第4話 女王陛下の御成

姫たちと結名が出会う、数日前ーー

黒雪町の中心部、王城、または騎士団本部、そのまたはシンボルタワー、人々の間でそう呼ばれる「空白の塔」の最上層内部の玉座の間で5人の少年少女が長机を囲んでいた。

茶色のツインテールをぴょこぴょこさせて、鈴が興味深そうに問う。

「あのさ、ゆな、ってどんな子なのかな?」

その様子にふふと上品に、けれど少し気は強そうな笑みで、一際豪華な椅子に座る、茶色のポニーテールに前髪をあげた少女が言う。

「あら、貴方が姫以外の誰かについて気になるなんて珍しいわね、鈴」

「別にそういうのじゃないし!ねー姫様?」

なんだか楽しそうなポニーテールの少女の様子に、拗ねたように鈴が唸り、姫に同意を求める。明らかな飛び火状態だ。

「えー…どういうこと亜子」

が。彼女もまたスーパー天然少女という、なかなかの希少種なため気づくことはない。

そんな姫の様子にレノは深々と溜息をつく。

「…ここまで鈍感だと感心するよねー…」

そんなレノを見て、悪戯好きの子悪魔のような笑みを浮かべて、金の肩までの髪を下の方でふわふわとした2つ結びの少女が明らかにからかう様子で言う。

「あらあら?それだと困るのはレノもよ?」

その言葉に苛立ち、金髪の少女を睨むレノ。

そしてレノの感情の起伏と連動してぴょこんと動くアホ毛はご愛嬌だ。ぴょこぴょこ立つ

レノの髪、ふわふわしてそう、触りたいなー

というのは姫の談。勿論聞こえはしないが。

「会里、ちょっと黙ってくれる…?」

会里と呼ばれた少女が愉しそうに笑う。

「きゃーこわーいたすけてー」

それを亜子と呼ばれていた少女が呆れたように指摘する。何処か手慣れている。

「棒読みよ会里」

その指摘に、会里はふんと鼻を鳴らす。

「わざとよわざと。ふうん。結名、ねえ…。

どんな子かと思ったら、覚者なんてねえ…、ま、本人は気づいてないけどね。」

皮肉げな会里の言葉に鈴が割り込む。

「そりゃそうに決まってるよー!だってさ、姫様みたいな異能じゃないと、自覚なんてできないじゃん」

その鈴の言葉にもあまり介さず会里は何処か考えているように遠くを見据える。

「まあ、ね。でも…」

何故か釈然としないような会里に、姫が不思議そうに聞く。やっぱり無表情のままだが。

「どうかしたの、会里」

「ん…いや、何でもないわ」

「そう」

会里と姫の会話はどことなく大人びていて、ほんの少し鈴が面白くなさそうなのはまた別の話である。

うーんと腕を伸ばし、会里は立ち上がる。

「さーてと。それじゃ私寝るから」

姫とレノはそんな会里に小さく手を振って、

「ん、おやすみ」

「おやすみー」

「何で鈴はそんなに睨んでくるのよ」

「べ、別に何でもない!」

「ああ、白百合の社に行くのね。じゃあ結名が来たら教えに行くわ」

亜子がそう言って手を振ると、会里もまた手を振り返しそうだ、と尋ねる。

「そういえば、結名の迎えは誰が行くの?」

「まだ選考中よ。」

「僕行きたい」

亜子の答えに被せるように姫が手を挙げる。

亜子は姫に溜息をつきつつやんわりと言う。

「駄目。だって、貴方が行ったらレノも行くでしょう?そうなったら黒雪町の防衛面でも、黒雪騎士団としての体面でも危ういわ。それと、勝手に行くなんて馬鹿な真似はしないでしょうね?」

