第8話 喪失
「なにが衆光会だ……! こんな娘に重荷を背負わせて……! この子に戦闘なんて無理な事くらい解るだろう? 体格的に無理だ、それに痛覚を制御する感覚置換措置も施していない! 最初からコッペリアに成り得ない、戦えるオートマータじゃなかった! なのに接続ソケットを増設したりして! 外殻で無理矢理、身体強化と減痛処理を行っていたんだろう!? そんなやり方で勝ち抜けるワケが無い!」
レオンはベッド上の、身長一五〇センチに満たない娘を示して叫んだ。
その声は怒りに震えていた。
グランギニョールで使用していた白銀の鎧。
あれはスチーム動力の強化外殻だった。
着用時にオートマータの外部接続ソケットを通じてリンク、オートマータの生体エーテルに感応し稼動する。外殻の耐久限界内であれば己で認識し得る最大限のポテンシャルを発揮する事が可能な……簡単に言えば、尋常では無い膂力と瞬発力を発揮せしめる鎧だった。
確かに、着用したオートマータの身体能力は格段に向上する。
短い時間であればアーデルツであっても、戦闘用に調整されたコッペリアに比肩し得るかも知れない。しかし、減痛処理と筋力強化を同時に行うタイプの外殻は、本体への負荷を減らす為のバランス調整が難しく、厄介極まりない代物だった。
レオンの言葉にシャルルは俯いたまま、拳を握り返答する。
「予てよりアデリーの定期メンテナンスを頼んでいた、シュミット商会の技師が断言したんだ、彼女は戦えると。ピグマリオンとしてのキャリアも確かなシュミット所属の技師だ、衆光会も正式に契約を交わしていた、だからこそ彼女は戦う事を決めたんだ、子供達の為に戦うと……懸命に戦って、勝利を重ねて……」
「それが何だって言うんだ! シュミット商会だと!? シュミット商会の技師がそんな事を言い出したのか!? それで衆光会は浮かれて、彼女を博打の駒にして無茶を始めたのか!? そんな馬鹿な話があるか! そんな理由で約束を反故にしてっ……!」
感情を抑え切れず、激昂しそうになる。
しかし、心配そうなカトリーヌの面持ちに、レオンは言葉を飲み込んだ。
一呼吸置き、謝罪の言葉を口にする。
「……取り乱してすまない、シスター・カトリーヌ。治療に専念する、サポートしてくれ」
「は、はい……レオン先生……」
濃紺の修道服姿の胸元を抑えながら、カトリーヌは小さく答える。
シャルルもカトリーヌに謝罪し、改めてレオンに治療を懇願する。
「すまない、詳しい話は後で必ず……包み隠さず伝える。今は治療を……もう頼れる相手がいない……まったく意識が戻らないんだ、光にも音にも反応しない……」
「身体状況と平行して『エメロード・タブレット』を解析してる……損傷が無ければ良いが……」
レオンはそう告げると、スチーム・アナライザー・アリスに近づいた。
重厚な金属ケースの内側では、無数の歯車とシリンダーが、低い作動音を発しながら稼動していた。
金属ケースの天面には、インク加工の施された専用紙がセットされ、更に印字用金属アームが、デイジーホイール状に突き出されている。
解析結果は随時、この用紙へ打ち込まれ、書き出される仕組みだった。
「……頭部への加撃は……酷かったのか?」
「ああ……」
レオンの質問に、シャルルは娘を見下ろしたまま短く答える。
その返答にレオンは眉をひそめ、唇を噛む。
状況の悪さを感じていた。
『エメロード・タブレット』とは、オートマータの頭部に埋設された、意識、記憶、運動を司る……人間で言えば脳に相当する部位であり、オートマータを完全練成できる程の限られた上級練成技師のみが扱える、高等練成技術究極の成果だった。
生体エーテルに反応し駆動するそのパーツは、翠色半透明な七センチ四方厚さ〇.五ミリの極薄切片を、一〇〇枚以上積層させた物で、それぞれの切片表面には楔にも似た微細な古代数字が、びっしりと刻まれている。
