第2話 決着
円形闘技場に敷かれた石畳の上を、白銀鎧の娘が一直線に駆け抜ける。
疾風の如き突撃を見せる白銀の娘を前に、漆黒の娘はそれでも口許に笑みを浮かべている。
足を止めてその場に立つ、迎撃の構えか。
にも関わらず、膝に溜めすら作らぬまったくの棒立ち。
ハルバートは脇構え……しかしこれも構えとは言い難く、両手での保持ですら無い、片手で支え、脇で挟み垂らしているのみであり、凡そ臨戦の体勢では無かった。
大様な姿を見せる漆黒の娘。
その眼前に白銀の娘が迫る。
得物の間合いに踏み込むや否や、白銀の娘は横薙ぎの一閃を放った。
その速度、威力、共に申し分の無い強烈な斬撃。
鎧を制御するギア・システムの駆動音が響く。
しかし漆黒の娘は半歩身を引くと、片腕で軽く差し出したハルバードでいなし、切先を逸らした。
それでも白銀の娘は攻撃の手を緩めず、逸れた諸刃の剣を担ぐが如くに旋回させつつ上段へと構えを移行し、そのまま打ち下ろしの二の太刀へと繋ぐ。
だが力強いその攻撃も、漆黒の娘が片腕で振るうハルバードの柄によって弾かれる。
三の太刀、四の太刀も届かず。
更に五合、六合と斬り結べども加撃には至らない。
激しい攻防の中、鎧の隙間から溢れ出す蒸気で、周囲が白くけぶり始める。
しかしこれ程の連撃が一切通用しない有様は、異様に思えた。
それ程に実力差があるのか、攻撃を全て予見しているのか。
いずれにせよ、信じ難い回避能力と言わざるを得ない。
七度目に放たれた袈裟懸けを狙う攻撃は完全に避けられ、白銀の娘は振るう大剣の重さに耐えかねたかの如く、姿勢を崩した。
漆黒の娘は冷笑を浮かべ、その様子を見下ろす。
が、白銀の娘は崩れた低い姿勢そのままに、更に大きく一歩踏み込んだ。
諸刃の大剣は切先を大きく下げ、石畳へと押しつけられている。
それは限界まで低く身を沈み込ませた、加撃の為の構えであった。
次の刹那。
白銀の娘は全身全霊の力を込めた下段、刃を石畳に擦りつけての溜めを用いた斬撃を開放、弾けるが如くに逆薙ぎの一閃を放った。
常人には目視不可能な神速の一撃。
飛び散る火花のみが目に映るかどうか。
ところが漆黒の娘は、その神速を更に上回り反応した。
何時の間に構え直したのか。
強烈な一撃に対応すべく、ハルバードの柄は両の手に、しかと握られていた。
そして鋼鉄製の柄、その中程で、跳ね上がりし刃を完璧に食い止めたのだ。
在り得ぬほどの超反応。
白銀の娘が放つ攻撃は全て、この鉄壁の防御に阻まれ続けていた。
だが、その防御を読んでいたかの如く、白銀の娘は食い止められた切先を、そのまま鋼鉄の柄に沿わせて横に流した。
踵を返し、体を入れ替え、逆薙ぎの一閃から横薙ぎへと刃を疾走らせる。
その一撃は本来成立し得ない筈の攻撃――逆薙ぎの斬撃は渾身の一撃では無かったのか。
否。
先の神速は、阻まれる前提の攻撃であったが為、切先は方向を変え得たのであり、故に漆黒の娘が握るハルバードの柄を横に滑り、右手の指を削ぎに向かったのだ。
白銀の娘は確信する。
「捕った!」
疾風の速度で、針穴に糸を通すが如くの精妙。
娘の鎧に仕込まれた強化シャフトが、ギアが、限界を超えて稼動する。
研ぎ澄まされた鋼鉄の刃は起死回生の一撃を成すべく、銀光と化した。
しかし。
横薙ぎに滑る必勝の刃は、血花咲かせる事無く静止してしまった。
鋼鉄製の柄を握る漆黒の娘が親指……その寸前で静止したのだ。
「なっ……!?」
何故加撃に至らず、不発に終わったのか。
白銀の娘は両の眼を見開いた。
漆黒の娘が両手で構えるハルバート、そこへ楔を打つが如くに噛み込む鋼の刃。
鋭い剣の切先を、加撃寸前で食い止めている物は。
ハルバートの柄を握る籠手……その前腕部より勢い良く生え出したる、四本の鋭い鉤爪だった。
刃を止めた爪は、鋼色の光を放つ。
白銀の娘は青褪めた。
「遊びは終わりだ、愛玩人形。ははっ」
漆黒の娘は口許を歪め、嘲笑した。
同時に白銀の娘は自身の腹部……その身に纏った銀のプレートを穿つほどに強力な一撃を受け吐血、そのまま後方へ三メートル、身体をくの字に曲げ折られつつ弾き飛ばされる。
白銀の娘の腹部を打った攻撃は、全くのノーモーション。
予備動作など一切作れる筈の無い状態から強烈に突き出された、漆黒の娘が左腕に因る加撃。
右腕と同じく、弾けるが如くに飛び出したのは鋼鉄の爪。
