第3話 蝋燭の消えた夜に

「ご覧になりましたか」

「ええ、白い洋装の……このくらいの背丈のお嬢さんでしょう?」

 店員は自分の肩辺りを示した。

 店員の身長は炎と同じくらいであり、炎から見た晴子は確かにそのくらいの身長である。

「何日前だったでしょうか……人の居ない時間にこの店に来られて食事をとっていかれました」

「ふうむ」

 炎とスイは警戒する。

 晴子に関する質問をしたときの、沼畦という村人の反応は妙であった。

 それに対してこの店員は淡々と晴子らしき人物について語る。

 その差が何か、警戒に値する。

 炎灯理はまだ血飛沫丸から手を離さない。

 スイは交渉役を引き受ける。

「その時に晴子さん……だととりあえず仮定します。晴子さんはどのようなお話しをされていましたか?」

「この叫喚の谷のあらましについてと死者が甦るとかどうとか……」

「……晴子さんは甦る死者の調査にここへ来たのですが、あなたはどう思われました?」

 スイは沼畦の反応を窺いながら店員に尋ねる。

 沼畦はうなだれていた。

「そんなことがあるわけはないが……気になるなら墓地にでも出向いてはいかがですか? と申し上げました」

「墓地」

「ええ、村はずれにあります。死者が甦るというのなら……墓地からかなと思ったので」

「ここら辺の埋葬形式は?」

 炎が口を挟む。

「土葬が主ですが?」

「土葬……土……」

 登諸晴子が操れるモノ。

「とりあえず私たちも墓地とやらにいってみます」

「でしたら地図をお書きしましょう」

 店員は気さくに続けた。 

「ああ、お二人さん。もしも滞在が長くなるようでしたらどうぞうちの店においでください。簡単ではありますが宿泊設備も揃っていますので」

「ありがとうございます」

 スイは頭を下げ、炎灯理は厳しい表情を崩さなかった。

 沼畦は他の労働者に抱えられるようにして炎たちより先に店を後にした。

 午後の労働が待っているのだろう。

 労働者たちは一様に炎たちに困惑した視線を投げかけながら、去って行った。

「……村人懐柔作戦失敗?」

「……端からそれは俺の得意分野じゃねえ」

「だろうね」

 お山から下りてそう時間の経っていないスイにももちろん得意分野とは言いがたい。

「できました」

 スイと炎が話し合っている間に店員が地図を書き上げた。

「ありがとうございます」

 再びスイは頭を下げて地図を受け取った。

 

