第4話 最悪の日は最高の日と紙一重なんだよな 午前

「ついに迎えてしまった……」

 俺はまた机に突っ伏していた。

 とうとう異能力審査会の日がやってきてしまったのだ。

 そんな俺の元に紅葉がやってくる。

「そんなに落ち込む必要あるかしら。小学生の時の体力テストなんて、もっと気楽にやってたじゃない」

「それは悪い奴らがもっといたからだ。主人公クラスに異能力が低レベルなのなんて、俺くらいしかいないだろ……」

「確かにそれもそうね、もっと自分の低レベルさを悔やむといいわ」

「お前は励ましたいのか馬鹿にしたいのか、どっちなんだよ」

「どっちもよ。上げて落とす、それが紅葉流」

「悪魔かよ」

「ええ、デーモン紅葉よ」

「若干面白い感じにするなよ」

 ちょっとクスリと来てしまったが、今笑ったら最悪だと嘆くのが馬鹿らしくなってしまうからと、なんとか堪える。

 今日は俺にとって、紛れもなく最悪の日なのだから。

 そんな俺とは真逆の感情なんだろうな、今の紅葉は。

 改めて異能力が強いって羨ましいと思った。

「それにしてもみんな張り切りすぎじゃないか?もうグラウンドに行ってウォーミングアップしてるっぽいし」

「今日の成績がそのまま点数化されるんだもの、張り切るのも無理はないわ。まあ、私はそんな事しなくても満点でしょうね」

「その自信を少しは分けてくれ……」

「自信は己の心から湧くもの、人に与えられるものでは無いと誰かが言っていたわよ?」

「湧くもの……ね」

「一郎の場合、自信があった所で空回りでしょうけどね、ぷぷっ」

「笑うな、悲しくなる」

「じゃあ、私は先に体操服に着替えてきちゃうから、一郎も逃げるんじゃないわよ?」

 紅葉はそう言うと、教室を飛び出して行った。

 廊下は走るなと習わなかったんだろうか。

 紅葉が廊下を走った場合、怪我をするのは100%ぶつかられた側なんだよな。

 紅葉、頑丈だし。

 事故が起きないことを願おう。


「もうそろそろ着替えるか」

 集合時間5分前になってやっと俺は体操服を鞄から取り出した。

 ギリギリで行かないと、ウォーミングアップをしている強者たちに見せつけられることになるからな。

「はぁはぁ……遅刻回避ですぅ……」

 ブルーな気分の俺の元に、ピンク髪の少女が飛び込んできた。

「あ、一郎さん、おはようございます!」

「お、おはよう……って、もう汗だくだね……」

「遅刻しそうになって走ってきましたから!」

 そう言って満面の笑みを見せる彼女の名前は桃山ももやま 桃花ももか

 彼女も俺と同じく主人公クラスだ。

 彼女の異能力は『モモズクシッ』(桃花命名)。

 その名の通り、桃を召喚して辺りを桃づくしにするという異能力だ。

 彼女の実家は農家で、力作業も手伝っていたために、彼女は俺よりも遥かに力が強い。

 その怪力を活かした『モモラッシュ』という、召喚しては桃を投げ、召喚しては投げてを延々と繰り返す技を身につけている。

 技のしょぼさゆえに異能力レベルは3と(俺に言えることではないけど)かなり低いが、そのゆるふわで男人気の高い見た目ゆえに、ギリギリで主人公クラスに合格したらしい。

 確かに桃花はスタイルもいいし、性格もかなりいい。

 そんな彼女にはひとつ、大きな欠点がある。

 それは……。

「はっ!体操服忘れちゃいましたぁ!」

 かなりおっちょこちょいで鈍臭いところだ。

カバンをひっくり返し、体操服がないことを確認した桃花は、本当に慌てた声色で俺の元へ駆け寄る。

「ど、どどどうしましょう、一郎さん!」

 そう言いながら桃花は俺に、子犬のような目を向けてくる。

 助けてくれ、ということだろうか。

「そうだ。なら、俺の体操服を貸してあげるよ」

「で、でもそれだと一郎さんが素っ裸で……」

 桃花は自分で言いながら顔を真っ赤にしている。