「あー、あはは…しないしない…」

頼りない姫の答えに亜子は鼻を鳴らし、レノを見やる。

「いざとなったら頼むわレノ…」

やれやれと言うようにレノが答える。

「りょーかい」

「じゃ、頑張ってね」

ひらひらと手を振って会里が扉を開けて、静かに出ていく。

「さ、巫女様も戻ったことだし、女王陛下、僕達はここらでお暇させてもらいますね。」

わざとらしく姫が敬語で言い、優雅に頭を下げると、亜子は姫を睨む。

「そういうのやめてって言わなかったっけ」

飄々とした様子で姫が笑う。

「さあ、僕は記憶力が悪いもので」

これまた気の強そうに睨んでいた亜子が、突然今までとは打って変わったようなぽつりとした声で問いかける。

「私は、女王…か」

寂しそうなとも違う、淡々とした哀し気な声音に姫は優しく亜子の頭をぽんぽんと叩く。

「別にいいんだよ。わざわざ気を強そうにしなくてもさ。」

労るような姫に、それでも弱々しく横に首を振って顔を上げる。

「どうせ私がいないと駄目なんでしょう?」

「…うん」

強がるように笑った亜子に、目を細めて姫が笑みを返す。

「じゃあ、また来るよ」

「ええ、また」

レノの微笑みに亜子もまた笑みを返す。

「お仕事頑張ってね」

「ええ、勿論」

鈴が無邪気に手を振り亜子が頷く。

3人は出入り口の扉を開け、出ていく。

最後に扉を閉めようとした姫が気づいたように肩までの黒髪を揺らして笑いかけた。いつも笑顔でいればいいのにとは会里の言葉だ。

睡蓮のように爽やかな笑みで言う。

「大丈夫。また、楽しくなるよ」

「…うん」

楽しそうに、けれどほんの少しくすぐったそうに亜子が笑った。

カタンと静かに閉まった扉を長いこと見つめ

ようやく気合を入れて息をついた。

「よし、楽しみが待ってるんだし、頑張らなきゃね。…それに、期待、されてるしね」

嬉しそうな声は誰にも届きはしないけれど。


「この建物、いや巨木と言ったほうがいいのでしょうか?とりあえず、ここは黒雪町の中心部であり王城であり、また騎士団本部、そしてシンボルタワーである空白の塔です」

エントランスホールのような広間の飾りを眺めつつ歩いていると、鈴が話し始めた。

「騎士団…?」

ぼんやりと問うと、それも後ほど、と答えが返ってきた。

「ここは空白の間。特に用途はないので空白と呼ばれています。まあ、いわゆる玄関ホールみたいなものですね。尚、私と姫様、ついでにレノは騎士団メンバーなのでここより上の階層に入れますが普通の人は入れません」

空白。なんだか気に入った。

「だから皆はこの上を知らないんです。凄いですよね!秘密ですよ?」

「うん!」

鈴が悪戯っ子のように笑いかけてくるのに頷いて笑い返す。マイナスイオン大放出だ。

「この町の女王である人と会うので、最上階に向かいます。こちらのエレベーターに乗ってください」

鈴の指した場所にはぴかぴかと輝く銀色のエレベーター。つくづくこの町文明的だな…。

エレベーターの中にて。

「あの、そういえば、ゆな」

鈴が、若干の緊張を秘めて聞いてきた。

「どうかしたの?」

「あの…そのぅ…」

しばらく、うーとかあーとか何かを呟いたあと、覚悟を決めたように顔を上げた。

「タメ口でも、いいですか…?」

姫とレノが同時に吹き出した。

私は拍子抜けしてちょっとがくっと崩れた。

「も、もう!姫様もレノも笑わないで!」

笑われた鈴は顔を赤くして怒る。

「うん、いいよ、タメ口で。ていうか最初からタメ口で良かったのに…」

「そ、そこは礼儀正しくと思って…」

焦ったような鈴の様子が可愛らしい。

チーンとベルのような音が鳴った。

4階とテレビのような画面に書いてある。

最上階へと着いた。

「ほ、ほら、着きましたよ」

まだ笑っている姫とレノを引っ張って鈴がエレベーターから降りるのに続く。

ここも、木を多く使ったフロアだった。

シャンデリアなど、高価そうなインテリアが目を引くフロアだと感じる。

けれど1階とは確実に違う雰囲気があった。

威厳とか、そういう威圧のようなものが。

「ふふ、ゆなも分かる?ここは謁見の間っていうフロアなんだ。女王はここで仕事をすることが多いからね」

鈴が自慢げに言うのを聞いて緊張が高まる。

女王様…どんな人だろう。

怖い人かな…。

私の不安を感じ取ってレノが励ますように、笑って言う。

「大丈夫、怖くないよ、むしろ明るいよ」

「うん、どこぞの知らない国の女王なんかの100倍は親しみやすいから」

「いや、それはそれで駄目なんじゃ…」

姫の言葉に思わず突っ込む。

「まあ、とりあえず行きましょう」

目の前の大きな扉を鈴がトントンと軽くノックする。

「鈴だよー、入るねー!」

いや軽すぎだろ!?

驚くべきほどの軽さで鈴が扉おを開ける。

ギイ…

ステンドグラスの張り巡らされたとてもとても綺麗な部屋の玉座の上から。

「ようこそ、黒雪町へ。そして、はじめまして、宮内結名」

茶色い髪をポニーテールにし前髪をあげた、

私より少し年上のような少女だった。

16、17歳ぐらいだろうか。

年に似合わず、妙に貫禄と威厳がある。

「あ、あなたが女王様…?」

「ええ。私は王野亜子。この町の支配者であり女王よ」

私の問いに頷きつつ答える声は硬く響いた。

やはり、少し怖いー

「ーっていう立ち位置になってるけど、ま、よろしくね、結名。気軽に話しかけてきてくれると嬉しい」

ぺろっと舌を出して亜子さんが笑う。

…え?

なんかめっちゃ親しみやすいんですけど…。

緊張してた数秒前の私が馬鹿らしいんですけど…。思ってたのと何か違う…。

…あ、いい方だからね?

