第3話
先ほどは勢いに流されてしまったが。
冷静に考えてみれば、食料など盗んでしまえば済む話だろう。あの青年は確かに感知能力がずば抜けているのかもしれないが、私の
しかし。だがしかし。
「……そんな恥ずべき行為に手を染める私ではないわ。なんといっても私は機技師……同時に聖職者でもあるのだから」
「何故か食料保存庫でばったり出くわしておきながら言うべき台詞じゃねぇよな」
違う、言い訳ではないんだ。察してくれ。
「口に出して言えよ」
「あ、貴方を探していたのよ」
「成る程、そうだったのか」
腕を組んで、うんうんと頷く青年。どうやら、納得してもらえたようだ。
宿の他の部屋には居なかったから、ここではないかと思っていたのだ。
「空いてる部屋で休ませてもらいつつ、さっきの話を
「はんすうって何だ?」
「一度胃に収めたものを、消化促進するべく再び口内に戻して
「あんた牛だったのか?」
怪訝そうな顔をするな。私のどの辺が牛っぽいんだ。牛っぽいところがあるというのならば、挙げてみるが良い。ただしその時、貴様の人生は終わりを告げるだろうがな。などと大人気ないことは言わない。考えるに止める。
畜生。牛なだけに。
「違うわよ。その事から転じて、一度聞いた話を思い出しなおして、より理解を深めるという意味でも使う言葉なの」
「へぇぇ、やってみてくれよ」
「……『俺は以前この村に来たことがあって、その時はこの宿にお世話になったんだ。宿の息子――俺よりちょっと下くらいの奴かな――と仲良くなったのも、その時。で、今から一ヶ月くらい前に、連絡があったんだ。ああ、俺の村は教えておいたからな。それによると、村に夜な夜な化物が襲来するらしい。どんな化物? んー、目が赤くって、人の二倍くらいの大きさで、怪』」
「凄っ!!」
話を途中で切られた。つくづく失礼な奴だ。
「えっと、で、何の話だったっけ。あ、そうそう、牛の話だ」
「違うわ。あの。頼むから話の腰を折らないでくれないかしら?」
「あい」
深い溜息を吐く。ここまで失礼な奴なのに、むしろいっそ清々しい雰囲気を漂わせているとは、一体どういう了見なのだろう。人間離れもいい加減にして欲しい。
「一つ。貴方、村に私が到着したのに気付いた、と言ったわよね。その直後、私は寄生された村人に襲われているのだけれど、助けようと思わなかったの?」
「ああ、わりぃ。あれはあんたを試してたんだ。もしかしたらあんたも寄生されてたかもしれないだろ? さすがに俺でも、一目で寄生されているかそうでないかを見極めるのは難しいからな。それに、力量もついでに調べられるし。機械音から旅慣れしてる機技師だと思ってはいたから、一撃くらいは凌げるだろうって」
「成る程。一つ目の疑問点はクリアね」
……ふむ。意外とクールな思考も出来るようだ。確かに……ある程度のしたたかさがなければ、ここまで生き残っては来られなかっただろう。
「二つ。その化物、多分この村にはもう来ない」
「え。そうなのか?」
「多分ね。でも少し考えればわかる事よ」
「んんん?」
眉をひそめ、首をかしげる青年。今度は納得がいかないようだ。まぁ、三週間も村に居たわけだから、気付いてないのだとは思っていた。順を追って一から説明してやる事にする。
結論から言って、その化物は寄生生物に寄生された何らかの――熊やゴリラなど力の強い――動物であろうと見て間違いない。寄生生物は何も人間のみに寄生するわけではなく、動物にも寄生するのだ。そもそも、元は動物にしか寄生しなかったものが、最近になって人間にも寄生するようになった、といった方が正しい。そして動物、それも生来の生命力が高い動物が寄生された場合、それはかなり凶悪な脅威となる。
おそらく、この村に寄生生物をばら撒くのが、その化物の目的だったのだろう。手紙には『夜な夜な化物が現れる』と書いてありながら、村人が寄生され始めてからはぱったり襲来がやんでいることからも、それが伺える。ということは、これ以上この村で待っていたところで化物が再来するわけもなく、そしてやはり、間接的とはいえこの村が退廃した原因は、その化物にあったのだ。
「あー……、成る程なぁ」
「どうするの?」
「ん? どうするって?」
「だから、まだ化物を退治したい?」
「それはもう」
「間接的とはいえ、化物に村を蹂躙されたのよ。任務失敗もいいところじゃない」