 馬鹿というか天然というか、そういう所も男人気が高い理由らしい。

 確かに目の前でこんな顔されたら惚れても仕方ないな。

「俺、体調が悪いから休もうと思ってたんだ。ちょうど良かったな」

 幸い、この学校の体操服のデザインは男女共に同じだ。

おまけに名札もついていない。

 だから俺のを桃花に貸したとしてもバレることは無い。

 そう思いながら、俺が桃花に体操服を渡そうとした瞬間、その体操服は第三者によって奪われた。

「一郎、ダメじゃない。サボろうとしちゃ」

「く、紅葉……」

 体操服を奪ったのは紅葉だった。

 どこから見られていたんだろう。

 聞くのが怖い……。

「まあ、桃山さんに貸してあげるのはいいとしましょうか」

 そう言って紅葉は俺の体操服を桃花に渡した。

「い、いいんですか?」

「いいのいいの、一郎にはこっちを着せるから」

 紅葉が指を鳴らすと、俺の体が謎の光に包まれた。

「な、なんだ?」

 なんだか柔らかな温もりに包まれている感覚だ。

 地味に心地いい。

 そして、光が弾けて自分の姿があらわになった時、俺も桃花も目を見開いた。

「た、体操服を着ている……?」

「ええ、私の異能力で作った体操服よ」

 そうか、その手があったか。

 俺は内心肩を落としていた。

 体操服を貸してズル休みしようという計画は、紅葉にはお見通しだったようだ。

 紅葉の顔を見てみると、やっぱりドヤ顔でこちらを見ていた。

「そ、それなら、私が作られた方を着た方がいいんじゃ……?」

 確かに桃花の言う通りだ。

 どうせ着るなら俺が本物を、桃花が偽物を着る方が筋が通っている。

 だが、紅葉は首を横に降った。

「実は私の能力も完璧じゃないから、私が作った方は少し着心地が悪いの。そんなものを女の子であるあなたに着せるわけにはいかないわ」

 そう言いながら紅葉は桃花の肩をポンポンと叩いて親指を立てる。

「そ、そうですか……?」

 桃花は少し動揺しながらも小さく頷いた。

「俺なら着心地が悪くてもいいと?」

「ええ、一郎だもの」

「やっぱりお前、性格悪いな」

 俺はもうため息をつくしかなかった。

 これで審査会を休む理由はなくなってしまった。

 まあ、どうせ本気出しても無駄だろうし、馬鹿にされるの覚悟で緩く行くか。

 紅葉が訓練してくれたけど、全く効果なかったし。

「あっ!もうこんな時間です!私、急いで着替えてきますね!」

 そう言いながら桃花は教室を飛び出して行った。

 お前も廊下は走るなと習わなかったのか。

 いや、時間も時間だし急ぎたい気持ちもわかるから言わないけど。

そして桃花の足音が聞こえなくなって―――。

「ねぇ、一郎……」

「な、なんだよ」

 紅葉が突然、真剣な目を向けてきた。

「私が一郎に偽の体操服を着せたのにはもう1つ理由があるの。それは……」

「そ、それは……?」

 もしかして、自分の異能力で作ったものを俺に着て欲しかったから、とか言わないよな。

いや、相手は紅葉だ。

そんなことを言うはずがない。

となると、俺の頭にはもう、嫌な予感というものしか浮かんでこないんだが。

 更に詰め寄ってくる紅葉の圧に押されそうなところを踏ん張って、俺は紅葉の目を見た。

「それはね、こうするためよ」

「……へ?」

 そう言って紅葉がまた指を鳴らした。

 すると、俺の着ていた体操服は煙のように消え、俺はいわゆるパンイチ姿になってしまった。

「は?え、なにこれ!?」

「私、自分が作ったものは自由に消すことが出来るのよ」

「な、なんだよそれ……」

 俺は今日、彼女の作った体操服に身を包むことになる。

 それはつまり……。

「だから今日の審査会、手を抜いたら承知しないわよ?ふふふ……」

「は、はい……」

 紅葉の笑顔がとてつもなく恐ろしかった。



「おーい、もうそろそろ集まれ〜!」

