エピローグ
第37話 後処理
「儂に面倒事を押し付けるとは……いい度胸よ」
暖かな日差しの中、ティネの家でイグナーツとフセヴォロトがお茶を飲んでいた。
フセヴォロトはいいように使われたことに、若干の不満を覚えていた。イグナーツはフセヴォロトに、ローザリンデへのトドメと後処理をお願いしていた。家の周りにたくさんあった魔族たちの死体も、軍によって跡が残らないように処理された。
「事前にちゃんと説明しただろ? ピンポイントで、お前のいるところに誘導したんだ。一時間も待たせていないはずだが……完璧だったろう?」
「ああ、恐ろしい程にな。あの魔族の性格を知り尽くさなければ出来ない手だった。〝理の暴力〟……心理すら掌握するお前はやはり、始末するべき魔族だ」
「その呼び名は鳥肌が立つから辞めろ。っていうか、お前ならローザリンデを弱らさなくても倒せたろうけどな」
「だが奴には〝呪い〟がある。一手で仕留めることが最善であることには変わりがない」
結局、ローザリンデはどのような方法でイグナーツに呪いをかけたか分からなかった。例え知ったとしても、解呪の方法を聞き出すことはできなかっただろう。
「それよりも……約束、分かっているだろうな?」
「もちろん。ティネを禁忌の魔術開発から手を引かせろってことだろ? 分かってるよ」
イグナーツにとって、フセヴォロトと敵対することはどうしても避けたい。本体との魔力回路を開いた状態で、五分五分の戦いがでたら幸いというレベルの実力差がある。
そのため、イグナーツは首を縦に振ること以外できなかった。
「師匠! この前のあの術、また使わせてください! 全身から魔術を使う感覚が忘れなれないんですよ……!」
リリアーヌが勢いよくリビングに飛び込み、イグナーツの隣に立った。
「あ、リリちゃんのパパさん! こんにちは!」
フセヴォロトは軽く会釈した。イグナーツははぁとため息を付いた。
「大事な話をしてるんだ。もう少し待ってくれ」
「む……分かりました。早くしてくださいね! もう体が疼いちゃって仕方ないんです」
「誤解を生むような言い方やめろ。分かったから」
不服そうな顔をしながら、リリアーヌは踵を返す。しかし、その場にしばらく立ったままだった。
「どうした?」
「もう、大丈夫なんですか?」
その問いが何を意味するか、イグナーツはすぐに分かった。
同胞を手に掛け、イグナーツは自身でも驚くような感情に襲われた。
悲しみと、虚しさ。
リリアーヌの前で涙が止められないほど、イグナーツの胸中にはいろいろな思いがこみ上げていた。
「魔族のことなら大丈夫だ。ローザリンデは、精鋭部隊を引き連れたと言っていた。ならばその部隊を全滅させた今、俺を襲いに来ることは当分無いだろう。ローザリンデを返り討ちにした俺と対峙しようと思う魔族は、もうあの城にはいない」
「……そっか」
リリアーヌは優しく頷き、部屋へと戻っていった。ある意味、リリアーヌには弱みを握られてしまったことが、イグナーツはそれだけが悔やむところであった。
「天族までも配下にするとは……抜かりないな」
「配下じゃない。あいつも満足に魔術を使えないから、特訓させてるだけだ。もし魔術が使えるようになったら、俺を殺すらしい」
「自らの敵を自らの手で育てるか。やはり魔族の考えてることは理解に難い」
「あいつにも助けて貰ってるところがあるかな」
「天族の目、か」
「察しが良くて助かるよ」
フセヴォロトはふっと僅かに笑いを浮かべる。
「儂もティネが独立できる状態になれば、貴様を葬ることとしようか」
「勘弁してくれ」
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