第4話 カジトウコウ
「任務外の外出の用があるんだが、いっしょに来るか?」
「行く!」
スイは一も二もなくそう答えた。
「分かった」
炎は淡々と応えた。
この一月、スイは任務か
任務とは渇いた村のような複雑なものはなく、唐獅子たちのようなならず者への対処が主だった。炎が同行することもあったし、師匠になった風見とともに行うこともあった。
どちらにせよ、彼女のこれまでの歩みに休みと言えるようなものはなく、おそらくその概念すらスイの中にはない。それを重く見た
自分で連れて行ってやれば良いのではないか、そう意見した炎に風見はニコニコと有無を言わせぬ笑顔で「同世代の子が行くような遊び場の方が良いでしょう」と反論した。
川やら木の上やらで無邪気に遊んでいた子供の頃ならいざ知らず最近の炎には行きつけの遊び場というものはない。
少し悩んだ結果、炎は唯一行きつけと言える場所を思い出した。
「どこに行くんです?」
「
その男はとある事情から
「そいつに血飛沫丸を見てもらうんだ」
それは任務外ではあるがもはや遊びですらなかった。
風見の意図には反していると思ったが、炎には他に行く当てがない。
「血飛沫丸……のええっとどっち? 普段の本体? 炎の血刀?」
「本体。そいつの名前は
梶三弼が住むのはとある山奥の
それ故、三弼は刀鍛冶として
移動には
スイは炎が馬を操るのを興味深そうにしばらく眺めていたが、それにも飽き、びしっと手を上げ質問を始めた。
「そういえば疑問だったのだけど」
「うん」
「血刀を出す度に炎は血を流しておいでですが、それってストック……つまり作ったら作りっぱなしというわけにはいかないの?」
「いかないらしい。故郷にいた頃はそんなこと気にしたこともなかったが……なんでも学者が言うには血というのは流れてしばらくすると死んでしまうが、流れてすぐの血が生きている状態でなら血刀になる……らしい」
「血が生きている?」
「まあ、俺に分かりやすく説明しただけで酸素の血中濃度がどうとかヘモグロビンがどうとか鉄分がああとかあるらしい。俺にはよく分からなかった。細かい話は学者に聞いてくれ」
「なるほどー。いちいち出血が必要……。炎、動物性の食物あんまり食べれないのに大変だねえ」
「まあなあ。血飛沫丸がここまでがっつり折れてなきゃ少量の血で足りるんだけどな」
「それでも使い続けるくらい血飛沫丸に愛着でもあるの? 盗賊団の親玉倒した時みたいに体から直接刀を生やせるならぶっちゃけ要らなくない?」
「愛着……いやどちらかといえばこれは責任……かな」
「責任」
スイ・ウォータープルーフは真顔になった。
「……炎灯理は少し責任を背負いやすい傾向があるのでは?」
「どうだろうな……」
炎は言葉を濁す。
自分のことなんて自分では分からない。
そして他人がどう思うかなんてどうでもい。
そういうものだと炎は思う。
「スイ・ウォータープルーフは心配です」
「そうか。そうでも……性分はそう変えられないよ」
「でしょうね。だから勝手に心配するね」
「ああ」
そうこうしているうちに梶の住んでいる村に着いた。
「わりとにぎわっていますねえ」
スイは霊山の麓の村を思い出しながらそう言った。
「ここら辺は刀を運ぶために道が整地されているからな。その分、人の行き来も増える。そうすると栄えていく。村内の自給自足が基本だったリュウ達の村とは勝手が違う」
「ああ、霊山も道が整備されてませんでしたもんね」
「霊山は……人が通らないから道が整備されていないという順序だけどまあ結局は同じか……?」
炎は少し悩んだ。
村の入り口に馬車を止め、炎は勝手知ったる村を行く。
何人か顔なじみと会って挨拶を交わす。
「よう、炎。今回は泊まっていくか?」
宿場の主人がそう声をかけてきた。
「いや、今日は日帰りだな」
「残念。また今度頼むぜ」
宿場の主人は肩をすくめた。
「ああ、また今度」
そして村の外れに目的地はあった。
その男は外の井戸でちょうど水を汲んでいるところであった。
顔を上げ、炎に気付いた。
「やあやあ久しぶり。元気してた? 炎くん。ところで隣のお嬢さんはどちら様? お友達?」
「久しぶり。息災だ。こちらはスイ・ウォータープルーフ。
「よ、よろしくお願いします!」