 紅葉と一緒に中央グラウンドに出た時には、体育教師の剛田ごうだ先生が生徒達に声をかけていた。

 ちょうど集合時間らしい。

 その一声で散らばっていた主人公クラスの生徒達は、ゾロゾロと集まってきた。

 行儀のいい生徒達だ。

 俺達もその中に加わるとしよう。

「よーし、みんな集まったな」

 剛田先生は全員が集まったのを確認すると、満足そうにウンウンと頷く。

 この先生はいちいち動きが大きい先生なのだ。

「みんな、今日は何の日か知ってるよな」

 先生がそう言うと、1人の生徒が手を挙げた。

 彼は確か城島くんだったはずだ。

 お調子者でクラスのムードメーカーと言ったところだ。

「お?城島きじま、答えてみろ」

細川ほそかわ先生の誕生日でーす」

「お、お前なんでそれを!?」

 細川先生とは保健室の先生で、その美貌と優しさから男子からも女子からも人気の先生だ。

 そして、剛田先生は細川先生のことが好きという噂は既に学校中に広まっている。

 誰発信がは知らないが、今日、剛田先生が細川先生に誕生日プレゼントを渡すという噂も広まっている。

「先生、プレゼントはいつ渡すんですか〜?見に行きたいので教えてくださいよ〜」

「い、言うわけないだろ!変な事言うな!」

「えぇ〜けちぃ〜」

 恋バナ好きの女子生徒達が不満を漏らす。

 生徒達がワイワイガヤガヤと先生をからかう。

 先生はそれに対して笑いながら返している。

 なかなかいい関係なんじゃないだろうか。

「じゃあ、そろそろ班分けをしてくれ。それぞれ4人班でメンバーは自由だ。ほら、さっさと作れ〜」

 剛田先生は生徒達を促すように手をパンパンと叩く。

「みんな、ハーレム班はやめとけよ〜!剛田先生が泣いちゃうからなぁ〜」

「城島、先生は泣かないぞ?この中の誰かがモテモテでも先生は……笑って祝福を……」

 みんな、泣きそうになる先生を見ていられなかったのか、さっさと班分けをし始めた。

 俺もさっさと作ることにした。

「一郎は私と同じ班に入るのよ」

「……なんでお前と一緒なんかに」

「一郎が他の人から笑われないようにするためよ。余計な人間がいれば、あなたを笑うに決まってるもの」

「お、お前……」

 こいつ、意外と俺の事を考えて行動してくれているんだな。

「まあ、その分私が笑うためでもあるけどね」

 前言撤回、やっぱりこいつは性格悪い。

「あ、あの……私も入れてもらっていいですか?」

 そう後ろから声をかけてきたのは桃花だ。

「あら桃山さん、一郎の体操服の着心地はどうかしら?」

「い、言わないでくださいよぉ!」

 桃花は恥ずかしそうに顔を赤くして、紅葉の口を塞ぐべく、紅葉に向かって突進した。

 が、紅葉はそれをひらりと躱す。

 桃花は勢い余って、何も無い場所でつまづいてグラウンドに顔から突っ込んだ。

「いててて……」

「桃山さんって面白いのね、からかう相手第2候補にしてあげてもいいわよ?」

「や、やぁですよぉ〜」

 転んだのが痛かったのか、桃花は少し涙目で振り返りながら言った。

 おそらく第1候補は俺だろう。

 毎日からかわれているし。

「これで3人ね、あとひとりは……」

「私が入ってもいいかな?」

 そう声をかけてきたのは、先日紅葉の尾行を共にしたミルフィだった。

「おお、ミルフィ。俺は別にいいけど……」

 俺は一瞬で俺の背中に隠れた紅葉を無理やり前に出す。

 それでも紅葉は助けを求めるかのように俺の腕にしがみつく。

「紅葉はコウモリが苦手でな……」

 実は、紅葉には弱点がある。

 人間なら弱点の一つや二つあるのは当たり前だが、紅葉の場合、それを滅多に見せないから完璧に見えるんだよな。

 そして、その弱点というのがコウモリというわけだ。

 昔に一度コウモリに襲われたことがあるらしく、それからトラウマになったんだとか。

