第2話
「暑い……。暑すぎだろ、今日……。」
家を飛び出してから一時間後。大人気声優、彩芽のライブ会場に到着し颯太はグッズの販売待機列に並びながら腕で額を拭いながらぼそっと呟いた。家を出たときには薄暗かった空も、今は雲一つない快晴になっていた。大阪の六月の普段の気温は二十五度前後なのに対し、今日は朝から三十度を越えようとしていた。幸い、待機列は建物の日陰となっていて熱中症の心配はあまりしなくていいが、何もせずとも汗がじんわり出てくる暑さであった。
颯太が会場に着いた頃にはもう二百人程のファンが並んでおり、彩芽の人気っぷりを改めて感じていた。しかし、この予想外の暑さのせいか、並んでいる人々はつらそうに地べたに座っていた。シャツの胸のあたりを掴んでパタパタとする人もいれば、応援グッズの団扇で扇ぎ合っているカップルらしき人たちもいた。
(こんなにくそ暑いのに、見事なアツアツっぷりを見せつけてくれやがって。)
と、この暑さのせいか、いつもなら気にもならない他人のひとコマにイライラしていた颯太のズボンのポケット中がスマホの通知でバイブしていた。スマホを取り出し画面を見ると、SNSで知り合った『ねね』さんからのメッセージであった。
「お、ねねさんからか。」メッセージを確認してみると、
「おはようございます。もう会場には着かれてますか?私は先ほど到着しました。」と丁寧に送られてきていた。
「おはようございます。私は少し前に到着して、今はグッズの待機列に並んでいます。」と返信をするとすぐに、
「あのー、グッズ買いたいんですけどグッズの待機列ってどこにありますか?ここに来るの初めてでわからないん教えてもらえませんか?」
ん?係の人もいるし、わからないことはないと思うけど……。と思いながら自分の後ろに並んでいる人たちを見て、まぁこれくらいなら後ろに行っても限定グッズ買えるだろうし列から抜けても大丈夫だろう、と真後ろの人にツレと並ぶんで先へどうぞ、とだけ言い残し、
「今から迎えに行くので、今いる場所と格好を教えてください。」と送り、歩き出した。
「あ、あの人かな?」
袖がレースで透けている紺色のワンピースを着た女性が木陰でスマホの画面を見て立っていた。
ねねから送られてきた場所とねねの格好を確認し、颯太は一度、咳払いをして声をかけた。
「あのー、すいません。ねねさんですか……?」
颯太が紺色ワンピースを着た女性に声をかけると、スマホに向けていた目線を颯太向けた。彼女は颯太の顔を見るとすぐに下を向き、三歩程後ろに下がった。
(ん?違う人に声かけちゃった?間違いないと思ったんだけど……。とりあえず謝っとくか。)
「あー、ごめんなさい。知り合いと間違えちゃったみたいです。」
ぺこりと頭を下げ、颯太はスマホを取り出し辺りを見回しながら歩き出した。
(んー、あの人以外に紺色のワンピース着た人なんかいないよな……。メッセージ送ってみるか。)
もう一度確認のためのメッセージを送るために文字を打っていると、ねねから新しくメッセージが届いた。
「先程は失礼しました。私、男性が苦手で声をかけてもらったのに何も言えなくて……。さっきの場所で待ってます。」
颯太が声をかけた女性はねねで間違いなかったようだ。
(ほら〜、やっぱ合ってたじゃん!)
心の中でツッコんで、さっきの元へとすぐに向かって紺色のワンピースの女性に声をかけた。
「ねねさん……、ですよね?」
再び声をかけられた女性は、下をうつむき一歩二歩と下がり始めた……、しかし女性の後ろには植え込みがありつまづき態勢を崩した。
「危ないっ‼」
颯太は咄嗟に女性の細い腕を掴み、グッと自分の元に引き寄せた。二人は抱き合うような形で密着し、颯太のお腹のあたりにとても豊満な胸がギューと当たっていた。
(柔らかい……。って何考えてるんだ俺。)
颯太は掴んでいた腕を離し、さっと距離を取った。
「き、急に引っ張ったりしてごめんなさい‼そ、その危なかったから…。腕、何ともないですか?」
女性は顔を真っ赤にしながら、ずっと下をうつむいたままで石のように固まっていた。
「あ、あのー、ねねさん?大丈夫ですか?」
女性はその声に、ぴくっと反応しほとんど聞こえないような声で答えた。
「……ぃ……じょぅぶ……です……。」
「あ〜、よかった。何回も聞いちゃって悪いんですけど、ねねさんで合ってるんですよね?」
颯太が確認すると、女性はコクっと小さく頷いた。
「んじゃ、僕も自己紹介しないとですね。颯太です‼二十歳の大学二年です‼」
と元気よく挨拶すると、
「お、鳳(おおとり)……寧々(ねね)です……。私も大学二年生……です。」
「え⁉同い年なんだ‼よろしくね、俺のことは颯太でいいからさ。俺は寧々ちゃんって呼んでもいいかな?」
颯太は今まで色んなファンと交流してきたが、同い年の女の子と出会うのは始めてだったので喜んでいた。
寧々はそんな颯太のテンションに押されながら、
「よ、よろしく……お願いします。はい、大丈夫です……。」
「んじゃ、会えたしグッズの待機列に並びに行こうか‼ちょっと時間かかっちゃったし、人がたくさん増えてないといいけど……。」
そう言うと、颯太は列の最後尾に向かって歩き出した。
しかし、寧々はその場から動こうとしなかった。さっきの出来事で足でも怪我をしたのか?と心配になり、
「あれ、寧々ちゃんどしたの?もしかして、さっきので足痛めちゃった?」
「ううん、大丈夫……。その……。」
「ん?」
「さっきのお礼……言ってなかったから……。」
「お礼?あー、そんなのいいよ‼寧々ちゃんに何もなくてよかったよ。せっかくのライブの日に怪我しちゃったら最悪だもん。」
「で、でも……。」
「ほんとに大丈夫だって。さ、行こ!」
颯太がそう言って振り返って歩こうとした瞬間……。
シャツの裾を引っ張られ、寧々の方をチラッと振り返ると、
「そ、颯太くん……。さっきは助けてくれてありがと……。」
寧々は下に向けていた顔をスッとあげ颯太の顔を見て顔を真っ赤にしてすぐに目をそらした。
「ど、どういたしまして……。」
颯太は突然の出来事に驚いて、固まってしまった。
(ちょ、めちゃくちゃ可愛いじゃねーか‼照れて目をそらすとかどこのラブコメヒロインだよ‼しかも、今ちゃんと寧々ちゃんの顔見たけど超美人じゃん‼一瞬しか見れなかったけど、それでも美人ってわかるくらい美人だったぞ‼)
超美人な女の子にお礼を言われた颯太は、少し頬を赤らませて頭を指でポリポリとかきながら照れていた。
「い、行こうか……。あと、裾……、伸びちゃう……。」
そう言われた寧々はパッと颯太のシャツの裾を離し、ごめんなさいと言い下を向いてしまった。
こうしてドタバタな出会いをした二人はぎこちない歩き方をしながらグッズの待機列に向かっていった。
とあるオタクの恋愛物語(ラブフィクション) マサキング @masaki_0920
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