第3話 春の夜の夢の如し

永遠など、どこにもない。

そう、思っていたーー


「姫様〜〜っ!!!」

扉が開き、進むと同時に声が聞こえた。

「わぷっ、ちょっと、鈴、落ち着いて」

声は姫の方からだ。声の主は姫に抱きつく、1人の少女だった。茶色の髪色のツインテールが、動くたびにぴょこぴょこ揺れている。

…誰?

「こら、鈴。あんまり姫にひっつくなよ」

レノが鈴と呼ばれた少女を嗜める。

「なになにレノ。姫様盗られて悔しいの?」

明らかにからかう口調で鈴が笑う。

「り、ん?そんなこと誰も言ってないでしょうが?鈴、馬鹿なの?」

「馬鹿じゃないしー。少なくともレノよりは馬鹿じゃないしー」

小学生のように睨みあうレノと鈴。

「ほら、それよりもこっちが先だよ鈴」

抱きついてくる鈴を剥がして姫がこっちを向いて呆れたように溜息をつく。

「あ!はじめまして、鈴です!鈴って書いて、りんって読みます!ゆな…ですよね??よろしくお願いしますっ!」

「あ、う、うん!えーとお…鈴は、なんで私の名前知ってるの…?」

鈴はキョトンとして言う。

「え、姫様、言ってないの??」

「あ。…ごめん言ってなかった。」

姫が、今さらのように気付く。

「もう。…姫様の町には覚者がいるっていうことは知ってるんですよね?」

「あ、うん。それがどうしたの?」

「その異能を使って、道具を作ったんです。

ほら、この電話機。」

そう言って鈴は、制服のようなブラウスの上に羽織った、いわゆる学者っぽい白衣のポケットから、無線のように大きい電話機を取り出す。真っ黒で、表面には傷ひとつない。

「この電話機は、異能によって生成されています。異能を組み合わせて、新しい道具を作る。それが私の仕事なんです。」

異能を組み合わせる…?

もうなんだかよく分からない。

「この電話機は、近くの黒雪病患者を教えてくれる機能があります。ゆなが黒雪病になったとき、この電話機に電話がかかってくるんです。場所、名前なども教えてくれるんですよ!便利ですよね〜」

「あ、うん」

嬉々として笑いかけてくる鈴に、いや便利とかそういう次元じゃないだろ、と言える訳もなく、曖昧に頷くことしかできない。

「まあ、そういう訳で私達はゆなの名前を知っているんです。」

にこにこと屈託のない笑顔が眩しい。

「とりあえず、難しい話は後にしましょう。

 ーようこそ、黒雪町へ」

ふんわりと柔らかく笑って、鈴が私の手を引いて歩きだす。

「わあ……!」

は、とても美しかった。

森の中なのか、大木が茂っている。

その大木の中を、木製の家が通っている。

そして、木を見上げると、木の枝にも家が建っている。ツリーハウスみたい。

真ん中の大きな川を繋ぐ橋も、とても頑丈そうな石でできたものだった。

大通りのように開いた道には、人がまばらに通っていて、手を振ってくれたりする。

それに控えめに手を振り返している間に、鈴はどんどん進んでゆき、町の真ん中らしき場所の一際大きな巨木の前へと向かう。

「ねえ、姫」

ずっと黙ってついてきていた姫に、心の疑問を吐き出す。

「ここ…黒雪町は、なんでこんなに大きくて設備も整っているの…?」

私の疑問に、姫はふふと笑う。

「そりゃあ、別名、覚者の町ですから。」

「?じゃあ、ここは日本…なの?」

そう聞くと、姫はうーんと考え込み、

「うーん…そうとも言えるし、そうとも言えない、っていうところかな。」

姫の返答にまたもや首を傾げると、今の今まで無言で見守っていたレノがフォローを入れ

「ここは、どこにも存在してないことになってる。だからここは日本じゃない。けど、日本のどこかには存在してる。ま、簡単に言うと、日本だけど日本じゃない、ってことになっちゃうけどね」

…なんかよく分からないけど、まあ、今の私達と同じようなものか、と無理矢理納得する、いや、させるの方が正しいか…

「そうだ姫様。亜子が、なんで勝手にゆなを迎えに行ったんだ、黙って行くなと言ったでしょう!って怒ってたよ?」

「あー、やっぱり亜子、怒ってたかあ…」

はーあと溜息をつく姫にレノがツッコむ。

「そりゃそうでしょ。だって一応、亜子は

この町の女王みたいな、えっと、うーん…管理者?みたいな立場なんだから立場的にも責任を負うんだし。僕らのことで、だけどね」

肩をすくめるレノ。なんだか様になっている。いつも苦労しているからかな…

それと。

「あの…その、亜子さんって、誰…?」

3人は顔を見合わせて、

「「「あ」」」

…この人たち、色々大丈夫…?