 だから、紅葉はコウモリを連想させる吸血鬼の混血であるミルフィが苦手なのだ。

「紅葉、ミルフィはコウモリになったり、コウモリを呼んだりしないんだぞ?」

「で、でも……血を吸われるかもしれないじゃない……!」

「ミルフィは無差別に血を吸ったりしないって」

「そうです!アルメリア=ミルフィは善良な吸血鬼です!」

 俺の腕にしがみついているせいで、紅葉の体が小刻みに震えているのがよくわかる。

 いくら紅葉でも、弱点が目の前にあればここまで怯えるもんなんだな。

 その女の子らしい一面に少しニヤけてしまう。

「大丈夫だ、ミルフィが俺達に害を与えるはずがない」

 俺がそう言うと、紅葉は俺とミルフィを探るように交互に見つめた(睨んだと言った方がいいかもしれないが)。

 そしてため息をついてから俺の腕を離し、いつもの堂々とした態度を取り戻した。

「ならアルメリア=ミルフィ、あなたは私に近づかないで。それと、私に何かあったら一郎に責任とってもらうから」

「責任ってなんだよ」

「首をつって逝ってもらうわ」

「責任が重すぎる!?」

 まあ、別に何も無いだろうからいいけど。

 と、ミルフィが俺の肩をツンツンと続いてくる。

「ん?なんだ?」

「いっくん、私ってそんなに嫌われてるのかな……」

 ミルフィの顔はかなり落ち込んでいるように見える。

 誰だって嫌われるのは嫌だろうし、俺だって傷つく。

 俺はミルフィの肩に手を置いて言う。

「大丈夫だ。紅葉が嫌いなのはコウモリだけで、ミルフィのことは嫌ってないはずだ。俺がちゃんと誤解を解いてやるからな」

「……うん、ありがとう」

 この後にでも紅葉には誤解を解くように言っておこう。

 まだ少し暗めの表情のミルフィを見てそう思った。


「よぉし、全員班分け出来たみたいだな。なら、それぞれ割り振られたグラウンドに向かってくれ。審査が終わり次第またここに集合だ。では解散!」

 剛田先生のその言葉でみんなそれぞれ動き始めた。

「それじゃ、私達も6番グラウンドに行きましょうか」

 俺達も割り当てられたグラウンドに向かって歩き出した。


 清陵高校は異能力者専用の学校であるが故に、生徒達が存分に異能力を使える場所を確保する必要があった。

 だから、この学校には通常サイズのグラウンドが36個ある。

 俺達が割り当てられたのがその中の6番目のグラウンドだ。

 雨でも使えるように、全てのグラウンドに屋根が自動で出し入れされる設備を取り入れている。

 今日は快晴であるため屋根は開かれている。

 もちろん、異能力によって周囲に被害が出ないように、グラウンドはそれぞれ異能力吸収加工のされたフェンスに360度囲まれている。

 そのグラウンドの中に、扉を開いて4人の生徒が踏み込んだ。

「ようこそ、異能力審査会へ」

 最後に入ったミルフィが扉を閉めると同時に、どこからともなく眼鏡をかけた女の人が現れた。

 その女の人は丁寧にお辞儀をする。

「私は異能力審査会において、この6番グラウンドの審査を担当させていただく井上いのうえです。ちなみに歳は27、未婚です」

「余計な情報までどうも」

 紅葉が面倒くさそうに言った。

 この堅苦しい話し方と余計な一言を付け足すタイプは、紅葉にとっては清陵高校の校長の次に苦手なタイプなのかもしれない。

 ちなみに清陵高校の校長は、見た目はtheキャリアウーマンという感じの人だ。

 だが、中身は人懐っこくて子供っぽい人で、紅葉なんかはよく抱きしめられたりするから苦手らしい。

 俺は抱きしめられたら、多分ちょっと嬉しいけどな。

 校長先生綺麗だし。

 けど、校長もさすがに男子に抱きつくことは無い。

 軽いハグくらいはするけど。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 今は審査会に集中しないといけないからな。