「任務って呼ぶのもおかしいな。別に金銭的な契約してたわけじゃないし」
「なら何に対して契約してたの?」
待ってました、といわんばかりに青年は格好をつけて言う。
「それは、心だろ」
任務失敗に陥った者にあるまじき格好良さだった。君はもっと恥じて良い。
とはいえ、大体は予想してた返答であるし、確かに化物を野放しにしておくというのも、あまり良い選択肢ではないだろう。これ以上この青年を説得しようと試みるのと、化物を退治してしまうのと、どちらの方が疲労が溜まるかと訊かれたら、返答に窮しそうだ。そう自分へ言い聞かせて、いい加減腹を決めよう。
「そう。なら、出発するわよ」
「おう? 化物の場所がわかるのか?」
先ほどの青年とは対照的に、私は努めて静かに、あくまでも事実を再認識するだけのように、そこへいささかの疲労感と徒労感のみを滲ませて、簡潔に応答した。
「私は天才機技師だもの」
* * *
ここへ至って、とうとうレーダーも改造する事となった。今まで必要性がなかったから手をつけていなかっただけで、この機械にも十分改善の余地がある。青年と話しながら改善点は頭の中で挙げておいたので、実際作業に取り掛かってからは早かった。若干有機的なフォルムになったケースをぱちんと閉じて、私は動作を確認する。
「よし。『シァン・ド・シャス-1.01』の完成よ」
早速席を立ち、宿の外へと出る。遅れて青年が後をついてきた。
「何やってんだか全然わからなかったけど、それで化物の場所を探すのか?」
「そうよ。この村に漂っている成分、地面や家の壁に付着した成分から、普通ではないもの――この村の営みでは、通常出現しないであろう成分を限定して抽出、追跡するの。それを辿れば、化物へ到達するはず」
「成る程な!」
「分ってないのに成る程って言わないで」
「なら、分るわけもない説明をするなよ」
「それもそうね」
こいつとはもう口をきいてやるまい。
後ろから青年が『シァン・ド・シャス』を覗き込んでくるのは放っておいて(どうせどれが何の表示かも分るまい)、成分分析を行う。解析精度と効率を飛躍的に伸ばした上に、見やすいようにグラフ表示、加えてどんな場所にその成分が存在するのかをリストアップするよう設定した。……ふむ、地図のデータも入れておいたのは正解だったな。西の方にある山が一番存在確率が高そうだ。
おもむろに『ドゥシュヴォ-1.73』を取り出して、上に乗る。弐号機である『ドゥシュヴォ-2.27』と違って最高速度はそこまで出ないし、何より起立したまま搭乗する設計なので、長距離移動には向いていない。しかし、弐号機と同様に浮遊機動するので、地形に影響される事がなく、小型の形状且つ素早く小刻みな加減速が可能。つまり、私の運動能力の低さという、接近戦闘に於ける最大の弱点を補う事が出来るのだ。『シァン・ド・シャス』との接続もしておいたので、追跡も容易だし、不意打ちにも対応できる。
我ながら万全である。
「てか、置いてくなよ! 俺にも乗せてくれよ!」
「…………」
青年が必死に後ろを追いかけてくる。後半の台詞は、ただ乗ってみたいだけだろう。誰が乗せるものか。しかしあいつ、足が速いな……ほとんど速度が変わらない。平均速度20km/h弱。それもそろそろ山岳地帯に入るというのに、だ。
「…………」
「後ろを向きながら運転すると危ないぞ! 速度を出すな!」
「…………」
「舌も出すな! このぉ!」
息切れも大してしてないぞ、あの青年。人間なのかが、本当に疑わしい。
ふむ。
……とはいっても、山の中に入ってしまうと、さすがに距離が開いてきた。私もちゃんと前を向いておかないと木に当たりかねないので、後ろへの注意は『シァン・ド・シャス』に任せきりになる。夕方が近づいてきたというのもあるだろうが、陽射しがあまり差し込んで来ない。湿度も高めのようだ。
対象の成分濃度が高域を示し始める。……近くなってきたようだ。
『ドゥシュヴォ』の速度を抑え、周囲を伺いながら徐行する。
「…………」
万全とはいえ、緊張せざるを得ない。視界はあまり良くないし、『シァン・ド・シャス』もまだまだ試作段階だ。寄生された獣は、寄生された人間よりも、さらに機動力が高いのだから。意識的に、錫杖を、強く握る。
近い。 近い。 何処に居る?
