第38話 これから

 パラルロムでは、ティネが街を守った救世主として表彰された。街中の人がティネに喝采を浴びせ、拍手と感謝を送った。

 ティネはただ頬を赤くして、頭を掻いていた。他人から認められる行為が殆ど無い彼女にとって、どう応えればいいのか分からなかったのかもしれない。


 また、ギルドからは多額の報奨金が支払われた。それだけでなく、魔草薬を研究するための部屋も貸し与えられると提案があったが、ティネはそれを断った。


「勿体無い。機材も薬草も豊富だったんだろう?」


 パラルロムに迎えに来たイグナーツとティネが並んで歩いていた。イグナーツはせっかくの支援を棒に振ったことを、若干もったいないと思っていた。


「薬草は少し貰えるようになったよ? 薬を提供するのと引き換えに、だけど。施設はほら……目標的にさ」

「確かに、禁忌とされる魔術の研究をバレないようにするには、家で行うのが一番だな。勿体無い気もするが、俺も賛成だ」

「だよね」


 夕日に向かって、二人は家に向かって歩き続ける。

 イグナーツはこほんと咳払いをし、


「なぁ、生命創造術についてだが――」

「そうそう! 私、一ついい考えを思いついたんだよね! パラルロムの薬師さんに聞いたんだけど、意思を持って歩く魔草があるんだって! その魔草を組み込めば、結構いいんじゃないかって!」

「それはそうかとしれないが……」

「生息地も聞いたから、今度一緒に行こうか? リリちゃんも一緒に! ね? いいでしょ?」


 イグナーツは口をつぐんだ。 

 あのフセヴォロトが自らの口で言わず、わざわざイグナーツに頼んだか分かった気がした。ティネの夢に満ちた瞳があまりに眩しく、否定することが出来ない。辞めろと言うことなんて出来ない。


 生命創造術の完成を見たいという気持ちがある事実は否めない。しかしそれ以上に、ティネの言葉に含まれる希望がイグナーツを怯ませた。

 自分の限界を知り、夢を諦め、今に満足しているイグナーツには直視できるものではなかった。

 せめて生命創造術を否定できる要素……制約や副作用があれば、そこから危険性を指摘することができる。だが、今はその否定要素がない。


「……あ、ああ」

「さすが、私の下僕だね!」


 ティネはイグナーツの腕に抱きついた。


「なあ、ティネ。俺をこのまま下僕にしていいのか? 俺は今の状態でも、危険な存在であることには変わりがないんだ」


 ふとイグナーツは意地悪な質問をしてみた。人質がある以上ティネには逆らえないというのに。


「私ね、知ってるよ。イグがいい人だって。だから私は、下僕にしようって思ったんだよ」


 イグナーツは思わず首を撚る。今のイグナーツを見ていい人と捉えていると言うのなら理解できる。だが、イグナーツと初めて出会った時にそう思える根拠が分からなかった。


「イグを森の中で見つけたとき……その体の持ち主の人間、生きてたんだもん。で、もうすぐ死ぬからその青年が生きながらえられるならって命をくれたんだよね」

「……」

「私だったら、呪いにかかってない新鮮な魔力欲しさに、その人間を殺してると思うよ。でもあなたはそうしなかった」


 確かに魔力に対する毒に対して、外部から新鮮な魔力を取り込み薄めるという方法は定石である。


「それにあなたのポリシー……城に攻めに来た人以外は殺さないって話。どっちも〝無関係な人は殺してない〟って共通点があるよね?」


 イグナーツは肩をすくめて、ティネの頭に手を置いた。


「演技かもしれないが?」

「私はそうじゃやいと思ってるよ」

「その根拠は?」

「勘、かな」

「科学者としていいのかそれ……」




 ティネは知っている。


 フセヴォロトがティネの研究をよく思っていないことを。

 禁忌の術が完成してしまえば、私利私欲に塗れた人間や魔族両方から狙われる事になる。特に無から有を生み出す魔術は、自然の摂理から大きく外れている。どのような影響が世界に生じるか分からない。


 ティネは知っている。


 フセヴォロトがイグナーツに、生命創造術の研究を辞めるよう説得するように依頼したことを。

 フセヴォロトに会ってから、イグナーツは生命創造術という単語を聞くと表情が固まる。本人は気付いていないが、意図して隠していないことは、すぐ顔に出てしまっている。


「ねえ、イグ」

 もしティネの説得をうまくいかなかったとしても、彼がフセヴォロトに殺されることはない。再びティネを孤独にすることなど、フセヴォロトには出来ないだろう。


「これからも私の研究を助けてね?」


 生命創造術を研究する理由。


 それは単に、魔力が無いことを下卑せずにティネと接してくれる友達が欲しかったから。ただそれだけであった。

 けれどイグナーツは、ティネを下卑せず接した。

 自分たちも同じだと。

 魔草薬師としての才能を見てくれた。


「分かってるよ」


 本当はもう、生命創造術を研究する必要はない。

 イグナーツがいる限り、願いは叶っているのだから。


「そうそう、あと一個あるんだけど……」


 でも言わない。

 シーラが自分の意志で守ってくれたことも言わない。

 言って、この関係を壊したくない。

 だからティネは、今日もにっこりと笑顔を向ける。


「お肉の奢り、忘れないでよね」

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天才魔草薬師を名乗る少女と、下僕になった四天王最弱の魔王 天ヶ瀬翠 @amagase_sui

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