「では異能力審査会の説明を初めさせていただきますね」

 井上さんはそう言うと、タブレットを操作して画面をスライドさせる。

 すると何も無い空中に画面の内容と同じものがホログラムとして投影された。

 あら見やすい。

「今年も去年と同じように異能力の発動時の負荷や、その威力を測らせてもらいます。なので持てる力の全てを出し切ってください」

「当たり前ね」

「本気出しちゃうよ〜♪」

「が、がんばります!」

 俺以外の3人はやる気に満ちているらしい。

 まあ、俺もできる限りの事はするか。

「ですが、今年からひとつ、新たな審査が追加されました」

 ホログラムに先程とは別のものが映し出される。

「今年から新たに追加されたのは『異能力値限界度審査』です」

 ホログラムに異能力値限界度審査と大きく投影される。

 なんだかバラエティ番組みたいだ。

「これは、こちらに用意した異能力の素となる異能力素を皆さんの体に流し込みます。それがどこまで入れることが出来るかの審査です」

「つまり、異能力素のタンクの容量を調べるってことね」

「その通りです」

 井上さんがウンウンと頷く。

「審査を進めていきながらも説明はするので安心してください。では、異能力の威力や効果から測っていきます。どなたからにしますか?」

 井上さんが俺の方を見た気がして、つい目をそらしてしまう。

 さすがに1番では無理だ。

 かと言って最後も無理なんだよな。

 俺がそんなことを考えている間に、桃花がそっと手を挙げた。

「わ、私からでもいいでしょうか!」

「そうね、桃山さんが1番の方がいいかも」

 そう言った紅葉は俺の方を見る。

「じゃあ、桃山さんが1番、2番はコウモリね、3番が一郎、そして最後が私ってことでいいかしら?」

「なんでお前が1番最後なんだよ」

 別にミルフィが最後でもいいと思ったから、一応聞いてみる。

「主役は最後にやってくるものでしょう?」

「お前、ほんとに自信満々だな」

「当たり前よ、一郎とは格が違うもの」

「ぐっ……否定出来ないところがムカつくな……」

「私は2番でも全然いいよ〜」

「ほら、コウモリもこう言ってるのだから、一郎は大人しく3番手になりなさい」

 常時上から目線の紅葉に渋々頷く。

 まあ、俺が最後ってのも締まらないしな。

 これが一番安定してるのかもしれない。

「わかったよ……でも、コウモリって呼ぶのはやめてやれ。多分、ちょっと傷ついてるぞ」

「わかったわよ、ミルフィって呼んであげるわよ」

「はいはい……よかったな、ミルフィ」

「う、うん!よかった!」

 ミルフィの笑顔が少し引きつっているような気がして、直視出来なかった。

 いっそ、コウモリになって紅葉に噛み付いてやってくれ……。

 痛い目を見れば、少しはコウモリについて考え直してくれるだろう。

 いや、紅葉のことだから近づいてきたコウモリを切り刻んで素揚げにするくらいはやってしまうかもしれない。

 想像するだけで背筋が凍っちゃいそうだ。

「では桃山さん、ミルフィさん、一郎さん、鶫さんの順番で登録しますね」

「なんで俺だけ苗字じゃないんですか」

「面白いからです」

「そうですか」

 まあ、名前でいじられるのは慣れてるからいいけど。

「では皆さん、私の手を握ってください」

「これが宇佐美先輩が国に貸しているという……」

「はい、宇佐美さんと同じ能力を私たち審査官たち全員が、一時的に使用可能になっています」

「すごいな、異能力のコピーってのは」

「はい、これを利用して男性の手を合法的に握ることが出来るのですから」

 そう言いながら井上さんは俺の手を握る。

「……」

「……」

「……」

「……長くないですか?」

「もう少しこのままでいさせてください」

「言われて嬉しい言葉ランキングに載りそうな言葉なのに全然嬉しくない!?」

「それは私がもうすぐ三十路だからですか?」

「いや、なんというか……まあ、そうですね」

「やはり……時の流れは残酷ですね」

「あの、勝手に落ち込んでないでそろそろ手を離して貰えませんか?」

「あ、はい、登録完了です」

 意外にも最後はあっさり離してくれた。

 そして、他の3人の手もぎゅっと握っていく。

 おい紅葉、ちょっと嫌そうな顔するな。

 手汗かいてたかもしれないけど、こっとり手を拭くなよ。

「すみません、手を洗いに行ってもいいですか?」

「おい!おもむろに嫌悪感を出すなよ!」

「だって、一郎の手を握った手よ?」

「そっちかよ!?」

 さすがの俺でも、予知していなかったディスりにはちょっとHPを削られた。


「お待たせしました」

 紅葉がハンカチで手を拭きながら帰ってきた。

 こいつ、本当に洗いに行きやがったよ。

「では桃山さん、準備が出来ましたら自由に異能力を解放してください」

「はい!やっちゃいますよ〜!」

 桃花はやる気満々で前に出る。

 腕をブンブンと振りながら、彼女なりの準備体操をしているんだろうか。

「では行きます!です!」

 桃花が大きく手を振り上げ、その手を地面に叩きつけると、地面がグラグラと揺れ始めた。

 そして。

 ―――――ポコッ。

 巨大な桃が地面から姿を現した。

 ―――ポコポコポコポコッ。

 次々と桃達が顔を出していく。

 ――――ポコポコポコポコポコッ!

 そしていつの間にか、グラウンド全体が桃に囲まれていた。

「そしてです!」

 桃花が両手を天に向けて掲げると、その両手の上に巨大な桃が現れる。

 それを桃花は軽々と投げ飛ばす。

 そして投げては召喚し、投げては召喚しを繰り返す。

 まさにモモラッシュ。

 グラウンドの端まで飛んで行った桃たちは、異能力吸収加工のされたフェンスにぶつかって消滅する。

 去年なら、桃花の審査はここで終わりだった。

 だが、今年は違った。

 桃花の攻撃はまだ終わらない。

「最終奥義!です!」

 桃花が大声でそう叫ぶと、また地面が揺れ始める。

 そして……。

 ――ポコンッ!

 1個の桃が地面から飛び出した。

 その桃にはなんと、手足のような突起があり、桃花の前まで歩いてきた。

 ―――ポコンッポコンッポコンッ!