「これはどうもよろしくね。梶三弼、刀鍛冶です」
梶三弼は柔和な微笑みを浮かべた男だった。
梶の家の中には作業場と接客用の座敷があり、ふたりは座敷に通された。
炎は無言で血飛沫丸を鞘ごと梶に渡した。
梶は刀を抜き鎺から折れているそれを眺めた。
「血飛沫丸。血で血を洗う悪鬼の刀。血が血を誘う憎悪の剣。あるまじき魔物の形見。滴り止まぬ罪人の血涙。様々な名前をつけられ、ある時はただ妖刀とだけ呼ばれた、血飛沫丸。はては敵の血飛沫はおろか、己の血飛沫すらも飛び散らせることなく凍らされた終わった刀……」
梶はしみじみと口上を述べた。
「相変わらずこの妖刀と仲良くしてくれてるみたいだね、炎くん」
「刀と仲良くしてるとか分かるのですか!?」
「ううん、言ってみただけ」
「ええ……」
「正直、僕も困ってるんだよね、こんなもう刀の体をなさない刀を刀扱いしろとか言われても刀鍛冶の名折れだよ。折れた刀だけにね!」
「そう言いつついつも研いでくれてありがとうな、梶」
「お礼を言えるなんて炎くんは本当に良い子だねえ。世の中にはお礼すら言えない子がいっぱいいるからねえ……」
梶は遠い目をした。
刀鍛冶業もいろいろと大変らしい。
「スイちゃんもなんか刀でも持ってみる? 小刀でも作っちゃう?」
「うーん。いえせっかくですが使いこなせる自信がありませんのでお気持ちだけいただいておきます」
「そっか」
梶は少し残念そうな顔をした。
「
「変な刀ってたとえばどんなのがあるのです?」
「4本の刀を柄で接合して十字の刀を作ってくれとか……」
「めっちゃ変だー!?」
なかなか想像がしがたかった。
何を食べたらそのような刀を使おうと思えるのだろう。
というかどうやって持ち歩いているのだろう。謎である。
「ああ、そうだ変な刀と言えば、梶、お前に訊いておきたいことがあったんだ」
「はいはい。何かな?」
「葉哉丸、って聞き覚えあるか?」
「おや懐かしい名前だ」
「お前の作か?」
「ううん。でも同門が手がけたやつだよ。そしてその刀はね
「螢……」
「螢ちゃん?」
「
梶は笑顔のまま少し暗い顔をした。
炎は完全に黙り込んだ。
「葉哉丸がどうかしたの?」
「……盗賊の頭が持っていた」
「へえ……螢ちゃんが滅ぼしたときの火事場泥棒か……それとも螢ちゃんの被害者か……」
梶は険しい顔のままそう言った。
「そうだそうだ。螢ちゃんで思い出した。クチナワさん」
『なんだい?』
自分の首の後ろからした声にスイはびくりと跳ねた。
スイ・ウォータープルーフのかっこうは洋装の上に炎とお揃いの羽織である。
雨音にこしらえてもらったものだ。
洋装と和装でちぐはぐとしているがスイは気に入っている。
しかしクチナワがいきなり話しかけてくるのにはまだ慣れない。
「
『へえ。それは大変だ』
大変と言いながらもクチナワの声は軽かった。
『分かった、対処は適切な人間を呼ぶよ。間違っても炎は適切な人間じゃないからね。情報どうもだ梶』
「……炎、刀狩って?」
「……大昔にいた刀を専門に狙うこそ泥の通称だ。
「刀泥棒……?」
「対峙した人間の噂によると刀による攻撃を無効化出来るらしい……俺とはまあ確かに相性はそんなによくないな……いや血刀が刀判定されるかは微妙だけどな」
「刀判定だったら焔しか使えなくなっちゃうもんねえ」
炎灯理の真骨頂。焔と刀の二刀流。その一方が欠けるのは戦術の幅が狭まってしまう。
「まあ、クチナワには色んな奴がいる。適材適所……うまくやればいい」
炎が霊山の麓の村を救えたように、刀狩が
「じゃあ血飛沫丸、研いでくるね。ふたりは座敷でゆっくりお茶でも飲んでて。ああこのお茶菓子美味しいよ」
「ありがとうございます。いただきます」
作業場に消えていく梶三弼を見送って、スイはモグモグとお菓子を食べた。
炎は茶を啜った。
しばらくして、梶が戻ってくるより前に、二人にクチナワが話しかけた。
『炎、スイ。いきなりであれなんだけど刀を
「了解」
炎灯理は一も二もなく了承した。
「向かって欲しいとこ……どこです?」
『うんまあちょっと……尻拭い、かな?』
少し困ったようなクチナワの声に珍しいなと炎は思った。
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