第4話


 私は、優れていた。

 他人ができる事は容易にこなせ、他人ができない事も難なくこなした。教会に拾われた身で両親が居ない私ではあったが、愛されていたと思う。友人は……居たと思うし。教会の教育課程において、私が優秀な事が広まるにつれて、私の名前も広まった。つまり羨望と、尊敬と、そして嫉妬の混じった視線に晒される事と、なる。

 最初のうち高揚感があったことは、認めよう。周囲の評価が、自身の肯定に繋がったという事も認める。しかし、そのうちに気付いたのだ。いや、明確に意識してはいなかったのだから、感付いたと言った方がより正しいのかもしれない。

 周囲が評価しているのは、私ではないと。

 彼らにとって話題となるのは、私自身ではなく、私の名前だ。天才機技師テクニシアという看板だ。外殻に過ぎず、幻想に過ぎない。周囲に評価されればされるほど、私の名前は私から離れ、彼らの求める好き好きな形に変えられ、そして肯定されてゆく。初めは、私は自分の名前を追いかけた。追いつく事は不可能ではなかった。だがやがて、追いかけるほどに、たまらない嫌悪感に襲われてゆくのだ。

 その『名前』は、まるで私が機械に命名した記号だった。でも、私は、機械ではない。

 歴史に、記録に名前が残るという事は、そういうことなのだと、知った。そこに私は居ない。結果と成果、機能や性能が記述された、ラベルのようなものだ。それが周囲による肯定だ。だとしたら。

 周囲の肯定など、もはや私は欲していなかったのだ。

 欲していたのは、自分による自分の肯定。自分の予想に添える自分、自分の期待に添える自分だ。何より私は、自分に必要な自分になりたかった。

 ここで、私の第一条――歴史に名など残さない――という考えに、至ったのだろう。私以外の、知らない他人からの、あるいは世界や歴史からの、評価も肯定も要らない。むしろそうしたがる周囲を嘲笑うように、私は私だけに肯定される、孤高の存在となろう。

 何の事はない。歴史に名を残さないというのは、自分との約束だったのだ。

 あの青年が、歴史に名を残すと、彼自身に約束したかのように。

 だから、自分に自分が応えられなさそうになった時、私は焦燥を感じてしまうのだろう。……私以外からの肯定を拒むのなら、私に見放された時点で、私は終わりだから。

 全く、自分勝手な話だ。自己主張が激しいにも、限度があるだろう。

 お互いに。

 しかしここで納得する事が出来た。これが私なのだ、と。

 ならば精々、自分を裏切らないように精進する事としようではないか――



 *     *     *



「つまり、熊と岩石と寄生生物の融合体――ということね。まさか寄生生物にそんな能力があったとは知らなかったわ。次の村に着いたら、伝手を使って発表しましょう」

 とりあえず人が近寄らないように処理をした村を見つめ、私は言う。勿論この村の事も、公にせねばなるまい。勿論他人の名前を使う事になるけれど。

「はぁー、そんな奴もいるんだなぁ」

「ぶった斬っておきながら、暢気な感想ね」

「ま、そこは俺の伝説が更新されたって事で万事問題ないだろ。この村をやっと出られて嬉しい、って感じかな、どちらかと言うと」

 伸びをしながら、青年は相変わらず爽やかな笑みを浮かべる。爽やかさ純度百%だ。『シァン・ド・シャス-1.01』で計測したわけではないが。

 壊滅したも同然の村を前に、ある意味それは罪ではないだろうか。

「他に感情とか感慨とか、無いのかしらね」

「あんたも無いだろ。食料手に入ってよかったな」

「それもそうね」

 今になって思うのだが、この青年と私は――非常に不愉快極まりない話ではあるのだけれど――割と似た者同士なのかもしれない。性別やらコーヒーの趣味やら違うが、人格の根本的な部分で。無論……。

「……私は馬鹿じゃないけれど」

「え、あんた心も読めるのか!?」

「貴方そんな事考えてたの!?」

 撃ち抜いてやろうか。……、案外こいつも弾いたりして。

 その気配を感じてではないだろうが、青年が村から目を離し、歩き始める。

「さてと、じゃ、世話になったな。俺の名前、忘れるなよ」

「貴方は馬鹿だ」

「それは俺の名前じゃない!」

「違う。名乗ってないのよ、貴方がそもそも」

「――ああ、そっか。忘れてた」

 彼は立ち止まり、剣を担いだまま、振り向いて笑う。

 とにかく一番忘れてはならないような事を、こうも爽やかにころりと忘れるとは。こいつの頭蓋の中に詰まっているものは一体何なのだろうかと考えさせられてしまう。少なくとも私と違って、上質なコーヒーは詰まってないだろうな。オレンジジュースか?

 この考察は言うまでもなく冗談だ。

「あんたの名前も聞いてないよな」

「私は自分からは名乗らない事にしてるの」

「なら、俺から名乗るな」

 今更のように、そして当然のように、自己紹介。

 お互いに、丁度良い距離を挟んで、向かい合った。

「ジャンヴィエ=アンガジェ。剣士。歴史に名を残してやる男だ」

 自分を指し、彼は言う。

 自己紹介文など、その笑顔だけでもはや十分だ。

「フィーディア=モルトサイクロ。機技師。歴史に名を残してやらない女よ」

 私も名乗ってしまった。

 笑顔さえ作れなかった事が、自己紹介として適当だったろう。


 だから、この出会いが何かに記録されていたのなら、

 ジャンにとってはこの上なく幸せな事で、

 そして、私にとってはこの上なく不幸せな事なのだろう。



―――― ―――― ――――



 私は歴史に名など残したくはない。

 残しはしない。



限定的幻想譚 「初期限定暦――仮一幕」・了

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限定的幻想譚 梦現慧琉 @thinkinglimit

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