探偵助手の奇妙な日常

琳谷 陸

第1話 軒下に落ちていた助手

 告白します。

 つい出来心だったんです。



(どうしてこんな事になっちゃったんだろうなぁ……)

 リアンは赤毛の癖ッ毛がかかる顔に乾いた笑みを浮かべ、初夏の陽当たり良好な室内と、その応接セットに用意された見るからに美味しそうなお菓子と紅茶を薄い水色の瞳で見つめてそう思った。

 どうしてなんて決まっている。

「おやおや。どうかしたかい? リアン君」

「ロー……」

 美味しそうなお菓子を作り、香り高いお茶を淹れてくつろぐ壮年の男性。

 部屋に差し込む光りに透ける柔らかなココア色の波打つ髪を緩く一つにまとめて肩に垂らし、そこらの女性よりもよほど綺麗な白い肌。穏やかな双眸そうぼうほ長い年月を固めた宝石の琥珀みたいな色をしている。

 歳は多分四十あたりだろう。落ち着きと気品にも似た雰囲気を漂わせながら、紅茶のカップに口をつけた。肉つきの薄いリアンの手や身体よりも更に無駄な肉がない細身のその姿と相まって、何だか枯れ木とかみたいだけど大丈夫かと心配になったりもする。それでもやつれて見えないから、どちらかと言うと枯れ木より古木か。

 身に付けているのは簡素な白シャツと茶を基調として落ち着いた色を配すチェックのベスト、そして暗紅色のズボンと飴色の革靴だ。

「ん?」

「…………」

 名前は『ロー』で、ミドルもセカンドもなく、ただそれだけ。

 どうしたのかな? と小首を傾げて見せるローを見つめて、リアンは溜め息をついた。

「ふぅん? 溜め息なんてもったいない。幸せが逃げてしまうよ」

「……それ、そもそも幸せが側にいる人の話ですから」

 ローをのは数日前。正確には拾ったと言うより、転がり込んできたの方が正しいかもしれない。

 リアンの母は随分前に他界し、父も半年に事故で帰らぬ人になった。

 父の仕事と仕事場を引き継いだは良いものの、大学に通う学生の身で、ただなし崩し的に引き継いだだけの半人前にもなっていないヒヨッコに仕事など来るはずもなく。

 かくして仕事場である事務所の維持さえもいよいよ怪しくなっていた。そんな時。

 事務所の戸締まりをしようと外に出た扉の直ぐ横、泣き出した空の涙を避けるように軒下に佇んでいたのが、ローだった。

 その時は何だか薄汚れていて、血が滲んでいたりして、はっきり言って関わりたくないと思ったのだが。

『少しの間。そう、この雨が止むまでで良いから、軒下ここを貸してもらえないかな? 少々、事故にあってしまってね……。行くところが無いんだよ』

(行くところが無いなんて言われたら……)

 折しもその日はそれから三日間続く大雨の初日。しかも夕方だった。

 三日も雨が止まないなんて思いもしなかったけど、とにかくそんな天候の中で軒下にずっと置いておく訳にもいかないだろうと思ったのだ。

 とはいえ。普通ならそんな天候でも見知らぬ何か見るからに訳ありという人物を招き入れたりしない。それでも、事務所に招き入れてタオルを渡したり身体が暖まるようにと紅茶を淹れたりしたのは、全てリアンだったからだろう。

 おまけで言うなら、どうせ仮眠や軽く汗を流せる設備はあるのだからと、雨がおさまるまで滞在を許したのもリアンである。

「それで? どうして溜め息なんてついているのかな」

 ティーカップを置いて、ローが柔和な笑顔で首をかしげた。

「…………えっと」

「うん」

「提案してもらった事について」

 ローを拾い、なんやかんやあって雨が上がっても面倒を見ることになった際、リアンは一つの提案をローから貰っていたのだ。

「あれ、やってみようと思います」

 それはもう探偵とは名ばかりの事務所が、その名前すら無くすのと同じだったのだけれど――




 リアン・スティトゥード・スワロは探偵事務所の一応跡取りである。

 そして同時に癖ッ毛の赤毛に水色の瞳をもつ大学一年生でもあった。

 一年を十二に分けたうち九番目の月、メルタに入学。そして一年生の終わり迫る現在は六番目の月、ウェラルト。学年末が終われば夏休みはすぐ目の前、なのだが。

「……それで、一番最初の依頼人がリアン君。君になる、と」

「……そうなる、かな。アハハ……」

 ローのリアンを見る目がなんとも言えない哀れみを帯びている。

 学年末。試験を乗り越えた先こそ、本物の試練が待っていた。すなわち、

「プロムの相手、一緒に探して下さい」

 プロムとは学年末の後に催されるいわゆるパーティー。一応参加は義務でもある。

 父がなくなるまでは黙ってすっぽかす気満々だったリアンだが、探偵にとって(特に駆け出しにとって)人脈の構成は必須。卒業してから作り始めるとか悠長な事を言っていられない現実がそこに迫っていた。

 しかし、だ。

 すっぽかす気満々だった事からも察せられる通り、一緒に行く相手に心当たりなど……ない。

 一人で行けば悪い意味で目立ってしまう。

 そうなると是が非でも一緒に行く相手を探さなくてはならないのだが…………。

「リアン君。どうして友人に頼まないんだい?」

「…………みんな、相手が既に居るからデス」

 出る気の無かった自分と、出る事を予定して準備していた友人達。まるでどこかの寓話ぐうわのようだ。冬の備えを怠ったつけは確実に回ってくる。

「出てくれとは流石に言う気ないんだけど、探すのは手伝って欲しいかなー……なんて」

「ふう。仕方ないね。わかったよ。私は君の助手だから」

 仕方ないねと笑うローに、リアンは恥ずかしくて頭を抱えるしかない。どうしてこんな事に。

(いや、わかってる。わかってるんだけど……)

 何が悲しくて自分の事務所に自分で依頼しなきゃならないのか。かと言ってこんな事、他の所になんて絶対頼めるわけがない。

 かくして。自分の事務所に自分で依頼し、リアンはプロムのパートナーを探すこととなったのである。

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探偵助手の奇妙な日常 琳谷 陸 @tamaki_riku

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