宿場の鴉
紫 李鳥
宿場の鴉
その寂れた
その茶屋の
「……お淑さん、
常連の
「……ええ、相も変わらずで」
お淑は顔を
「……そうかい。早く元気になって、仙造さんの自慢の喉を聞かせてほしいな」
「ええ。私も、そう願っているんですが……」
八吉の前に茶碗を置くと、お淑は小さなため息を吐いた。
「――お父っあん、お
「……ああ、だいぶいいよ」
布団からゆっくりと身を起こした。
「ゴホッゴホッ!」
仙造が激しい咳をした。
「お父っあん!」
お淑は、仙造の丸めた背中を擦った。
「……すまねぇな」
「さあ、布団を掛けて。ゆっくり
「……ああ」
お淑はその足で家を抜け出すと、泣きながら駆けて行った。寒風に凍える
裏の畑まで来ると、お淑は声を上げて哭いた。仙造の身を案じると涙が止まらなかった。
「……お父っあん、死なないで」
お淑はそう呟いて、
と、その時。ふと、見上げると、強風に揺さぶられて葉音を立てている公孫樹の枝に、一羽の
カァー……カァー
鴉はまるで、お淑に同情するかのように、哀しい声で啼いた。
「……慰めてくれるのかい? ……ありがとう」
鴉は、
そんなある朝。暖簾を出そうと戸を開けると、一羽の鴉が戸口でお淑を見上げていた。
「あら、びっくりした。……こないだの鴉かい? どうした、お腹が空いてんのかい?」
お淑の問いに、鴉は瞼を一度閉じた。
「……何か、あったかしら。ちょっと、待っておくれな」
お淑は急いで廚に行くと、油揚げを一枚手にして来た。
「お食べ」
そんな事があって、何日か経った頃。それまで、
仙造は以前のように、廚に立つと、
え~えんや~~
山の~鴉はよ~
色の~黒いが~
自慢よ~
惚れた~おなごを~
引き立たす~
え~えんや~~
山の~鴉はよ~
女房~子のため~
気張るよ~
女房~逝くときゃ~
ともに逝く~
仙造の唄が終わった途端、戸口からバサッバサッと羽ばたくような音がした。お淑が急いで戸を開けると、そこには、三羽の鴉が見上げていた。
「……あの時の鴉かい? ……家族かしら? ……あっ!」
お淑は、この時思った。仙造の病を治してくれたのは、この鴉ではないかと。
三羽の鴉は、礼をするかのように、こくりと頭を下げると、一斉に飛び立った。
濡れ羽色の三本の羽根を置き
完
宿場の鴉 紫 李鳥 @shiritori
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