消える……

@aoibunko

第1話

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

アユミは憮然としてスマホを耳から話し、画面を恨めし気に見つめた。彼女がかけたのは同じスーパーでバイトするサオリの番号だ。年配の女性が多い職場で、自分と同い年のサオリを見つけたアユミはすぐ声をかけ、電話番号やLINEを交換した。以来、彼女とは毎日のように仕事の愚痴や好きな芸能人のゴシップ、恋バナまでやりとりをしていたのだ。バイトが休みの日一緒に出掛けようとLINEで誘うつもりだったが、なぜか今日はアプリが立ち上がらない。だがスマホというものはこういうわけのわからないトラブルがおきるのはよくあることだ。あきらめて通話しようとした結果がこれである。

通話終了を知らせる画面が前触れもなくふっと消えてロック画面になった。こういう現象は初めてだが、アユミは特に気にも留めなかった。


バイト先にサオリが出勤していなかった。シフト表からも名前が消えており、職場の同僚たちは誰も気にしていないようだった。

「あの人たち、ほんっと陰湿」

いらだつアユミは、休憩時間にスマホを出して、サオリに連絡しようとした。嫌なことがあって無断欠勤しているなら、聞いてやらなきゃ、どうせあのオバサン連中のことじゃないかという予想をしながら、画面をタップする。

だが、LINEの「友だち」をスクロールしてもサオリの名が見当たらない。それどころか電話帳もさっきの発信記録からもサオリの名は消えていた。連絡先はスマホにしか入れていないのでこれで彼女と連絡をとる方法はなくなった。

「マジか……てか何」

アユミはぼんやり空を見上げるしかなかった。


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」


バイトのシフトが変更になり、アユミは予約してあった歯科医院に予約変更の電話を入れた。流れたメッセージにアユミは思わず舌打ちする。まあいい。この歯科医院は帰り道にあるのだ。電話番号が使われていないはずがない。はたして歯科医院はそこにあった。だがアユミの記憶する医院と少々違う感じがする。建物はもっと白っぽかったし、看板の文字も字体が変わったような気がする。看板をじっと見つめていたアユミは、電話番号が変わっているのに気づいた。患者に知らせず勝手に電話番号を変えるかフツー、とアユミはわざわざ医院の前でスマホを出して看板の電話番号にかけた。

「はい、××××歯科医院でございます。」

「あのさ、水曜5時半に予約してたんだけど」

「はい」

「電話番号変わってたからこっちで調べてかけてんだけど」

「えっ、……あのう電話番号を変更したことはございませんが」

「だからさあ、……ああもういいや。水曜5時半に予約してたんだけど、金曜以降で5時半に空いてる日はある?」

「ええと……お名前は」

「田辺。タナベアユミ!」

「すいません、水曜5時半には田辺さんの予約入ってないんですが」

「はあ?この前来たとき予約したっつーの」

「すいません、本当にお名前がないんです」

「とにかく予約変えたいんだけど」

「わかりました。初診の方ですね」

かみあわないやりとりにイライラしながらなんとか予約をすませ、通話を終了する。歩きながら新しい番号を登録してやろうとしたが、画面にさわる間もなく、ロック画面に戻っている。歯科医院の前の番号も新しい番号も発信記録にはない。アユミのいらだちは募るばかりだった。


翌朝アユミはスマホをあちこちさわりながら、なんとかサオリの連絡先を探そうとしたが徒労に終わった。だが妙なことに気づく。電話帳を開くたびに登録数が減っていくのだ。知り合いからLINEが突然初期化されてトークが全部消えたという話は聞いたことがある。アユミは紙でできたアドレス帳などというものは持たないし、バックアップというものも必要性がわからずやったことはない。このまま連絡先をどんどん失った先に何があるのか、出勤時間が迫ったアユミは考えるのをやめて家を出た。


仕事が終わり店の外に出ると、どしゃぶりの雨だった。

「あー、迎えに来てもらお」

アユミは家にいるはずの母親の携帯にかけた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

舌打ちをして、次はそろそろ帰宅するであろう兄にかけた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

なんとか無理を聞いてくれそうな父親にもかける。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

家族の番号が全て消えた。電話帳を開くと朝見たときよりごっそり減っている。

アユミの頭にある推測が閃いた。その途端全身がぞっとして、歯ががちがち鳴りはじめた。アユミは雨の中家に向かって走りだした。


見慣れたマンション。エレベーターを上がり、自宅であるはずの部屋の前に立つ。

バッグから鍵を取りだし鍵穴に差し込む、が入らない。鍵があわないのだ。

インターホンを鳴らした。聞き覚えのない若い女がどちらさま、と返事した。

「あたしだけど、ただいま。……今帰ってきたんだけど……早く開けてくんない!」

ガチャンと鍵を開ける音がして、アユミと同い年くらいの女がドアのすきまから顔を覗かせた。

「どちらさま?」

「ここウチの家だし!家に帰ってきただけだし!」

「あのう、お名前は」

「アユミ!」

女は気味悪そうにアユミを見ながら答えた。

「私がアユミですが」

この世界に自分の家族も友人も帰る家すらなくなったのだ。そう気づいたアユミは叫び声をあげた。喉がつぶれそうなほど高く長く叫び続けた。


「さっき買い物に出たら、サオリさんて子に会ってね。バイトも休んでるし携帯もつながらないんですけどどうしてますかって。あの子仕事行かないでどこほっつき歩いているのかしら」

「今週歯医者行かなかったみたいだな。あそこオレの知り合いがいるんだけど、予約の時間に来なかったって」

「もうバイト終わったころだし、電話かけたらどうだ」

そうねえ、とアユミの母親は自分のスマホを開いてアユミの番号にかけた。


「ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください」

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