その鋭い先端が、白銀の娘を強かに打ったのだ。
アリーナを震わす程に爆発的な歓声が、観客席から湧き上がる。
乙女達が織り成すグランギニョールの激闘と、その決着を見届けた紳士淑女達は皆、喜色満面、興奮した面持ちで席から立ち上がると両手を打ち鳴らし、声を上げた。
客席とは別に設けられたオーケストラ・ピットにて奏でられる勇壮な音色が、徐々に悲壮な物へと切り替わって行く。
マスクをつけた蒼いドレスの女が、両の手を天に差し伸べながら、高らかに鎮魂歌を謳い上げ始めた。
恐れを知らぬ勇猛な魂よ、聖戦の果てに昇天する意思よ、
我らが聖女・グランマリーの御許に還り給え、
新たなる叡智の礎となりて、再び我らの元へ戻るその時まで、
痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ、
眠れ眠れ、永久に、眠れ眠れ、恐ろしくはない……
漣を思わせる管弦楽団の静かな伴奏に、白い蒸気を吐くオルガンの音色。
そして哀切な歌声が高く低く響き渡る。
それは聞く者の胸に迫る沈痛な調べで、死闘の決着に激しく沸き立ち、狂喜乱舞の様相を示していた観覧席の貴族たちも徐々に、その色に染まり始めて。
やがて皆、起立したまま闘技場を見下ろし、声を揃えて歌い始めた。
痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ、
眠れ眠れ、永久に、眠れ眠れ、恐ろしくはない……
眠れ眠れ、永久に、眠れ眠れ、恐ろしくはない……
荘厳にさえ響く貴族達の合唱は、しかし決して神聖では無かった。
居並ぶ彼らの目に、口許に、下卑た笑みがへばりついていた。
それはこれから始まるであろう残酷ショーを、心待ちにしている為だった。
漆黒の娘は石畳に転がる白銀の娘を見据えたまま、ゆっくりと歩き出す。
娘の刃を食い止め、腹を穿った前腕の爪は、緩やかに向きを変えつつ前腕を覆う籠手に収納される。
口許には侮蔑の笑み。
両手にはハルバート。
白銀の娘は石畳に伏しながらも、全身を震わせつつ、渾身の力で上体を起そうともがいている。
しかしその動きは酷く緩慢で。
その上、激しい吐血。
打たれた鎧も痛々しく穿たれ破損し、そこからの流血も見て取れる。
骨を砕かれたか、臓腑を痛めたか、もはや動けない事は明白だった。
そんな白銀の娘の傍らに、漆黒の長身が近づいた。
そのまま、満身の力を込めた蹴りが、白銀の娘の腹部を捉えた。
「ッ……」
声にならない苦鳴と共に、娘の身体が宙を舞う。
飛び散る血飛沫が石畳に点々と降り注ぐ。
身体を覆う外殻のシリンダーシャフトが折れ、歯車が飛び散る。
数メートル先でバウンドする娘の身体は、すでにぐったりと弛緩して。
そこへ再び異形の漆黒が歩み寄る。
低く、侮蔑の言葉を吐く。
「聖戦を舐めるな……出来損ないが……」
貴族の居並ぶ観覧席から歓声が湧き上がった。
更に嬌声と悲鳴の入り混じったかの様な、けたたましい混声合唱が吹き上がる。
恐れを知らぬ勇猛な魂よ、聖戦の果てに昇天する意思よ!
我らが聖女・グランマリーの御許に還り給え!
新たなる叡智の礎となりて、再び我らの元へ戻るその時まで!
痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ!
眠れ眠れ、永久に! 眠れ眠れ、恐ろしくはない!
眠れ眠れ、永久に! 眠れ眠れ、恐ろしくはない!
漆黒の娘は醒め切った目で白銀の娘を見下ろし、口の中で小さく呟いた。
「――頭部タブレットを損壊させての確殺だと? 馬鹿らしい、こんなガラクタは片手で嬲り殺せる、好きにさせて貰うさ……供物を受け取れグランマリー、せいぜい愉しめ……」
そして、地に伏す娘の朱に染まった胸元目掛け、ハルバードを振るった。
それは容赦の欠片も無い、すくい上げる様な下段からの一閃だった。
夥しい量の血が撒き散らされ、プレート鎧の一部が爆ぜて砕けた。
砕けた鎧から、大量の蒸気が吐き出される。
糸の切れた人形の如く、血塗れの娘の身体は弾け飛ぶ。
そのまま闘技場の石壁に激しく叩きつけられ、辺り一面を血痕で汚した。
もはや生きているのか、死んでいるのか、それすら解らぬ程に、娘の姿は朱に染まっていた。
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