第2話 諸人、集いて
「……で、
「大変だねえ」
「……そもそもあいつに幽霊系振るのがおかしいだろ」
「そうなんだ?」
「怖がりの極地みたいな奴なんだよ」
「ほほう」
この輝の国でも有数の巨大都市・嬌声の町から、さびれた村落・叫喚の谷を徒歩で進む。
「昔はひとりで夜に便所にも行けない奴だった」
「……一緒に行って差し上げたりしてらした?」
「うん」
「ふーん」
スイは口を尖らせた。
「炎と晴子さんは仲が良いねえ」
「腐れ縁だ」
「ふーん」
「なんだよ」
「なんでもないよ」
そう言いながらもスイは腕を組んで難しい顔をしていた。
「……そもそも幽霊って居るんですかね?」
「こないだ見た」
他ならぬスイの母親の幽霊を見た。
「まあそうだけど……あれは母の仕込みだったのでしょう?」
「まあお護りとして理解できる範疇……発生系投影……うーんまあいいやなんでも」
その分類は学者の領分だ。炎の得意分野ではない。
「どっちかっていうと墓場でなら死体の操作系お護り……かなあ。幽霊ともまた違う」
「ぞっとしないなあ……そういうことも出来ちゃうのか、お護り」
「うん。というか晴子がそもそも操作系だからな。しかも土属性」
「しかもというと?」
「
「え、晴子さん人間を操れるの?」
「条件厳しいけどな。あとあくまで体だけ」
「思考はそのまま……より残酷な気がする」
「ただ種が割れるとマジで意味ないからなあいつのお護り」
「ほうほう?」
「そこを突かれたか……?」
炎は首をひねった。
そうこう会話を交わしているうちに叫喚の谷の入り口に到着した。
「とりあえず、クチナワが最後に晴子を感知した場所まで行こう。案内頼むぞ」
『了解~。尻拭い悪いねえ~』
クチナワの声がスイの羽織の後ろからした。
スイの小さく肩が跳ねた。スイはまだこれに慣れていなかった。
『その目の前の蛇について行ってね』
いつの間にやら目の前にはくすんだ緑色の蛇がスルスルと地を這っていた。
こちらには見向きもしない蛇を炎とスイは追う。
そこは村の入り口から外側に離れたあばら家だった。
ほとんど森の中にあった。
人が住む気配はない。
「長引くようならここ拠点にしてもよさそうだな」
「最初に会ったときから思ってたけど炎ってかなり野宿慣れしてるね……」
「屋根があるだけマシだ」
「はい……」
スイはまだ慣れない。
「お邪魔しまーす」
戸が軋まない。
ほこり臭くない。
一階建てのあばら家には人が出入りした空気があった。
そしてその中央に白い布が落ちていた。
「……晴子さんの外套と頭巾だ」
「それとてるてる坊主が……全部か? 分からねえな」
晴子のつけているてるてる坊主の総数など炎は把握していない。
炎はてるてる坊主を一個ずつ拾い上げ。スイは布を拾い上げた。
蛇の紋様が刻まれている布の首元が、ズタズタに切り裂かれていた。
「これがクチナワさんが感知できなくなった理由……うーん。晴子さんが自分でこれをする可能性は?」
「ない。百歩譲って
「そんなに大事なものなの、このてるてる坊主」
「ああ……これは登諸晴子のお護りだよ」
炎灯理はそう言った。
あばら家の周辺を探索したが、そのほかに手がかりらしいものは見つからなかった。
あばら家を出て改めてたどり着いた叫喚の谷は辛気くさい村だった。
先だって炎たちが解決した干害の村ほどの被害こそないものの、村の活気のなさは似たようなものがあった。
朝のうちに移動し、昼になって到着したというのに霧は深く立ちこめ、太陽のたの字もない。
「この村が叫喚の谷というのもこの気候のせいなんだよ」
村人が昼時に集っている店に炎たちは転がり込んだ。
座敷に上がって近所の労働者を捕まえて話を聞いていた。
「ほうほう」
「この水蒸気が流れ込みやすくて霧がかかりやすい気候は谷のせいだが、叫喚っていうのはこの霧で見通しが利かなくなった人間が大声で叫んでお互いの位置を知ろうとしたから叫喚の谷って言うんだそうだ」
「なんだか怖いお話しですねえ」
「まあねえ。俺らはもう慣れちゃったけどねえ」
「おじさまは昔からこの村にいるんですか?」
「そりゃそうだよ、こんな村、故郷でもなきゃ住んでいないよ。何もないんだから。最近じゃ出て行くばかりで新しい人間なんて来やしない。お嬢ちゃんたちは何しに来たんだい。こんな寂れた村に」
「人捜しです」
「人捜し?」
「白い外套を纏ったてるてる坊主みたいなかっこうをした少女を探している」
雑談をスイに任せていた炎が本題に入ったと見るや口を挟んだ。
「心当たりはないか」
その瞬間、村人の顔が真っ青になった。
「……知らない」
「……」
「……」
嘘だ、と炎とスイは思った。
「そうか……まあいい」
炎はゆっくりと立ち上がった。
「体に聞こう」
炎は腰の刀に手を添えた。
「……知らないものは知らない……お嬢ちゃんたちも知らないことにしろ。口を閉ざせ。早く帰れ」
炎が黙って鯉口を切る。
村人は身をこわばらせたが、口を開く様子はない。
殺せない炎の行為はもちろんただの脅しだ。それを察しながらもスイは炎と村人の間に入る。
「……死者が甦る、我々はそう聞いてここに参りました。それは本当でしょうか?」
「……死者……なんて……甦るわけないだろう……!」
苦しそうな声で男は言った。
「それはまあ、そうでしょうけれど……」
スイは男の反応に困惑する。炎を窺うと刀に手を添えたまま男をにらみつけていた。
「言っても分からん奴は切る」
「知らないものは知らない!」
とうとう男は叫んで立ち上がった。
店の客たちの注目はすっかり炎たちに集まっていた。
どうしたものかとスイは悩む。
炎は男を切らないだろう。脅しは形だけだ。
しかしこのどう見ても何かを知っている男を放置するわけにもいかない。
膠着状態だ。
どう打開するか。スイが動くべきか炎に任せるべきか。
「皆さんどうかされましたか」
事態を聞きつけて店員がようやく駆け寄ってきた。
「落ち着いてください
「抜かれたくなければお前にも聞こう。白いてるてる坊主のようなかっこうをした小娘を見なかったか?」
「見ましたよ?」
店員はあっさりそう言った。
スイと炎は目と目を合わせた。
沼畦は深くため息をつき座敷にしゃがみ込んだ。
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