 手足のついた桃達は、次々に地面から飛び出して桃花の前に並んでいく。

 気がつけばグラウンドは歩く桃たちに埋め尽くされていた。

「どうですか!私の新しい技は!」

 そう言いながら胸を張る桃花。

「すごい……けど、なんかなぁ」

「すごいとは思うけど、何かしらね」

「すごいんだけど、ね」

 桃花以外の3人は、声を揃えて言った。

「「「なんか気持ち悪い」」」

 それを聞いた桃花は、銃でうちぬかれたかのように膝から崩れ落ちた。

 その表情はまさに『ガーン』という感じだった。

「私の桃ちゃん達が……気持ち悪いなんて……」

 桃花の心が折れたせいか、異能力で生み出された桃たちは、全て消滅してしまった。

「桃山さん、ありがとうこざいました」

 井上さんがそう告げると、ボコボコに凹んだグラウンドを、整備ロボット達が整地し始めた。

「桃花、大丈夫か?」

 俺は座り込んだまま動かない桃花を引っ張って立たせる。

「桃ちゃん達は……気持ち悪いですか……?」

「ああ、正直気持ち悪い。けど、お前はすごい成長してる。気持ち悪くない桃たちを生み出すことだって出来るはずだ」

「うぅ……わたじ、がんばりまじゅ……」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにした桃花は、俺の胸に顔を押し付けてきた。