「えーと、詳しいことは、中で話しましょう。こちらです。」

慌てて鈴が言い、私の手を引っ張り、巨木に向かってずんずん歩いていく。

…ん?

「ちょ、ちょっと待って鈴、えっと…これ、木…だよね?」

「そうですよ?」

「木は、建物じゃない、よね?」

「そう、ですけど?」

……。

「どこに向かってるの?私達」

「木ですけど?」

そんな何言ってんのみたいな目で見ないでくれ…。断言しよう。

おかしいのは3人であって、私じゃない!!

「あ、ああ〜、そういうことですか。あっちでは木には入れないんでしたねそういえば」

そういえばっておい…。

私の精神力が崩れていく音が聞こえた………ような気がした。

「さ、入りましょう!」

遂に巨木の正面にきた。

おお、扉がついてる。未来だ…!

…あれ、木に住むって、昔?未来?

…ま、いいや。

あ、いいんだ。by心の中のもう一人の私。

ギイと軋んだ音を出して、重そうな扉が開く。自動ドアじゃん…!!

「どうぞ」

自然に私を先に入れてくれる鈴。

なにこの子イケメン…!

恐る恐る足を踏み入れ、吐息を漏らす。

「わあ……!」

そこには、お洒落なステンドグラスに囲まれ、木材でできた床と屋根の部屋が広がっていた。いや、ここまでくると、広間だろうか。とても綺麗で広い内装に目を奪われていると、姫が、ふふと微笑んだ。

「懐かしいね、皆で、この広間作ったとき。今思い出すと、昨日ぐらいに思えるのに、本当はあれから200年も経ってるなんて。」

「待て待て待てーい」

懐かしさに目を細める姫の言葉に思わず割り込んでしまう。

「どうしたの?」

「いやいやいや。え?200年?え、姫大丈夫?いろんな意味で」

「何なのその言い方。失礼だねもう。まあ、言ってなかったのは僕が悪いけどさ。ちょっと驚くかもしれないけど、僕さ、今309歳なんだ。ああ、黒雪病患者でいる限り、僕らは老いないし、死なないからね。」

…ちょっと待て。突っ込みが追いつかないんだけど…。苦笑してレノが言う。

「まあ、驚くのもしょうがないけど、結名ももれなくその中に入ってるから、それ忘れないでね。あと、僕らの町は皆大体100歳は超えてるよ。」

…人は、驚きすぎると声もでなくなるよう。

姫がレノの言葉を引き継ぐ。

「だから、僕らは死なない。永遠に、このまま。それがいいと思うか嫌だと思うかは知らないけどね。」

永遠、か。

「永遠って、ないと思ってた。ずっと続いてほしかったことも、いつかは変わっちゃう、そう思ってた。…だから、ちょっと、嬉しい…かな」

私の答えに、姫は何処かぼんやりと遠くの何かを見つめるような眼差しになった。

「…?」

怪訝そうに見た私とは裏腹に、少しわざとらしいぐらいの明るさで鈴が笑う。

「では行きましょう!いつまでも見てるだけとはいきませんしね」

足を踏み入れたあと、なんだかお洒落な空間に怖じけずき突っ立っていた私を見て、鈴がいたずらっ子のようにくすと笑う。

「う、うん…」

堂々と、なんて格好いいものじゃないけど、おっかなびっくり足を進める。

歩く途中に、思考が頭をよぎった。

永遠。本当に、永遠なのだろうか。

「春の夜の夢の如し、か」

そう。あの有名な物語もそう言っていた。永遠など、春の夜の夢の如し、つまり、ずっと続くものなんてない。

この目の前の光景もー永遠、なのだろうか。


「ねえ、姫」

歩き出した鈴と結名の背中を無言で見守っていたレノが呟く。

「何?」

「…言わなくて、いいの?」

「…うん」

「…なんで?」

姫は哀しげにふふと微笑んだ。

「分かってるくせに」

笑みを返してレノは2人の背中をじっと見つめ、目を伏せた。

鈴はきっと、気を遣ったのだろう。

もっと、結名がこの残酷な世界を知ったあとではないと。

ーきっと、壊れてしまうから。

「でもね。きっと、魔法は解けるよ。」

「…知ってる。」

痛ましげに目を細めて姫が呟く。

「繰り返しに、するつもりはないよ。

 だって、結名は。


 この世界の、希望なんだからー」




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