#7 軍人の墓
若き下級兵は怯えていた。早朝付けで、とうとう B 国との戦争が始まると上官からのお達しがあったからだ。従軍こそすれ、彼には国のために死ぬ意志など毛頭ない。軍人は、こっそりと逃げ出すことを決意した。
もちろん、単に逃げ出しても逃亡兵として追われる身になるだけだ。そこで彼は一計を案じ、戦死を装って現場から去ることにした。その計略とは、戦没者の名簿に先んじて自分の名を書いておくことだった。
戦没者名簿は軍曹の管理下である。軍曹はいかにも軍人気質のマジメな男で、おそらくこういうズルには手を貸してはくれない。しかし一方で、軍曹は情に厚い漢だ。それに付け込んで彼を出兵前の一杯に誘うのだ。酔わせてしまってから、彼の部屋に忍び込めば容易に作戦は実行できる。
下級兵は実際、その通りに上手くやった。出兵前夜に軍曹を連れ出し、彼を介抱するふりしてこっそり名簿をいじってやった。友人の名前もついでに書いてやる余裕すらあった。戦場のどさくさに紛れて逃亡する計画も、何人かの下級兵との間で協力して実行する算段になっていた。彼は戦地に向かうトラックの中で、内心の笑みを漏らさないようにするのに必死だった。
彼の唯一の誤算だったのは、情報統制によって現地の激戦が伝えられていないことである。激戦は、前線の位置を数時間単位で変化させていた。それは当然、安全地帯も刻一刻と変化しているということを意味する。
やはり、軍曹を騙したバチが当たったのだろうか。ある瞬間、敵軍から打ち出されたランチャーは、彼の乗っていたトラックに見事的中、粉々に打ち砕いてしまった。若き下級兵は、彼の協力者もろとも絶命した。
さて、この短いお話には、幸福な帰結と不幸な帰結がある。
幸福なことは、彼の脱走計画が結果として全く露見しなかったことだ。彼の名誉は守られ、ある意味彼が企図した通りに、彼をはじめとする下級兵は軍人墓地に名誉ある埋葬をされた。
不幸なことは、戦没者名簿にあらかじめ記されていた名前に関してである。計画が秘密のまま幕を閉じてしまったため、彼の細工は、武骨な軍人たちによって、背水の決意、出師の表など立派な軍人精神の表現と解されてしまった。その後の若い軍人たちの間では、彼を倣って事前に名簿に名を残すということがずいぶんと流行したようである。なかには、名を書いたのに生きては帰れまいと、玉砕の働きをしたものもあったとか・・・。
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