「……、……、………………………………、………………、……っ」
――赤。
音も無く『ドゥシュヴォ』を操作し、素早く木の後ろへ下がる。
赤く光る双眸。人の二倍もあろうかという図体。聞いた情報と一致する。『シァン・ド・シャス』の表示も間違いない。――アレだ。
ガサガサ、ガサガサと――移動している。
一歩一歩に、重量感がある。やはり元は、熊――だろうか。
しかし、こちらには気付いていないようだ。距離を縮めて、撃ち抜くか……。朝も世話になった、この武器で。
ずん、ずん、ずん――そうだ、そちらへ向かえ――ずん、ずん――背を向けろ――ずん、ずん、ずん――操作は慎重に慎重を重ねろ、心身を支配しろ――ずん、ずん――この距離からなら――ずん――いやまだだ――ずん、ずん――そう、ここ――ずん――ここだ――――ずん。
私は、『ドゥシュヴォ』をフルスロットルに入れた。
――ひぁあっ!! 加速を全身に感じ――
錫杖のグリップを操作する――
「――っ!!」
ガ ギィィッ ン ……
「!?」
衝撃の全てが私の腕に返って来た。全身が痺れる。
予期していなかった振動に、脳が揺らされる。
な、に、が起きた?
「ヴ・オ。オ。オ。オ。オオオオオオオオオオオオオ!!!」
「きっあっ!!」
退け――っ!
ふっ……。 私が一瞬先まで存在していたトコロを、化物の腕が薙いだ。
次に――ざぐぅ!!
鈍い音と共に、軌道上にあった木の幹が吹っ飛ぶ。
「はっ、はっ、ふっ――ぅ。っ…………」
体中で動悸を感じながら、口を真一文字に無理矢理結んで、呼吸を整える。
「ヴオオオオオオオオオオ!!」
ざぐぅ! ざぐぅ!!
化物の周囲にあった木々が、破片となって散ってゆく。
その光景を視界に入れつつ、私はそいつと距離を取る。
「――か、硬い、のかっ」
呟くようにそう言って、ばばっと、視線を走らせる。
衝撃のあまり飛んでいった錫杖は、木に突き刺さっていた。……生物として信じられない硬さだ。人の頭蓋をプリンのように貫く武器で、貫けない。想定外だ。
「ちっ……」
軽く舌打ちして、『テスタマン』から連射式二挺レールガン『ドルヮト=ゴシュ-1.16』を引き抜く。最初からこれを使っていれば良かったんだ。一度上手く稼動したので、いい気になっていた、相手を侮っていた、私が甘かった。
しゅる――かしゅしゅっ!
取り出したまま、回転させるようにして、『ドルヮト=ゴシュ』をそれぞれの腕に固定する。『ドゥシュヴォ』のペダルを小刻みに踏み、化物の周りをまわるように右へ移動。
構え――
「ヴォオオオオオアアアアアア!!」
向いた側頭部へ引鉄を引く!
――キュ、キュキュキュキュン!
電磁音機動音と共に射出された弾丸は――
しかし。
「なぁっ!?」
弾かれた。
当たっておきながら、弾かれた。
撃たれてより激昂したのか、化物はさらに凶暴な唸り声を上げて、迫ってくる。
「ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「くっ、ぅ、ぅ!」
迫力に圧倒されながら、私は逃げる。
臆面も無く逃げる。
木と木の間を縫うように、距離を取る。
「ふざけるなふざけるな、ふざけるな!」
なんて硬さだ。ありえない。弾かれやがった。めり込むくらいしてもいいだろう。
「糞っ……!」
毒ガスでも作っておくべきだったか。いや、正面からその装甲、吹き飛ばしてやる。焼いてやろう。焼き尽くしてやろう。私を馬鹿にするな。
『テスタマン』へと腕を突っ込み、『プリュ・ブラン・ク・ブラン』を取り出す。破壊力は折り紙つきの、投擲爆弾だ。これを喰らって無事な生命体など居ない。揃って砕けて、軒並み地に伏せ、残さず灰になれ。
私が、安全装置を外そうと――した、その時。
「おおお俺の見せ場を取るなぁああああああ!!」
「!?」
思わず『プリュ・ブラン・ク・ブラン』を取り落としそうになるほどに、予想外の咆哮を聞いた。
あまりに利己的な咆哮だった。
――ざざざざざざっ!!
咆哮の主は、駆け抜け、剣を構えて、化物へと、斬りかり――
「ヴォオオオオオオ!!」
ガインッ!!
