#6 発明品と使用人
発明家として知られるB氏の下に、新しい使用人が入った。
使用人は実に金の好きな男で、ケチですぐに小銭を稼ぎたがる悪癖があった。そんな問題児をB氏が雇ったのは、彼があまりにバカで陰謀の企みようがなかったからである。
ある日、その使用人がB家で出たごみをリヤカーで運んでいた。
「何をしているのか」
B氏が尋ねたところ、使用人は答えた。
「小遣いにしようと思い、隣町のくず屋に売りに行くのです」
B氏は使用人の正直さとあまりの効率の悪さに呆れてしまったが、別に一度捨てたものをどうしようと人の勝手である。そう思い直して、放っておくことにした。
それからしばらくして、B氏はある試作品をゴミに出した。それはとある企業に依頼されて製作していた新しい電化製品で、もし世に出れば莫大な利益を生み出すほどの代物だった。B氏は試作が上手くいったことに気分を良くして、さっさとアイディアを企業に送ってしまおうと考えていた。その時のB氏は、使用人の悪癖を完全に忘れてしまっていたのである。
数日後、彼がふと屋敷のごみ捨て場を通りかかると、そこに試作品の姿はなかった。B氏はそこでようやく、急に背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。アレには試作品とはいえ多くのアイディアが詰まっている。もしアレを使用人が売ろうとしてそれに産業スパイが目を付けたとしたら、私の発明はすぺてパアになってしまうではないか。彼の頭には、遅れなせながらそんな懸念がふつふつと沸いてきていた。
その頃、例の使用人は、家から数キロ離れた地点でまさしくその産業スパイと遭遇していた。
「そこの君、そんなに大きな荷物を抱えてどこへ行くんだい?」
産業スパイは使用人の曳くリヤカーをしげしげと眺めて、わざとらしくそう言った。使用人は、怪しい人物の問いかけに戸惑いながらも正直に答えた。
「はあ、これからこのごみを隣町の鉄くず屋に売りにいくところです」
「なんと! そんなに遠くまで行かれるのですか。それでしたら、よければ私に買い取らせてもらえませんか?」
これまた大袈裟に、産業スパイは手振りを付けて驚いて見せた。しかしそこは数々の修羅場を潜ってきたスパイである。その大仰さは、使用人にはかえって親身に見えた。
使用人は迷った。もしここで買い手がつけば、リヤカーを隣町まで苦労して曳いていく必要はなくなる。しかし、問題は値段だ。はたしてその額が、重荷を曳く労の分を差し引いてもなお釣りが来るのかどうか。逆に言えば、使用人にはそのことだけが気にかかるのだった。
「どうせこれから売りに行くところですから、売ること自体はかまいません。しかし、いくらで買ってくれるのですか?」
迷った末に、おそるおそる彼は尋ねた。
「これくらいでいかがでしょうか」
そんな彼に、スパイは懐から取り出した小切手を提示した。そこには、普段鉄くず屋で売る定価の十倍以上の金額が記載されていた。
使用人は大いに驚愕した。背後のごみの山を覆うシートを叩き、スパイに対して疑念の声を上げる。
「え、こんなに! 本当にこの鉄くずをこんな高値で買い取ってくれるのですか!」
スパイは内心でほくそえんだ。
先ほどこの使用人が家を出たあとに、邸宅のごみ置き場からあの試作品がなくなっていたのは確認済みだ。間違いなくあの覆いの下にはB氏のアイディアが詰まった発明品がある。B氏の発明しようとしているものは既に心得ている。むしろこの程度の出費なら安いくらいだ。
「ええもちろん。そんなに不安なら、もうこれは先にあなたに差し上げましょう」
スパイは半ば押し付けるように小切手を使用人に渡した。これはお金を受け取らせることで後で返品を要求させないための彼の策略でもあった。すっかり気が舞い上がっていた使用人は、すんなりとそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます。そうだ、せめてあなたの家まで運びましょうか」
「いや、要らない。君はこの山の包みを解いたらすぐさまここを去ってしまって構わないよ」
「そ、そんな訳には…」
「良い良い、むしろお願いだ。さっさと君には立ち去って行ってほしいのだ」
なおも使用人は大金への礼を尽くそうとしたが、何を隠そう、スパイには時間が限られている。彼は、むしろ早く居なくなってくれた方が私のためなのだと、何度も繰り返してようやく使用人を説き伏せた。
「そ、それでは失礼させていただきます」
使用人は尚も申し訳なさそうにしながらそう言った。そして彼は、こらい上げてくる笑いをなんとか堪えていたスパイを尻目に、リヤカーの覆いをまくりあげた。
「こちらがその鉄くずになります」
そこにあったのは、鉄くず屋に売るためにネジの一本に至るまで分解し尽くした部品の山だった。
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