それら数字、数式の配置には、上級練成技師――ピグマリオンにしか理解出来ない意味があり、しかもそれ自体が練成結果を生み出す触媒であり……つまり、蒸気に因らず、歯車に因らず、差分解析機関に因らず、『練成的概念』のみで駆動する神秘のパーツであり、そこを『依り代』に擬似生命を呼び出し定着させるという――『一般練成科学』の限界を遥かに超え、いにしえの神学的技術体系に基づき構築された、高等練成技術の極致を具現化した結晶体だった。
エメロード・タブレットは非常に繊細かつデリケートなパーツであり、通常は短期記憶の一部と生体反応をサポートするべく練成された、これも翠色半透明な練成人造脳髄の中心に固定され、硬い頭蓋骨と脳髄液に保護されている。
とはいえ頭部への重大なダメージは、練成人造脳髄内のエメロード・タブレットに損害を与える危険があり、その危険性は人と変わらない。
ただし人の脳と違い、高純度の生体エーテルによる稼動である為、接続ケーブルを通してスチーム・アナライザーでエーテルの流れを直接計測すれば、損傷の有無と度合いを、人に用いるよりも遥かに正確に計測する事が出来る。
レオンは、計測結果がなかなか出力されない事に焦りを感じていた。
焦りの中で口を開く。
「この傷は……人と違って完全には自己修復しない、多少の置換再生は行われても、損壊した箇所は受肉練成し直す必要がある。この子を搬送した者達の話を聞いた限りでも非常に重篤だ、ここの設備では限界がある……」
「君から権利を預かった『工房』……衆光会で頼んだピグマリオンに、何度か使用を許可している。清掃と点検も定期的に行っているから、設備はすぐにでも使える筈だ。頼む、俺に出来る事は何でもする、救ってやってくれ……」
絞り出す様なシャルルの声には、悲痛の色が滲み出していた。
その時、スチーム・アナライザーに取り付けられた金属製の印字アームが、カタカタとインク用紙を叩き始める。
レオンは用紙上へ次々と書き出される身体各部の破損状況を確認し、その破損度を示す数値の大きさに歯噛みする。
この診察室で治療出来る範囲を、大きく超えた損傷内容だった。
印字アームは全身の破損状況を出力し終えると、次にエメロード・タブレットの解析結果を印字し始めた。
――しかし。
「駄目だ……」
レオンは硬い声で告げた。
「エメロード・タブレットが完全に損壊してる。物理的反応が全く無い……もう意識どころか、人格すら残っていない。魂が失われている……。人造脳髄に付随する一部の機能で、肉体だけが辛うじて生きている……人間で言えば、脳死の状態だ……」
「そんな……」
「残念だが……奇跡が介在する余地も無い。エメロード・タブレットだけがオートマータの魂を維持する全てだ。……今となっては痛みも苦しみも、一切感じていない、それだけが救いだと思ってくれ……」
無慈悲とも言える宣言だった。
しかし、それが動かし難い事実である事も、シャルルは理解していた。
シャルルもレオンと共に高等練成技術の基礎を学んでおり、ある程度の知識は持ち合わせていた。
なにより、娘の制作者……『親』であるレオンの判断だった。
シャルルはベッドの傍へ近づく。
そして、動く事の無い娘の小さな手を、両手で包み込む様に握った。
「本当にすまない、アデリー……ゴメン、俺は……本当に……」
低く響く声は、微かに震え聞き取り辛く、それ故に悲しみの深さが伝わる。
フロックコートを着込んだままの背中が、凍りついた様に動かない。
レオンは無言でその姿を見つめる。
カトリーヌもまた、目を伏せ立ち尽くす事しか出来ない。
時間だけが静かに過ぎて行った。
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