第1話

 そんな夢のようなことが起きる十二時間程前、颯太は日曜日にも関わらず早朝の五時に目を覚ました。普段、昼まで寝ている颯太にとってはこんな早い時間に起きることがないため、なかなか布団から出られずにいた。

「あー、眠たい…」

 あと十分いや、あと五分とベッドでゴロゴロしているとウトウトして意識が遠のいていく。そんな幸せを打ち砕く爆音が耳元で鳴る。

「ちっ、うっせーな…」

 昨日、寝る前にこうなることを予知していた颯太は五時から三分おきにアラームをセットしていた。そんな昨晩の自分に舌打ちしながらスマホを手に取り、アラームを止めて重たい上半身を起こしベットの縁に座った。そこからの颯太の行動はテキパキとしていてベットでの怠惰が嘘のようだ。服を着替え、顔を洗い、歯を磨きながらリビングに向かい興味もないニュースをぼっーとしながら見ていた。

「あら颯太、おはよう。珍しく今日は早起きなのね。」

 眠そうに目をこすりながらパジャマ姿の母親が起きてきて声をかけてきた。

「母さんおはよう。うん、今日は彩芽ちゃんのライブがあるからさ」

「あー、あの綺麗で歌も上手な子よね?最近テレビでよく見るけどあの子って女優さん?」

「いや、女優もしてるけど本業は声優。声優しながら歌手活動もしたり舞台に出たりって色んなことで活躍してる。」

「へぇ~凄いじゃない。でもそんなに色んなことしてて大変そうね。休みなんてあるのかしら…こういう子たちってプロ意識高くて辛そうなところ見せないじゃない?いつか倒れちゃいそう。母さんには絶対無理ね。」そう言うと台所に向かい、朝ごはんを作り始めた。

 颯太は磨き終わった歯をゆすぎに洗面所に向かった。そして、小さな箱からコンタクトレンズを出し付けた。颯太は、何かのイベントがあるときには必ず新しいコンタクトをつける。そしてもう一つ、普段は面倒臭いからと理由で絶対にしない髪のセットをした。これらは推しに対しての最低限のマナーであると思っているのだ。

「よし!これで完璧!」

 自分の部屋に戻り、今日のライブに持っていくタオル、ペンライトをリュックに部屋をあとにしようとしたときに大事なことを思い出した。今日はツイッターで仲良くしてる『ねね』さんと生写真の交換をすることを約束していたのだった。

「おっと、危ない危ない。前から約束してたし昨日も交換のことでDMしたし、忘れたらさすがに怒られるな」なんて苦笑いしながら生写真を入れリビングに向かった。

 味噌汁のいい匂いがする。自慢ではないが、うちの母親の料理は最高だ。その中でも味噌汁は大好物でどんなメニューでも味噌汁だけは毎日飲みたいと頼んでいる。以前はそんな颯太の味噌汁令に文句を言う双子の姉たちがいたのだが四月からは社会人になって家を出て二人で暮らしている。そんな二人がいなくなってからは毎食、味噌汁でもガミガミ文句を言う人はいなくなり気持ちよく大好物の味噌汁を飲めることにささやかな幸せを感じていた。

「いやー、ライブの日の朝には母さんの味噌汁に限るな〜、これのおかげで今日の物販の地獄の待ち時間を乗り切れるよ。」

「うふふ、ほんとお味噌汁好きね。そう言ってもらえると作りがいがあるわ。あ、今日の晩御飯はご馳走にするわね。久しぶりに大空家、全員集合よ♪」

「父さん、珍しく帰ってくるんだ。一年ぶりくらいじゃない?てか、全員集合ってことは姉さんたちも帰ってくるのか……。」

 父さんは、大空大地とい有名なプロカメラマンで日本だけではなく世界各地へ写真を撮りに行き家にいることがほとんどないので、息子の颯太でさえ数えるほどしか会っていない。だからといって親子の溝があるわけでもないし、俺たち家族を何不自由なく生活できるくらい稼いでいるのでとても尊敬している。

「そうね、またすぐ出て行っちゃうみたいだけと。だから、ライブが終わったらできるだけ早く帰ってきてね。お姉ちゃんたちは少しの間、うちにいることになってるけど。」

「わかったよ、できるだけ早く帰って来れるようにする……って、えっーーっ‼姉さんたちすぐ帰るんじゃないの⁉少しの間いるってどうゆうこと?」

 早朝にも関わらず、颯太の天敵である双子の姉たちが家に帰ってくることを聞き、つい大声を出してしまった。

「ちょっと、こんな朝早くから大声出さないで。近所迷惑でしょ。あの子たちの住んてるマンションのお風呂が壊れちゃったみたいで直るまでの間、うちから会社に行くことになったの」

「ごめん……、ビックリしたからつい…。そっか、それでどれくらいで修理終わるの?」

「んーっとね、昨日聞いた話ではユニットバスごと替えないといけないみたいで一週間くらいかかるそうよ。」

「一週間も…。はぁ……。」

 朝ごはんを食べ終わり食器を片付け、姉たちが帰ってくることを考えてため息をついていると、和室からとことこっと小さい女の子が眠そうに目をこすりながら出てきた。

「ママ、お兄ちゃん、おはよ…。」

 妹の優海(ゆみ)が半分寝ながら颯太の膝の上に登ってきて目を閉じて颯太の体にもたれかかってきた。

「優海ごめんね、兄ちゃんが起こしちゃった?」

 なんて言いながら、優海のほっぺを指でつんつんしたり丸を書いたりしていると、「えへへ、お兄ちゃんくすぐったいよ〜」と笑っている。

「やべ、くそかわいい。優海は兄ちゃんの一番の推しだからな〜♡いつまでもお兄ちゃんの天使でいてくれよ?」

 なんて、シスコンを爆発させながら妹とじゃれ合っていると、

「ねぇ、颯太まだ家を出なくていいの?せっかく早起きしたのにもう六時過ぎてるよ?」

「わぁ、やっべ。始発組はもうグッズ列並び始めてる頃だ。」

 完全に出遅れた颯太は、膝の上にいる優海を隣のイスに座らせて急いで家を出た。

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