 あまり泣き顔を見られたくないんだろう。

「おいおい、泣くなよ。俺の体操服で涙拭くなって」

 まあ、紅葉の異能力で作られたやつだからいいけどさ。

 結局、桃花が泣き止むまで俺は桃花に捕われることになった。

 その間、何故か紅葉にずっと睨まれていたんだが、あいつに限って羨ましいとかじゃないと思うけど、なんだったんだろうか。

「では、桃山さんが泣き止んだところで、ミルフィさん。よろしくお願いします」

「よろす〜♪」

 ミルフィは軽く挨拶をすると、桃花同様前に出る。

 その場で2、3回深呼吸したミルフィは、右手を自分の胸に、左手を前に突き出すポーズをとる。

 そして、もう一度大きく息を吸って。

「我れに巡りし吸血族の血よ!たぎれ!狂え!!!」

 ミルフィがそう唱えると、彼女の左手の甲に紋章のようなものが浮かび上がる。

 あれが、彼女が異能力を発動している時だけに現れる吸血族の印だ。

 そして彼女はその紋章に牙を立てた。

 一見すると自傷行為。

 だが、これも彼女の異能力発動に必要な条件なのだ。

 彼女は人間の血を吸うことで、異能力発動の条件を満たす。

 だが、彼女は人間の血を吸うことを嫌っている。

 それは美味しくないからとかではなく、痛がっている人を見るのが嫌だから。

 彼女がそう言っているのを聞いたことがある。

 そして、彼女は思いついたのだ。

 人間の血を吸うだけでいいなら、自分自身にも半分、人間の血が流れている。

 ならば自分の血を吸えばいいじゃないか。

 そう、だから彼女は今、自分の手の甲から血を吸ったのだ。

 これで彼女は誰一人傷つけることなく、完全に異能力を発動した。

 普段は八重歯程度の牙は口を閉じていても顔を覗かせるまでに伸び、手の爪も長く鋭く尖る。

 背中には闇色で形がとめどなく変わり続ける一対の羽が生えた。

 そして頭の上には2本の小さな角が。

 その瞳は闇の中でも見通せそうな真っ赤な色に変わる。

 その姿は本当に吸血鬼にしか見えない。

 普段の彼女は人間7割、吸血族3割といったくらいの存在なのだが、異能力を使っている間だけそれが逆転する。

 それに伴って、彼女の性格も吸血族に近いものに変わる。

 普段は元気っ子という感じのミルフィが、まるでスイッチをひねったかのように、性格が切り替わるのだ。

 破壊を望む悪魔のような性格に。

「ミルフィさんは攻撃特化の異能力なので、攻撃対象を用意しますね」

 井上さんがそう言ってタブレットの画面をタッチすると、ホログラムの敵が10体現れた。

「レベルは5レベルにしておきますね」

「ああ、秒殺……いや、瞬殺してやるよ」

 ミルフィはそう言って赤い目を細めた。

 そして、大きく膝を曲げると……。

「蹴散らして殺る!」

 羽を使って一気に高く舞い上がる。

 そして両手を振り上げると、それを下にいるホログラムたちに向かって振り下ろす。

!!!!」

 彼女の鋭い爪が空を切る。

 少し遅れて、その軌道に沿って空間が裂け、そこから無数の紫色の波動がホログラム目掛けて放たれた。

「グァァァァ!」

「ウギャァァァ!」

「グハァッ!」

 ホログラムたちは様々な叫び声を上げて消滅していく。

 無数の波動によって、ホログラム達がいた場所の地面がえぐられたように凹んでいる。

