第3章 ゴーストハンドドクロ

第1話 遠出の延長、管を巻き

 朝靄かかる明け方のこと、この国でも有数の巨大都市・嬌声の町から、さびれた村落・叫喚の谷へと続く街道を、巨大なてるてる坊主が歩いていた。

 するすると外套を引きずりながら、そのてるてる坊主は、乾いた大地に足跡をつけていく。

 よく見ると、てるてる坊主には足があった。

 それだけでなく、腕もあったし、鼻もあったし、髪の毛もあった。

 白い外套と頭巾でそれっぽく見せた、全身てるてる坊主ずくめの異様な風体というより、もはや風袋をしたそれは一人の少女であった。


 それは見れば見るほど異様なかっこうだった。


 遠目に見れば、巨大なてるてる坊主にしか見えない。それは近づいて見れば人が布を被ってそれに扮していることが分かる。

 そして、その頭巾の首元から伸びる紐の先には、玉房状の飾りの代わりにてるてる坊主がぶら下がっていた。外套の裾には飾りをあしらうかのように、てるてる坊主が並んでいた。

 さらに、少女の頭巾から覗く二房の髪の毛にも、それを束ねるようにてるてる坊主がぶら下がっていた。

 そんな彼女が被る外套から手が伸ばされ、勢いよく頭巾が脱がされた。表れた顔は、まだあどけなく、可愛らしい顔をしていた。少女は口元を歪ませながら空を仰いだ。


「ふふふ、甦る死者……次々に襲い来る死者の手……死者があいつで私が退治屋……ふふふ。いやいや、あははのは、ないない、死者が甦るとかないないってば、あはは、面白い冗談だよねー?」

 それは彼女の強がりだった。

「お化けなんて嘘嘘、鬼が出るか蛇が出るかなんて言っても、鬼と蛇を同列に扱えるわけないじゃん! みたいな! それは、もうさ、蛇とてるてる坊主をどっちも『手も足も出ない』からって同一視するぐらい無理くりな並列なわけ!」

 我ながらいいことを言った!彼女はそう思った。

「つまり、そう! お化けなんている訳ないもん……嘘だもん……こ、怖くない、怖くない!! 怖くないぞー! そうだ私は怖がってなんかいないんだぞー!!」

 そう威勢よく叫び、彼女が景気づけに、右こぶしを高々と上げた瞬間、彼女の外套の裾から、何かが転げ落ちた。

「んー? って、こ、これは!?」

 彼女の外套をまるでフリルのように飾り立てていた、てるてる坊主の内一体の首が、もげて道端に転がっていた。

「うわー!? ガブリエルー!?」

 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。慌てて『ガブリエル』に駆け寄った彼女の後方に、再び、他のてるてる坊主の首が落ちた。

「うわうわ!? ミカエラ!? アレクセイ!? レオナルド!? クローケン=ブロッケン!? ソドム=ゴムラ!? アークトゥルス!?」

 てるてる坊主の首が次々と落ちていくという不測の事態に、彼女は頭を抱え、それぞれの名を呼びながら、哀れにも地に散らばる首たちを拾い集め始めた。

「どういうことだ!? まさかさっそく呪いか!? 幽霊なのか!? いやだよ……」

 全ての首を拾い集めて、彼女はそのまま道の真ん中にしゃがみ込んでしまった。

「本物の幽霊なんて、無理……退治すんの無理……対峙すんのも無理……」

 彼女の名前は登諸ともろ晴子はれこ『蛇』クチナワのお護り使いである。


『蛇』クチナワとは人知を超えた力であるお護りを使役する、お護り使いたちの互助組織である。

 焔を出す、岩をも砕く、風を吹かせる、布を操る、傷を癒す。

 様々な能力に分類されるお護りを使うには、使用者の、『自分にはそれが可能である』という確信が必要となる。

 それを可能とするために、一人では容易く揺らぐ人という生き物に、その確固たる自信を持たせるために、お護り使いは原則として徒党を組む。その一大徒党が『蛇』クチナワだ。

 その構成員である晴子は、彼女の指揮官に当たる人から、告げられた言葉を思い出す。


『甦る亡霊、がいるらしい、んだな』

 言いにくそうに、指揮官はそういった。

『嬌声の町は知っているね? この国でも有数の巨大都市。何度かお使いで行ったことがあるはずだ。あそこから街道を暗い方へと移動したところに、件の叫喚の谷はある。元からさびれた村落の一つだったその谷の墓場に、夜な夜な死者の手が出没し、住民を墓下へと引きずり込んでいる、らしい』

 指揮官の淡々とした語り口に、晴子は苦笑いを返した。

『あはは、面白いお話ですね! 子供の頃に聞いたなら、夜にお手洗いに行けなくなりそうです! ま、晴子ちゃんはもう大人だから関係ないですが!!』

『そうか、そうか、関係ないか』

『ないですよ! 全然です! なんなら、夜中に目隠し逆立ち灯りなしでお手洗いに行ってもいいくらいですよ!』

『その行動にこちらとしては価値ある意味を見いだせないけれど……まあ、そうまで言うなら、安心だ。行ってきてね』

『はい?』

『まあ、なんかそんな訳分かんない感じなんだけどさあ。ぱぱ~って行ってさ、ぱぱ~って解決してきてよ』

『はい……』


「安請け合いなんてするんじゃなかった。した私が悪かった。許してください神様仏様あま様!」

 遠くにいる師匠に彼女は祈りを捧げた。

 そして神様仏様を彼女は信じていなかった。ただの慣用句だった。

『蛇』クチナワとはそういうところだ。神様を信じられなかったお護り使いが集うところだ。

 登諸晴子はそう信じている。


「……あのう、てるてる坊主も落ちちゃいましたし私もう帰っていいですか?」

『だーめ』

 外套の首元に刻まれた蛇の紋からそう返答をもらい、晴子はしょんぼりと叫喚の谷に向かって歩みを進めた。

 

『蛇』クチナワの上司、蛇の無茶振りは毎度のことであったが、晴子は今、怒りと恐怖に震えていた。

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