#8 モノクロ絵本


 晴子は、学校の帰り道に立ち寄った古本屋で、不思議な本を見つけた。

 本、といっても、それは正方形に近い形をしていて、一枚一枚のページも厚く、何より、絵本のように絵の多い書物だった。

 それを単に絵本と呼ばずに「不思議な本」と表現したのは、その本が表紙から中身に至るまで、すべてモノクロで描かれていたからだった。別に白黒な絵本もあるとは思うが、表紙を含めた全部がそうというのは珍しい。興味をそそられた晴子は、その本を買ってみることにした。

 家に帰ると、晴子はさっそくその本を開いた。内容は少女を主人公としたあろがちな童話であった。展開がやや平坦すぎるというくらいで、意外なことに中身には特に不思議なところはなかった。

 晴子は少し拍子抜けしてしまった。なんだ、結局はただの絵本か。

 しか、彼女が本を片付けようとした時、不思議なことが起こった。下ろした左手が思いがけず机の上のペン立てに当たり、中に入っていた文房具が机の上にばらまかれる。

 その後のことだった。

「え?」

 ペン立てから飛び出した黄色い消しゴムが、本のページに触れた途端に机から消えた。そして、入れ替わるようにして、絵本の中に消しゴムが姿を現したのだ。

 しかも、その消しゴムはあたかも吸い込まれましたと主張するかのように、白黒のページの中で、一つだけ黄色く輝いているのだった。

 晴子は、その驚くべき現象に目を丸くした。自分の気がおかしくなった気がして、おそるおそる、近くにあった真っ赤なマグカップを手に取った。

 これも、もしかして本に入れられるのかしら、そんな直感が彼女をくすぐる。晴子はゆっくりと、絵本のページにマグカップを近付けた。はたしてカップは、紙に触れた途端に消しゴムと同様に姿を消し、代わりに絵本の内部に真っ赤なカップが登場した。


 こうなると、晴子は面白くてたまらなかった。これは自分で脚色できる絵本なのだ。それも魔法のように、鮮やかな自分だけの世界を作り上げることができる。彼女は好きなものをどんどん絵本へと入れ込んでいった。それは奇しくも、彼女の世界を色付けていた品の数々だった。

 どれくらいやった頃だろうか。晴子はさすがに疲れを感じてきた。これで最後にしようと、これまで大事にしてきたくまのぬいぐるみを手に取った。ぬいぐるみを入れるシーンを決めるためにページをめくっていると、晴子は裏表紙に1という数字が刻まれていることに気がついた。

「あれ、こんな数字あったっけ?」

 しかし、彼女が特にその数字を気に留めることはなかった。ちょうどそのページには女の子が一人映っていった。この子にぬいぐるみを持たせよう、そう決めた晴子はくまをぐいぐいと本に押し付けた。

 その瞬間、本がピカッと光った。晴子は一瞬、1と書かれた数字が0になるのを見た。


 

「晴子、ご飯よー」

 母親が、晴子の部屋にやって来た。しかし、そこには誰もいなかった。

「あの子、カバンとかもそのままでどこに行っちゃったのかしら」

 上着はベッドの上に投げ出され、椅子は人一人分ひかれている。それはまるで、さっきまで誰かがそこに居たかのようだ。母は、机の上に一冊の本が、開かれたままで置かれているのを見つけた。

「あら、素敵な絵本ね」

 その絵の中には、一人の白黒の少女とくまのぬいぐるみ、それから、対照的に色の付いた少女が並んで立っているのだった。

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