弾き飛ばされていた。
「って、いうか、剣!? 今時剣!? なんて原始的な武器を使うの!?」
「
したっと、受身を取る。身軽な奴だ。
「天然記念物よ!」
「こっちの化物の方がまだ珍しいぜ!」
確かに剣らしきものは下げていたが、お飾りだと思っていた。実戦で剣を使う奴なんて、初めて見た。何でそんな非効率的な武器を使う。馬鹿なのか?
……ああ、そうだ。こいつは馬鹿だった。
「馬鹿はどっちだ! こんな所であんたのお手製爆弾なんか使ったら、森が焼けるぜ!」
「あ、そっか……そう、ね」
そうだった。……危うい。何より自分を恥じるばかりだ。
何故私は、そんなに追い詰められていた?
「あんたさ……予想外の事態に弱いんじゃないか?」
「…………」
そうかもしれない。大抵の場合、私は予想を立てて行動し、そしてその通りにならなかった事は、少ない。だから、予想外の事態に弱い……のか?
「ヴォオオオオオオオオオオ!!!」
「やべっ!」
思考を遮るように、化物が迫って来た。
手に握ったままだった『プリュ・ブラン・ク・ブラン』をしまい、体制を立て直すべく、迂回するように後退する。青年はといえば――
「オ、ラァアッ!!」
――ゲインッ!
また弾き飛ばされていた。
「…………」
『ドルヮト=ゴシュ』を構え、効かないと分りつつも、牽制をするために撃つ。
――キュキュキュキュァ、キュキュキュキュァ、キュキュン!!
化物も撃たれるのが気になって、青年への攻撃に集中し切れてないようだ。決して効果が無いわけでは、ない。そう――彼が攻撃を担当してくれるのなら。
発砲の振動を腕で感じながら、私は先ほど言われたことを考える。
――予想外の事態に弱い――だと?
私の第一条――歴史に名を残したくない、という考え――に、触れる気がしてならない。何だ、何だ、何だ、何だ? 私の人生、予想外の事がなかったわけではない。この一日は予想外の事態が特に多いほうではあるが……だからといって、今まで予想外の事がなかったわけでは、決してないのだ。思い出そう、その時はどうなったのかを――。
……いや、確かに、冷静な判断を失っていた場合がある。どういうことだ?
予想。
そう――そうか。
歴史に名を残したくないという思想は、そもそも、歴史に名を残すだろう、という予想があって、成り立つ思想だ。可能性さえなかったら、歴史に名を残したくないだなんて、考えなかった。つまり、私は――歴史に名を残す人物、そこまでの価値が在る存在だと――自分で、自分を、信じ切っていた。
滑稽なほどに。
「ちぃっ! 斬れねぇ! 斬れそうなのに!」
ギンッ、ガイィン!
打撃音と共に、青年の悪態が聞こえてくる。
こんな事を考えている場合ではない。自分について考える事など、暇潰しに過ぎない行為のだろうから。だが、悪い。もう少しだけ待ってくれ。
引鉄を引きながら、焦燥を感じながら、私は、私を、分析する。
この瞬間に掴んでおかなくてはならない気が、するのだ。
私の事。自分の事。……俺の事。
――俺は歴史に名を残すと、俺と約束したんだ。
キュキュキュキュァ、キュキュキュキュン!! カチン!
「――そういうことかっ! てぃっ」
弾丸を消費しきった『ドルヮト=ゴシュ』を、思わず私は投げつけた。
あ、なんか舞い上がってしまった。
「うぉっ!?」
投げたレールガンは化物に当たらず、青年の頭部を掠めた。そこへすかさず化物が腕を振るう。呼吸ピッタリだ。
ざぐぅうっ!
今までで最も危うい体勢で、青年は化物の腕を避けた。おお、あんなに腰って曲がるのか。見事なものだ。後ろへゴロゴロ転がるように距離を取り、彼はこちらへ怒鳴りつける。
「何がそうゆーことだよ!? いきなりハイテンションな行動かますなぁ!」
「ごめんごめん」
「言葉と動作が合ってねぇ! 何で拍手しながら謝ってんだ!」
「で、斬れそうなの?」
『シァン・ド・シャス』で細かい分析をかけながら、私は問う。そうか、岩石……鉄鉱石のようなものとも同時に寄生しているのか。そんな例は聞いた事がないが――新種か? 人間に寄生するようになっただけでは、ない――と――。
「あ?」
「さっき言ってたでしょ。何で斬れないかわかる?」
「ああ――」
ぶぅんっ!
