第34話 天才
パラルロムの西門の上に、ティネは一人で立っていた。
足元にはフラスコが、左右に三十ほど置かれている。
「イグ、私は不安だよ。今までこんなことを……人の命を守ることなんてしたことがない。失敗すれば、誰かが死んじゃうなんて」
ティネは胸元で手を合わせて、空に輝く星に祈りを向ける。
「私は何もできなかった。私は一人だった。それを変えてくれたのは……イグなんだよ」
フラスコがぶくぶくと泡立ち始める。そしてまばゆい光を放ったあと、それぞれに妖精が具現する。
「イグは出来るって言ってくれた。信じてくれた。だから私も私を……信じる」
西の森に紫の魔術陣が展開する。イグナーツから聞いていたとおり、おそらくそれは魔族たちの魔術。それも複数人で作り上げた儀式魔術。一人でさえ強大な魔術が使える魔族だが、複数人で魔術を作り上げたとなると、国家が本気で兵士を動員しなければ防ぎきれないだろう。
しかしそれを、ティネは一人で成し得ようとしている。
「対魔術結界型防御障壁〝停滞の滝〟展開!」
合計六十の妖精が天に舞い、魔術陣を作り上げる。
イグナーツの魔力を用いた強固な結界が、街そのものを守る盾となる。
同時に森から紫の閃光が飛翔し、防御障壁へと直撃する。衝撃波を撒き散らしながら、障壁は攻撃を防ぐ。だがこのままでは数秒と持たない。
「続けて……イグが認めてくれた力……魔力転移術式〝ガラティナ〟起動!」
幾度となく使用した魔力回路を遠距離で繋げる術式。それを応用して、この流れてくる魔力を直接イグナーツの本体へと送った。衝撃や爆風などの不純物を取り除き、純粋な魔力として送り込んだ。
魔力を吸収し、吸収しきれない分は障壁で防ぐ。この二段構えの防御がティネの作戦だった。
「っ……!」
障壁から伝わる魔力ダメージで、ティネの体が悲鳴を上げる。
と、衝撃波によってティネの体のバランスが崩れる。日々の疲れのせいか足に踏ん張りが聞かず、体が後ろへと傾く。
――わたし……しんじゃうの……?
しかしティネの傾きは途中で止まった。背中に硬い板のようなものが当たっていた。
ティネは塀の上へとしゃがみ込み、後ろを見る。そこには障壁でティネの体を支えたシーラの姿があった。
「シーラ……あなた……」
決してティネは命令していない。今の行動は、完全にシーラの意思によるものだった。
「私は……無能……じゃない!」
歯を食いしばりながらティネは立ち上がり、顔を真正面に向ける。
「私は……天才……魔草薬師……なんだ!」
そして全身が本当の限界を迎えた瞬間、ふっと力が抜けた。塀の上で倒れたティネは急いで顔だけを上げた。紫色の光は既になく、街も火の海になっていない。
たった一人で防ぎきった。
「やった……やったよ……イグ」
ティネは涙しながら、再び倒れた。
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