第11話 女医

 シャルルの依頼を果たすべく、レオンは施術を開始する。

 行うべき処置として、破損箇所の切除と再練成が考えられた。

 人間と違いオートマータは、自然治癒能力がとても低い。

 施術等の措置を行ったとしても、放置された状態での完全恢復は覚束ない。

 しかし練成技術を用いれば、身体パーツを完全に再生する事が可能だった。


 つまり、一定以上に損害を被ったパーツは見切りをつけて切除し、新たに練成し直す方が、オートマータの運用と特性を考えれば適切と言えた。

 但し、人間の治療とは比較になら無い程、費用が掛かる。

 オートマータが庶民の下で働くという状況になり得ない理由のひとつだった。

 

 レオンはアーデルツの肉体を維持すべく、心肺の機能を外部装置へと繋ぐ。

 そして、アナライザー・ローカスの音響測定結果に基づき、再生不能に陥った箇所の切除を開始した。

 同時に施術台の隣りに設置された、巨大な水槽を思わせる硬質ガラス製カプセルに、濾過されたエーテル製剤を注ぎ始める。


 損壊部位切除開始から終了までの作業に八時間。

 施術は夜を徹して行われ、終了時には東の空が白み始めていた。

 肉体維持に必要な部位、損傷の無い部位のみとなったアーデルツは、作業効率を高める為、分割された手脚と共に、エーテル製剤で満たされたカプセルの中へ沈められる。

 後は砕けた骨格パーツと損壊部位の新造、そして受肉練成が必要だった。

 レオンは作業を終えて別室へ引き上げると、そのままソファに横たわる。


 ここからの作業は、更に時間と素材が必要だった。

 しかし、一度完全練成したオートマータの再受肉は、ゼロから練成する事を思えば容易だ、神経接続や血管、筋肉構造等の記録は全て、アナライザーが書き出したデータとして保存されている為だ。

 とはいえ一週間は掛かるだろう……レオンはそんな事を考えながら、深い眠りに落ちていった。


◆ ◇ ◆ ◇


 正午前に目を覚ましたレオンは、シャルルのタウンハウスへ連絡し、駆動車の手配を頼んだ。程無くして到着した駆動車に乗り込み、貧民居住区の『ヤドリギ園』へ向かう。

 駆動車は昨夜と同じく市街を避け、幹線道路へ迂回するコースを取る。

 一時間程で駆動車は貧民居住区へ到着し『ヤドリギ園』の門前で停車する。

 帰りにまた世話になると運転手に伝え、レオンは駆動車を降りた。

 

「遅くなってすまない、シスター・カトリーヌ。寝過ごしてしまって……」


 診療所のドアを開けたレオンは、開口一番カトリーヌに謝罪した。

 濃紺の修道服を纏ったカトリーヌは、笑顔でレオンを迎えると、何も問題はありませんと答えつつ、午前中にやって来た患者の容態と対応について報告する。

 レオンは相槌を打ちながら話を聞き、改めてカトリーヌに謝意を伝えた。


「ありがとう、君がいてくれて本当に助かったよ」


 優しく微笑むレオン。

 カトリーヌは嬉しそうに相好を崩し掛け、慌てて取り繕い視線を逸らした。

 一呼吸措き、真面目な口調で唇を尖らせながら言う。


「わ、私はグランマリーの助祭ですから。医療と練成技術の初歩はしっかりと学んでおりますから。こういう時に役立つ事が、私の生き甲斐ですから」


 二度、三度、自分の言葉に納得したかの様に、うんうんと軽く頷く。

 そして背筋を伸ばすと、改めてレオンの方に向き直った。


「その……昨日、請け負った施術は、暫く掛かりそうですか? もし大変そうでしたら、診療所での治療は、私が出来る範囲で対応しますが……」


 真剣な面持ちで訊ねるカトリーヌに、レオンは軽く首を振る。


「いや、シスター・カトリーヌにそこまで甘える事は……」


「いいえレオン先生。昨日も言いましたけれど、レオン先生がヤドリギ園に来られて、私達も、子供達も、みんな助かっているんです。ですから今回、私に仕事を任せる事があっても、先生が負い目を感じる必要なんて無いんです、お互い様なんですから」


 カトリーヌは明るい笑みを浮かべる。

 レオンは小さく頷くと、ありがとう……と答えた。


 その日の夕方、診療所での仕事を終えたレオンはシャルルの邸宅へ電信を打ち、駆動車を回して貰う。小一時間ほどで駆動車は到着し、レオンはカトリーヌに明日の午前中の応対を頼み、『ヤドリギ園』を後にした。



「すまないが一ヶ所、寄って貰いたいんだが、頼めるか?」


 レオンは運転手にそう伝えた。

 アーデルツの欠損した身体パーツを練成する為に、素材の調達が必要だった。

 同時に、オートマータであるアーデルツを埋葬するにあたって、ガラリアに地位と立場を認められた練成技師が、更にその管理下にある埋葬場所も必要になる。


 それらの問題は、本来なら特別区画の『練成機関院』に申請すれば、解決も容易だ。しかしレオンは練成機関付属学習院の期待を裏切る形で、ピグマリオンの資格を拒絶し、自主退学した身であり、また、練成機関院の有力者である父の圧力があったとはいえ、アーデルツを無断でコッペリアに登録された過去もある。