 墓場は村の入り口とは正反対の方角にあった。

 石の並ぶごく一般的な墓場だ。

『蛇』クチナワにある共同墓地とそう変わりない。

「そういえば『蛇』クチナワの人って神は信じないけどお墓は作るんだよね」

「死者はすべて海に帰る。人が海から母をもらったように。墓はあくまで亡骸の収容所だ。放置しておくのもしのびないからな」

「ふうん……で、どう? 炎」

「……どうと言われても知覚系には強くないんだよ、俺は……分かりやすく叩き斬れる相手の方が望ましい」

「風の探知にも特に違和感のあるものはかからない……うーん」

 腕を組んで唸るスイをよそに炎はクチナワに問いかけた。

「クチナワ、そもそもここに、晴子は来たのか?」

『「蛇の道はヘビ」は常時発動じゃないからねえ……分からないが答えだ。道が途切れたときには感知が働くからあの小屋で何かがあったことは分かったけどね』

「そうか」

 スイは墓場を見渡しながら思考をそのまま口に出す。

「……晴子さんがここに来たとして……やっていそうなことは?」

「土の調査、だな。死者が墓掘って甦ったというならその痕跡を探したはずだ……」

 炎はそう言いながら墓の一つに近付く。

 墓近くの地面に掘り返されたような跡はなく、土の中から盛り上がったような跡もない。

「……死者が甦ったのはお墓からではなさそう、ですね?」

「そうだな……」

 墓場に異常は見られない。

「あとはあの店員と沼畦、どちらを信用するか、か」

「晴子さんが昼時を外したならお二人の話に矛盾はないと思ったけど……?」

「態度が違いすぎるのが気になる」

「うーん。甦る死者……沼畦さんと店員さんの年齢差によるものとか?」

「沼畦が50代くらい、店員は二十歳前後、か」

「30年前! この村を脅かす何かがあった! 店員さんは知らない!」

「……うーん。その場合、知らないというより報せていないになるな」

「リュウくんとこのお医者さんみたいに?」

「……あれの理由は罪悪感、か」

 アマゴイリュウが降臨した村にいた医者はかつての己れらの不始末を沈黙した。

 そこに怒りや苛立ちはあっても恐れはなかった。

 あそこに見られたのは漠然とした不安だ。

 同じと言うには少し遠い。

「とりあえず墓一個ずつ見ていくか……」

 結局墓場でめぼしいものは見つからなかった。


「で、村中も探してみたが晴子も手がかりも見つからず……明日からは一軒一軒回るしかねえ、か……この村での評判がどうなっているか考えるだけでもうんざりするがな」

「……炎はあんまり焦ってないね? 晴子さん見つけること」

「死んでるようなことに巻き込まれてたならもう死んでるだろうからな。俺たちはあくまで晴子の仕事の引き継ぎに来た。甦る死者の調査。晴子の探索は……二の次だ」

「そっか……」

 スイは少し俯いた。

 晴子の心配をしているのだろう。

 炎はしない。

 それは信頼ではなく。諦観だ。覚悟ですらない。


 日が暮れた。炎とスイは飯屋に戻った。

 店員はすでに夕食を用意してくれていた。

 ありがたくいただいた。

「お食事お口に合いましたか?」

「ああ、まあ」

「美味しかったです!」

 炎は淡々と、スイは元気よく答えた。

「探し人は見つかりましたか……?」

「いいえ……」

 しょんぼりと俯くスイに店員は心配そうな顔をした。

「そうですか……私の方からも皆さんに聞いてみましょうかね」

「ありがとうございます」

 スイが頭を下げ、炎は会話を引き継いだ。

「……沼畦、とか言う奴はどうしてああも怯えた?」

「……さあ、若輩者で余所者の私にはあずかり知らないことですね。そのええっと晴子さん? という方についても私は特に怯えるような感覚を受けませんでしたし」

「店員さんも私たちと同じ余所者さんでしたか」

「ええ、数年前にこの村に転がり込みました……それまではまあ、いろいろあったのです」

「ふむふむ……うーん」

 スイは炎との店員と沼畦についての会話を思い出す。

 沼畦と店員の態度の違いについて。

 店員が余所者であることは、過去に何かあったのではないかという予想を補強する。

「……寝床の準備は整っております。同室でよろしいでしょうか」

「えっ」

「ああ、頼む」

 スイは少し照れたが、炎は淡々と返事をした。

 

「何はともあれ寝床の確保は万々歳! あの小屋に眠らずに済んだ!」

「俺はきちんとした宿はあんまり落ち着かねえな……」

「じゃあ炎はひとりで小屋で寝てください」

「別れるのは得策じゃない」

「だろうね……」

 だからこその同室である。

 スイが照れるようなことは何もない。

 そもそも初対面からして野宿を共にした仲だ。

 照れるようなことは、何もない。


 深夜。

 スイの寝息が聞こえる中、炎灯理は目を覚ました。

 何に目を覚ましたのか、思考とともに耳を澄ませ、目を動かす。

 理由はすぐに分かった。光が見えたからだった。

 窓の外に光が見えたのだった。

「……甦る死者、なら夜か?」

「うんにゃ?」

 スイが炎の声に反応して目覚めた。

「どうしたの炎? お手洗い一人で行けない?」

「晴子じゃあるまいし……外を見ろ」

「……光、だねえ」

「このゆらぎ具合……焔……松明だな」

「……多いね」

「ああ」

 松明は何本も見える。

 炎灯理は布団に携えていた血飛沫丸を帯く。

「……お祭り、何かの宗教儀式?」

「ならいいが……こちらに集まっている?」

 松明は数を増やす。

 この村の住人はどれほどいるのだろう。

 松明の位置から判断して大人ばかりだ。

 松明は飯屋の周辺に集まっていた。

「……嫌な予感しかしないな」

「……店員さんを探します」

 スイは風のお護りを発動させた。

 風は二手に分かれる。

 店の中と店の外。

 風は感触を伝えてくれる。

 店の中の風は人影を探す。

 店の外の風は松明の動きを浚う。

「……店員さんが見つかりません。そして松明が……店に確実に近付いてきています……これはもはや照らすための動きじゃない……店に近付けて……炎、これは……!」

「放火かよ!」


 スイの言葉を聞いて炎は即座に窓を蹴破った。

 店の外にいた人影がざわめくのを無視してスイの腕を引っ張る。

 スイはなされるがままに炎とともに店の外に出る。

 火はすでにつけられていた。

 油でも撒いたのか、入り口の燃え方が激しい。

 松明が次々に店にくべられていく。

「風!」

 スイは風の勢いを強める。

 風が人々の持つ松明の火を吹き消していく。 

「沈火・淡精!」

 炎灯理の呼び声に応えたお護りは店につけられた焔を消していく。

「……店員さん」

 スイが心配するように小さく呟いた。

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炎灯理とアマゴイリュウ 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki

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