第35話 元魔王の秘策
ローザリンデの魔術は、ティネの障壁によって無効化された。
が、何も不思議ではないとイグナーツは思っていた。
半ば侮っていたのもある。もし、何かしらの効果を付加していれば、ティネの障壁では防げなかっただろう。
確かに魔族の高密度な魔力は、間違いなく人間に対して猛毒であり、致命的なダメージを与えられる。だが、対抗策が容易く練れることも紛れもない事実。
「おい、ローザリンデ! 俺はここにいるぞ!」
イグナーツはティネの家の前から、森に向かって叫ぶ。
「師匠? 私は一体何をどうすればいいんですか?」
リリアーヌはイグナーツの前で、正座になって座っていた。
背中が大きくはだけた白い上着に、黒のロングスカートを履いている。天族の由緒正しき戦闘装束である。
「お前はそこに座っていればいい」
「分かりました。……ねぇ師匠。ティネちゃんからの言伝があるんですけど」
「……なんだ?」
「〝大丈夫ですか?〟」
はあとイグナーツは大きくため息をついた。あんなに研究で自分を追い込んでおきながら、それでもイグナーツのことを気にかける。
お人好しすぎて、研究者に向いてないのではないかと思い始めてきた。
「ま、大丈夫だ」
数分とせぬうちに、魔族がティネの家を取り囲み始める。
しかし誰も攻撃する素振りは見せず、ただただ囲っていた。
「えーと、私達めちゃくちゃ取り囲まれてますが……」
「その通りだな」
「何もしなくていいんですか?」
「ああ。あいつらも何もしないからな」
イグナーツの言うとおり、魔族たちは手を出してこない。
そして、イグナーツが待ち望んだ相手が姿を表した。
「お久しぶりね、イグナーツ。よくまあ、私の術を防いでくれたわね」
「久しいな、ローザリンデ。あの城の頂点に立ったはいいが、なんというザマだ。街一つ、簡単に壊せないなんてな」
ローザリンデは怒りに顔を真っ赤にさせていた。
「何よその顔! その澄ました顔は! 全て悟っているとでも言いたげな憎い顔! ほんと嫌いよ!」
ローザリンデは手を向ける。
「リリアーヌ……やれ」
「はい、師匠!」
リリアーヌはイグナーツから譲り受けた短剣の宝珠を叩き割った。
「はぅっ! 私の中に……すっごく濃いのが!」
「だから余計なことは言うな!」
「ふざけるな!」
ローザリンデは手から濃密度の魔力を放射する。
が、リリアーヌが生み出した障壁がいともたやすく防ぐ。
「そんな……どうして! 人間ごときに今の攻撃は……」
「鈍ったんじゃないか? ま、そもそも後衛でふんぞり返ってばかりだったお前が、今のを理解しているわけないか」
ローザリンデは朱色の槍を空から生み出した。
「それじゃあ、近接戦で殺してあげる。その娘共々ね!」
「たしかに……近接戦なら不利だな」
ローザリンデが、進めようとした足を止めた。
「……何をする気?」
「いや、俺は俺を守るために魔術を発動するだけだ」
イグナーツはリリアーヌの背中に手を当てる。
「んっ!」
「我慢しろよ、リリアーヌ。俺の最強魔術を使わせてやる!」
「う、うん……わかった……あんっ!」
人に魔力を弄られるのはこそばゆい。リリアーヌは頬を赤らめて、体を震わせている。
「自分で言うのは恥ずかしいが……〝理の暴力〟イグナーツ=エフェンベルクの真髄を見せてやる」
「やれるものならやってみなさい! 私はもう……後に引けない!」
ローザリンデは全身に魔力の鎧を纏い、突撃してくる。
対してイグナーツは、
「〝荳也阜縺ョ邨ゅo繧翫〟」
それは魔界古来の言葉による詠唱だった。
人の言葉では言い表せない発音で、恐怖を具現する。
「これは……一体……」
周囲の形式が全く別のものへとすり替わった。
空には赤黒い雲が広がり、あちらこちらで火の付いた瓦礫が散乱していた。地はひび割れ、木は枯れ、風は乾いている。
何もかもが死しているかのような風景に、魔族の誰かが呟いた。
「これは……魔界だ!」
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