 出来れば練成機関院とは、関わり合いになりたく無かった。


 練成機関院以外で、オートマータに関する素材の入手が可能であり、更に高名な練成技師が在籍する施設と言えば、大手の医院という事になる。

 レオンはそのうちの一件を指定し、駆動車を回して貰った。

 

 程無くして駆動車は、居住区近郊に位置する個人運営の医院へ到着する。

 掲げられている看板には『ベネックス創薬科学研究所』と刻まれていた。

 ヘデラの蔓が這うレンガ造りの建物は、それほど大きくは無かった。

 駆動車には駐車場で待機して貰い、レオンは医院の扉を開ける。

 そのまま、待合室の受付窓口へ向かった。


「ベネックス所長に素材調達を頼みたいのですが……」


 受付カウンターに座る水色のブラウスを着た黒髪の娘に、自身の身分証を提示しつつ、レオンはそう告げる。

 端正な顔立ちをしたその娘は、黒縁の眼鏡越しに身分証を確認すると、控えめな笑みを浮かべ、少々お待ち下さいと言い残し、部屋の奥へと引き上げる。


 さほど間を置かず診察室のドアが開くと、奥から一人の美しい婦人が姿を現した。

 身長が高く、レオンとさほど変わらない。

 ワインレッドのフリルブラウスを身に纏っており、その胸元は驚くほどに豊かだ。

 引き締まったウエストに巻かれているのは、黒いコルセット。

 そして腰を飾る様に、複雑なドレープが施された黒いロングスカート。

 ライトブラウンのロングヘアは、後頭部で丸く纏め上げてある。

 艶やかな肌に涼しげな目許、銀縁の眼鏡が似合う。

 彼女がこの研究所の所長――イザベラ・ヴォベル・ベネックス所長だった。


「おお、なんて事だ! 本当にレオンだ! 久しぶりだね、レオン! 元気にしていたかい?」


 ベネックス所長は驚いた様に声を上げると嬉しそうに眼を細め、両手を広げてレオンを出迎えた。

 差し出されたレオンの右手を無視して背中に腕を回し、笑顔で抱擁する。

 二度、三度と抱き締められたレオンは苦笑を洩らしつつ、口を開いた。


「ご無沙汰しています、ベネックス所長」


「堅苦しいな、レオン。イザベラと呼んでくれて構わないんだ」


「いえ、そういう訳にもいきません……」


「ともかく、さあ奥へ! 良いタイミングだ、今日はもう患者もいない。すぐに対応出来るよ。いや驚いた、本当にこんな事もあるのだな」


 にこやかにそう告げながら、ベネックス所長はレオンを診察室へ通した。

 診察室もさほど広くは無かったが清潔に保たれており、各機材も最新の物が揃えられていた。

 ベネックス所長は診察机の前に座ると、レオンにも椅子へ座るよう促す。

 

「それで? 素材調達と聞いたが……また、オートマータの練成を行う気になったのかね?」


 そう訊ねる所長の表情は明るい、レオンの訪問がよほど嬉しかったのだろう。

 ベネックス所長はレオンが幼少の頃から世話になっている人物だ、特にレオンが練成機関付属学習院に在学中、アーデルツ練成の折、通常の戦闘用コッペリアとは異なる特殊素材を入手するに辺り、尽力して貰った過去がある。


 ピグマリオンの資格こそ持っていないが、薬科学に造詣が深く、アデプト(達士)との呼び声も高い練成技師で、その見識と技術を見込まれ、女性でありながら授与された『準騎士』の地位を活かして更に人脈を広げ、様々な薬品と練成素材を、独自のルートで取り扱っている人物だった。

 年齢は良く解らない、その容姿や立ち居振る舞いは、レオンが物心ついた頃から殆ど変わっていない。

 そんなベネックス所長の問いに、レオンは答える。


「いえ、完全練成ではありません……」


 そう切り出したレオンは、アーデルツが損壊し、身元引受人であるシャルルの意向で破損箇所の修復を頼まれたという、一連の流れを話した。


「――我侭な申し出で恐縮ですが……アーデルツの管理埋葬を頼みたいのです……」


「まさか……あの子が……」


 アーデルツと面識のあったベネックス所長は、表情を曇らせた。

 そして、必要な素材をここへ書き出してくれ、どんな物でも調達すると約束しよう……そう言いながら、用紙とペンをレオンの前に用意した。

 用紙を受け取ったレオンは、必要な素材を書き出して行く。


 水酸燐灰石の粉粒体、モリブデン練成合金の鋳塊、精製ヘパリン、有機ケイ素系液状ラバー、その他複数の練成素材……途中まで書き出したところで、ベネックス所長が神妙な面持ちで話し掛けて来た。


「しかし、何と言えば良いのか……非常に複雑な心境だ、レオン……」


「いえ、所長。お気になさらず、そのお気持ちだけで彼女は幸せですから……」


 ベネックス所長の意を汲み、レオンはそう言って微笑む。

 しかし所長は軽く首を振ると、椅子から立ち上がった。


「――いや、そうでは無いんだ……少し、待っていてくれたまえ」


 所長はそう言い残し、部屋を出る。

 暫くして部屋に戻ったベネックス所長は、手に小包を持っていた。

 サイズは三〇センチ四方といったところか、油紙で包まれている。


「この小包……実は三日前に預かったんだ。受取人はキミだ、レオン」


「え……?」


 レオンは訝しげに小包を見つめ、そして目を疑った。

 小包には封筒が添えられており、そこに記された署名は『マルセル・ランゲ・マルブランシュ』――レオンの父親だった。

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