「よ、よろしくお願いします…」

「うん、よろしくね。ああ、それと亜子でいいから。さんも、つけてもつけなくてもどっちでも構わないよ。ま、好きにして」

気の強そうな声も気にならないぐらいだ。

「さ、立ち話もなんだし座って」

玉座の階段のすぐ下の長机を指して、亜子さんが玉座から降りてくる。

「ま、大体は姫達から聞いてると思うんだけど…とりあえず、この建物と騎士団について説明するわね」

全員が席に着いたところで亜子さんが言う。

「この世界に黒雪病患者が集まる町が沢山あることは知ってるわよね。異能目当てで町同士が争うこともあったの、だから私達は防衛組織を作ったの。周りからは黒百合騎士団とか呼ばれてるらしいけれど」

おお…なんか弥生時代みたい…。

「騎士団メンバーは、姫とレノと鈴と私の他にもあと1人いるんだけど…。ま、防衛の為の組織だから全員異能持ちよ。」

すご…、いいなあ…。

「防衛の為には、武器とか訓練場が必要でしょう?だからこの塔を作ったっていう訳なの。1階は、まあ町の皆の集会場みたいになっているけど」

あ、なんか小国の内情みたい…。

「4階建てなんだけど、1階は集会場こと空白の間、2階は…ええっと…く、訓練場、みたいな、感じね、うん…」

うん?何か3人共目を逸らしてるぞ?

これは…うん、何か、世間には受けが良くないことに使ってるな…。

「さ、3階は、騎士団メンバーの寮や、研究所などの仕事場がある階層よ。」

へー、結構ちゃんとしてるなあ、2階以外。

あれ、そういえば。

「亜子さん、もう一人の騎士団メンバーって誰なんですか?」

私の問いに、亜子はふふと微笑んだ。

「まだ秘密。まあ、面白い人よ。ああ、じゃあ結名たちに呼びに行ってもらおうかしら。結名のことについての話し合いとかもここでしなくちゃならないし」

え、なんの話し合いだろう…。

「了解。まだ眠ってるよね?」

うん?眠ってる?

レノの言葉に密かに首をひねる。

「ええ。白百合の社にいるわ」

白百合…黒百合騎士団なのに白百合…。

ネーミングセンスが分からない…。

まあ、社っていう神聖な場所だからしょうがないのかもしれないけれど…。

「よし、じゃ行こう」

姫がそう言って立ち上がる。

そういえば姫って大体表情筋が動かないな…

もっと笑ったらいいのに…。

「結名、白百合の社は空白の塔の外にあるからちょっと遠いよ。大丈夫?」

姫が私を振り返る。

「うん、いつも極力運動しないようにして、体力を温存してるから大丈夫だよ。姫こそ小さいのに大丈夫なの?」

割と本気で心配だったのだが、姫は不服そうに唇を尖らせた。

「失礼な。僕309歳なんだけど。ていうか結名は運動嫌いで運動不足なだけでしょ絶対」

姫の半眼を見てムッとした私は皮肉を言う。

「年寄りだねー見た目と合わないけど」

むっと頬を膨らませる姫は、7歳ぐらいの見た目と身長だ。レノも鈴も同じくだが。

「こらこら、姫も結名もやめなよみっともない。どつちも子供じゃんかよ」

レノが私と姫の首根っこを掴んで私と姫を離した。扱いが大人だ。姫がいるからかな。あ、鈴もいるしね。大変だね…。

私は…多分迷惑になってない、筈だ。多分。

「子供じゃないよ、309歳だよ」

不満そうに姫が言う。いや309歳強調しすぎでしょ。どんだけ309歳に頼ってんだよ。

「309歳でも子供は子供だよ。いつまで経っても姫は変わんないね。」

呆れたようにも愛おしむような響きの言葉。

レノの言葉が子供らしくない(いや309歳だけどさ)甘い響きだったため、少し赤くなってしまう。何だこの溢れ出るカップル感は…。

そんなレノの言葉にも姫は動じない。

「変わってるよ。ほら、えっと…色々」

変わった部分は思いつかなかったらしいが。

ちらりと鈴と亜子さんを見ると一歩引いて見守る姿勢になっていた。大人な2人だった。

私は微笑ましいけど見ててハラハラする…。

「ほ、ほら、早く行こうよ」

姫がレノの背中をグイグイ押して部屋の扉を開けて外へと押し出す。

「じゃあまた来るねー!」

鈴も亜子さんに手を振り、姫のあとに続く。

「すぐ戻ってくるよ」

外に押し出されたレノも外から亜子さんに声をかける。だから私も。

「行ってきます、亜子さん」

控えめに手を振って言うと、亜子さんも、

「ええ、行ってらっしゃい」

微笑んで手を振った亜子さんに笑みを返して部屋の扉を閉めた。

ああ、行ってらっしゃいって言ってくれるって、なんて素晴らしいんだろうと思いつつ。

存在は消えてしまったけれど、私にも、新しい出会いが訪れた。

私に、新しい家ができました。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界は僕らを知らない 日常言葉 @80291024

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