薙がれる腕を跳躍して避け、絶妙な距離で私に告げる。
「多分地面だ」
「地面?」
「地面が柔らかすぎるんだよ。踏ん張りがきかねぇ」
そうか。
成る程。私は『ドゥシュヴォ』に乗っているから気付かなかったが、確かにここの地面は柔らかそうだ。すると、例えこいつが剣や体術に精通していたとしても、力勝負は互いの純粋な腕力と質量に大きく左右される事となり、青年には不利――と、いうことか……? 木でも利用――は、そうか。あらかた化物が薙ぎ払ってしまったのか。
「ヴォオオオオオオオ!!」
化物が一歩踏み出し、腕を振り下ろす。
どごんっ!!
土が舞い上がる――成る程。
「っ! 何とかできるか!?」
「できない事もない事もない事もない事もない事もない事もない事もないわ!」
「もういっぺん言って!?」
「できない事もない事もない事もない事もない事もない事もない事もないわ!」
「あんたすげぇえ! 早口言葉得意なの!?」
「
言いながら、そして移動をしながら、私は頭の中で設計した道具を作る。何、仕組みは簡単だ。私は頭脳だけではなく、技術の方もトップクラスだ。
「おう!」
青年は口に出して頼まれてもいないのに、化物を引き寄せるように攻撃を避け、いなす。錯覚でしかないだろうに、連帯感が生まれたような――気分になってしまう。
癪ではあるが、心地良いではないか。
木に突き刺さった錫杖に手を伸ばし、第二機構を作動させる。
――ばしゅっ!
幹が裂けるようにして、錫杖が手元に返って来た。と、同時に青年が、化物の肩を踏み台にして、跳躍する。それを確認するや否や、私は完成した物体を投擲した。
名付けて――『ノトル・バズ』――“私たちの土台”だ。
空中で回転しながら、鉄粉にも見える輝く粉末を周囲へ散布する。要するに、地面を電磁結合で固めてしまえば良い。そのためのネットワークを土と土の間に築くのが『ノトル・バズ』だ。私自身には降りかからないよう、錫杖で反発力場を展開する。勿論空中の青年にまで粉は届かない。
――平行作業的に、錫杖へプログラミングを施し、地面へと突き刺す――!
ずぶっ。
「ヴォオオオオオオオ!! ! !?」
ビビシシシシシィィィィッ!
地面上を電流が走ったかと思うと、化物の足元ごと地面が硬化する。
効果を確認し、私は声を張り上げた。
「固めたわ! 長持ちはしない!」
「おぉ、了解!」
すた――ん!
着地と同時に、潰れたのではないかと思うくらいまで、深く屈みこむ青年。そのまま全身をバネにするようにして、剣を振り上げる。大きく、雄々しく。盛大に。
「おおおおおおお!! づっ、どろるすりゅぷしゅるく……ぎ、斬り!!」
「ナニ斬り!?」
青年は、雄々しく盛大に噛んだ。
「ヴォオアガアアア!!!?」
――ザバッ!!
伸び上がるように剣を振るい抜き、そのまま後方へ跳躍。
返り血すらも浴びず、青年は猫のように着地する。
ず、ず、ん……。
あの化物が、銃弾すら跳ね返したあの化物が、真っ二つになって地に落ちた。
「…………、斬れるんだ、剣で……」
私はとにかく半信半疑だったが、事実は認めなければならない。
さすがに真ん中から縦に裂かれては、化物はもう動く事叶わないだろう。今となっては、本当に、どちらを化物と呼んでよいのやら、だが。
青年は、剣の血振るいをしてから、こちらへ近づいてきた。
あの、自信有り気で、底抜けに爽やかな笑顔を浮かべながら。
「いやー、助かった助かった。ばっちりだったな」
「最後の台詞以外はね」
彼は照れたように頭を掻く。
「やっぱり必殺技に名前は重要だな。俺もあんたみたいに逐一名前をつけて置けばよかったや。何か言おうとして、結局思いつかなかったぜ」
「馬鹿すぎるわよ」
溜息とともに素直で簡潔な感想を述べて、私は『ドゥシュヴォ-1.73』から降りた。
浮き足立つ事なく、両の足で、しっかりと大地を踏みしめる。
帰りは、歩いて山を降りよう。
私は、何故か彼の笑顔に匹敵するくらいに爽やかな気分で、そう思った。
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