 その中央に一体だけ、抉られなかった地面の上に立っているホログラムがいた。

「あら、すみません。一体だけ設定を間違えて10レベルにしてしまったようです」

 井上さんはわざとらしく驚いたふりをする。

 きっとミルフィにもそれはわかったのだろう。

 ミルフィは地面に着地すると同時に、豪快に笑った。

「くくくっ、上等だ。あんたの試練を受けてやるよ」

 ミルフィはホログラムを見据える。

「こいよ」

 ミルフィが人差し指をクイッとやると、ホログラムはその挑発に乗ったように、ミルフィに向かって走り出す。

 さすが10レベルと言わんばかりに、スピードはかなり早い。

 でも、ミルフィも機動力なら負けていない。

 ホログラムの出現させた剣とミルフィの鋭い爪がぶつかりあうまでの間、それはまさに一瞬だった。

 金属特有の耳を塞いでしまうような音が辺りに響く。

 その瞬後、またぶつかり合い、弾き合う。

 まさに一瞬が命取りになる戦場。

 俺の目にはもう、両者の武器の動きは捉えられていない。

 そして、1層鋭い金属音が耳を貫いた瞬間。

 ミルフィが大きく後ろに飛んだ。

 ホログラムの剣によって弾き飛ばされたようだ。

 だが、ミルフィは体を一回転させて足で着地する。

 その表情は、獲物を見つけた獣のようだった。

「レイジが溜まったぜ」

 ミルフィがそう言って笑い、紋章のある左手の平をホログラムに向けた。

 その直後、その左手から放たれた紫色のビームによってホログラムは跡形もなく消滅した。

「……ほっ!やったよ!私、10レベルの敵を倒した!」

 ちょうど異能力の効果時間が終了し、ミルフィがいつもの姿に戻った。

 ミルフィは喜びながら俺の胸に飛び込んでくる。

 そして、やってしまったというふうに顔を赤くして俺から少し離れる。

 俺としては抱きついていたままでも良かったんだけどな。

 でも、つい抱きついてしまうくらい嬉しかったんだな。

 そう思うと、何だかミルフィを褒めてやりたくなって、自然と彼女の頭を撫でていた。

「よくやったな、去年よりだいぶ強くなってるじゃないか」

「でしょ〜!レイジ技は結構練習したんだよ〜!」

「さすがミルフィだな」

 得意気に胸を張って喜んでいるミルフィを見ていると、俺まで嬉しくなってしまう。

 これが子供の成長を喜ぶ親の気持ちってやつだろうか。

 いや、俺はミルフィの親じゃないけどさ。

 それに近い気分は体験出来た気がする。

 それにしても、紅葉がすごい睨んでくる。

 俺がミルフィに抱きつかれてたのがそんなに不満なんだろうか。

 あとで紅葉のことも抱きしめてやろうか。

 いや、普通に殺されそうだから辞めておこう。

 きっとそういうのじゃないだろうから。

「一郎、あとで校舎裏にロープを持ってきなさい。私の目の前で首をつってもらうから」

「死ぬってわかってるんだから行かねぇよ!ていうか、お前が手を下すわけじゃないんだな!」

「一郎のために手を汚すなんて嫌に決まってるじゃない」

「俺だってお前の前で死ぬとか御免だわ!」

 俺がそう言うと、紅葉は馬鹿にしたような目で俺を見て、鼻で笑った後、そっぽを向いた。

 改めて、紅葉の視線は俺に対する純粋な嫌悪感なんだろうと察した俺であった。

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