第36話 魔界崩壊の再現
魔族の元々住んでいた世界。
魔力枯渇により滅びた虚無の世界。
その風景を魔術によって完全再現していた。
「逃げるなら今の内だ。早くしないと取り返しがつかなくなるぞ」
しかし誰も退こうとしない。誰もがその場に踏みとどまり、イグナーツへと敵意を向けている。
「あなたと違って、我が精鋭部隊に弱気な者はいない!」
「そうか……残念だ」
イグナーツが頭を抑えて俯いた。
「ぐっぁあああ!」
誰かが苦しそうな呻き声を上げた。首を掴み、苦しそうに藻掻いている。次から次へと、魔族たちが苦しんできた。
「一体何を……っ!」
ローザリンデも首元を手で抑える。肺を直接掴まれたような感覚がし、次第に呼吸困難になってくる。
この現象を知らぬ筈がない。魔界が滅びる時に発生した魔力枯渇症状である。魔力を欠乏した世界が、魔族から魔力を吸い上げる。
体の大半が魔力である魔族にとっては致命傷である。
「お前は聞いてないのだろう? 何故俺が四天王最弱か。何故俺がそれでも四天王にいれたかを。ならな……アイツらからお前は四天王だと認められていなかったってことだ」
「そんなことはない! 私は確かに認めてもらって――」
「それはジルが面倒で適当に相打ちしたにすぎんだろうさ」
イグナーツはローザリンデの前に立つ。
「四天魔王最弱って名は誰がつけた? 少なくとも、他の四天魔王はそうは言わない。圧倒的魔力で全てを捩じ伏せる〝力の暴力〟ジルヴェスターも、幻で人を狂わせ傀儡にする〝狂の暴力〟エーレントラウトも、あらゆる抗いを無にして一方的に嬲る〝無の暴力〟ウラも、俺を最弱なんて言ってない」
ローザリンデは苦しさを耐えながら、自ら攻撃圏内に入った敵に対して槍を振るう。が、イグナーツは素手で掴んだ。
イグナーツの体中に濃密度の魔力が纏われている。苦し紛れの攻撃では、かすり傷にすらならない。
「くそっ……」
周りでは、魔力が枯渇したために次々と魔族が倒れていく。一番魔力容量の多いローザリンデが最後に残った。
「さあ、ローザリンデ。一対一になったな。どうする? まだやるか?」
彼女は悔しがり、そして、背を向けた。
「貴方の戦術は分かった! 次は万全の状態で殺してやる!」
体が痺れ上がるほどの殺意を放ち、彼女は身を翻して走り去った。
そして暫くして、周りの風景が元に戻る。
「何……今のは……」
「俺の能力は、一度体験した現象をそのまんま再現することなんだ。滅びゆく世界で、魔族は二択に迫られていた。戦うか、逃げるかだ」
つまりローザリンデの選択は正解だった。逃げる選択肢を選べば、いとも簡単にあの世界から脱出できる。
やろうと思えば、世界から抜け出した後にイグナーツを襲いかかることもできる。
「すごい……すごい世界です! 魔族にとっては天敵ですね!」
「その通り。まあ、逃げるのが簡単なのが――」
闇夜に染まる西の森の中で、鳥が何羽か飛び去った。
「師匠――」
振り返ろうとしたリリアーヌの顔を、イグナーツは手で抑えて固定させた。決して振り返らないように。
「アイツはな、現代っ子なんだ。命を賭して敵と戦ったり、命よりもプライドを優先する古い魔族ではない。勝つための確実な手段を選ぶ。魔族の特性を活かし遠距離から人間を蹂躙する。俺は別にそれでもいいと思ってる。命あってこそ次があるわけだからな。だから、弱点はそこじゃない」
リリアーヌは頷いた。
「弱点は心で動いてしまうことだ。俺への憎しみがなければ、街への攻撃が防がれても柔軟に動けただろう。早く殺そうと焦らなければ、この家まで逃げたのが罠だと分かった筈なんだ。俺は何度もそうやって教えてきた」
「……はい」
リリアーヌの頬に当たる手が、少しばかり震えている。
「そして、挙げ句の果てに城までの最短距離で逃げるんだもんな。教えたろうに……俺は罠を仕込むのが好きなんだと。なら、城までの逃走経路くらい変えろよ」
「……えっと、せんせ――」
リリアーヌは空を見る。
綺麗な星が二つ、空を流れた。
「……なんで、泣いてるんですか?」
「なんでだろうな。あんなやつでも……俺の大事な部下だったのかも知れないな」
「はぁはぁ……くっそ……私がこんなところで……」
ローザリンデは息絶え絶えに逃げていた。魔力の大半が奪われ、筋力強化することが出来ず、人間と同等な速度でしか走れない。
イグナーツにあれほど恐ろしい力があるとは思わなかった。魔族なら誰もが忘れたいと思っている、魔界崩壊……その力を使い熟し、あの日の通りに魔族を殺した。
やはりイグナーツは倒すべき敵である。
魔族にとっての驚異は無くさなければならない。
「このことを伝えれば……イグナーツ派だって寝返るはず!」
まだ魔族はいる。
イグナーツの姿、住まいは把握した。恐ろしい魔術も対処法がある。次は必ず殺せる。
「待て、そこの娘」
ローザリンデの行く手を防ぐように、一人の男が立っていた。
「何よあなた。人間? どっちでもいいわ……今の私は腹が立ってるの。どかなければ殺すわよ」
ローザリンデは朱の槍を構え、男の喉仏へと先端を向ける。
「悲しきかな。力量を弁えずに、刃を向けてしまうとは」
「……ほお、アンタが私より強いと?」
ローザリンデは腕に力を込める。
「冗談じゃない。四天魔王ローザリンデ様を甘く――」
銀の光が一筋、闇の中に走る。
「力に惑われし未熟な王よ。あの世で鍛錬に励むといい」
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