は実体がないだろう? そういう存在というのは、電気と相性が良いのだよ。神とか精霊とか悪霊とか。そして、私は数百年ここにいて暇を持て余していたので、ネットサーフィンで色々調べていたら、出来てしまったのだよ――ご覧」

 翠がスマホを差し出した。スクリーンには、大きなハートを背景にキューピッドが手をつないだイラストが映し出され、『恋愛 神アプリ~ご利益あるよ~』とあまりにうさんくさいタイトルらしき言葉が光っている。恋愛神アプリ100選とかいうまとめサイトでもあれば、かろうじてランクイン出来るだろうか……。

 かおりはやや困惑して、意味もなく握りしめた森の精をいじくりまわし、「あのー、このスマホは翠さまのものですか?」と本筋を離れた質問をしてみた。「そうだよ、墨児と色違いなのだよ」と、翠はご機嫌である。墨児は小声でなにごとか悪態をついていた。たぶん、「バカヤロー」とかそういった内容だ。

 翠が開発したという『恋愛 神アプリ~ご利益あるよ~』に対象者リストをインポートしておく。アプリを起動した状態で、対象者のパートナーが半径3メートル以内に近付くと、バイブと同時に画面が切り替わり、所有者にその存在を知らせるのだという。

「ま、あれだ。要するにポケGOといっしょだ」

 身もふたもない墨児の表現だが、とても腑に落ちた。

 菊池が説明を引き取る。

「このように、個人の特別な能力とアプリと人海戦術でどうにか職務をこなしてきましたが、あなたのがあれば百人力。あなたは、対象者を見分けることも、対となるパートナーを探すことも出来る。しかもこれまでにない精度を伴って。ちなみにお伺いしたいのですが、あなたの範囲はどのくらいですか?」

 かおりはちょっと考えた。人に説明したことがないので、とっさにはうまい表現が出てこない。

「ん~~~私、視力は両目とも1.0以上あるんですけど。肉眼で見える範囲に準備オッケーですよの人がいたら、まぁだいたい分かります。そういう人の糸ってやや太めなんで。相手の位置も、高校の校舎の範囲ぐらいなら追えましたね。他校の生徒だと、いちいち見に行くのが面倒だったけど」

 菊池の細い目が見開かれた。一ノ瀬はヒューと口笛を吹く。ただし、音はほとんど鳴っていない。

「ってことは、ふつうに生活してて、カップルとなるべき人たちを見つけ出すことが比較的容易なんだね」

「まぁ。それほど苦労せずにできるからこそ、学生時代にはそんな話ばっかり回って来てたわけで」

 なるほどね、これは確かに百人力だ――と一ノ瀬は深く頷く。

「いちおう言っとくと、ボクは前に説明した通り、こうして話し声の届く範囲の心の声しか聞こえないし、『桜色かなと思ったのに残念!桃色でした~』みたいな、勘違いも起こるから、100%対象者を見分けられるわけじゃないんだ。そこは経験値でなんとかカバーしてるけどねぇ」

 説明しながら墨児を足蹴にすると、墨児のほうは二倍返しで蹴り返しながら「俺の鼻は調子が良けりゃけっこー遠くまで探しに行けるけど、ダメなときは全然ダメ。あと、“対象者”のほう見つけんのは無理。あくまでパートナー探し専門だ」と気だるそうに言った。

 では神様は? ちらり、とかおりが視線を向けると、翠は笑みを深くした。

「私の神アプリも、パートナー探し専門だね。ただし、ここは縁結びの神社だから、この境内の中に運命の恋人を待つ者が入ってくれば、私には分かるよ」

 なるほど――とかおりが頷いていると、一ノ瀬が「翠さま、大切なこと言い忘れてますよ」と、なぜか苦笑いで口を挟んだ。

「あぁ、そうだね。私がのは、女性限定だ」

「えっ、どうしてですか?」

 かおりの問いかけに、翠はおそらく本日一番であろう美しい笑顔で答えた。

「それはね、野郎の恋愛事情になぞ、さらさら興味がないからだよ」

 えぇー⁉ 神様ってそんな差別するの⁉ そんなんでいいの⁉

 かおりの胸中に、日本の神という存在への疑念の嵐が吹き荒れたのは言うまでもない。

「そんなに驚くことかね? 世の可愛い女性たちが、幸せになれればそれで良いではないか。はははは。あ、無論、墨児は特別だよ。お前の花嫁姿を楽しみにしておるからな。励めよ」

「だ・か・ら! 俺は花嫁姿になんかならねぇよ! 励まねぇよ! っていうか何に励めってんだ⁉」

 墨児が翠の胸ぐらにつかみかかったが、翠はもちろん楽しそうに笑うばかり。


 神様って、なんだろう。うん、とりあえず、あんまり敬わなくても大丈夫っぽい?


 正式な契約書は後日お届けします――そんなことを菊池が言っていた気がするが、かおりは軽いカルチャーショックに陥っていたようだ。

 車窓が流れ、自宅の玄関前で車に向かって手を振る自分に気が付いたとき、かおりはほんの少しだけ、仕事を引き受けると言ったことを後悔していたのだった。

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