92 秘密の対面

「一番早い解決法だと思ったんですが……」

「使えるなら、使っておる。言われずともな」

「……筆頭っ!」


 責めるような声で軍のひとりがヴァイスハイトを振り返った。


「有効な手段があるなら使う。当然のことですよ。お二人とも、お座りください」


 ヴィッツは至極真面目にそう言ったが、ヴァイスハイトは使えたとして使うだろうか?

 今でもビヒトの耳に残る父の教えは、それを否定するように思えた。

 責めるつもりはない。ビヒトだって、魔法が使えて障害もなくこの国の魔術師となっていたら、きっと躊躇する。今、迷わず使おうと思えるのは、ヴァルムとあちこち見て経験したからで。

 内側から殻を破るのは難しい。

 

「そういえば」


 不毛な話題を続けるのも時間の無駄だと、ビヒトは違う方へと話しを向ける。


「魔力の回復がいつもより早いと、感じますか?」


 ヴィッツとヴァイスハイトは一度顔を見合わせた。


「そういえば、そう、かも?」

「倍まではいかぬな」


 先程魔力を使ったから、ビヒトも多少感じる。


「人だけであれば問題無いのですが、おそらく、そう都合のいいことはないでしょう。同じようにアレも回復していると考えるべきです」

「そうなのか? ならば、もっと魔法を使ってきても良さそうなものだが」


 軍の、偉そうな方が口を開く。


「ここへ転移させる時、アレの魔力を引出して使いました。全部、とはいかなかったようですが、それほど余裕はないと推察します」

「そうだ! それも訊きたかったのだ! ヴェ……」


 反射的に、ビヒトはヴィッツを睨みつけて立ち上がった。

 兄上ヴィッツは仕事熱心だし、普段はきちんとしているに違いない。だが、熱心が過ぎて、周りが少々見えなくなることがあるのは変わっていないらしい。久々の再会で、よほど問い詰めたいことが積もっているとみえる。


「それを説明する時間は惜しい。陣も焼けてしまっている。対策を先に詰めるべきでは?」


 自分でも気づいたのだろう、言葉を止めて小さく咳払いすると、ヴィッツは不承不承頷いた。


「――そうだな。では、それは後で……


 少し目を眇めてそう付け足す辺り、諦めが悪い。

 黙って観察している参謀には、隠匿しておきたい冒険者と、手の内を見たい魔術師の対立に見えていてくれるだろうか。

 顔は父や兄達と似ていなくて良かったと、ビヒトは心の中で息をつく。姉と並べば分かる人には分かってしまうだろうが、幸い今回の討伐には参加していないようだ。城の護りの方に回されているのだろう。

 勢いで立ち上がったものの、座るタイミングを掴めないでいるビヒトに、ヴァルムがいい感じで座るのを促した。


「わしには魔力云々はわからんが、あやつの行動は大体掴めてきた。大規模魔術を使って、雷の援護もあり今は鈍っている。だが、それ故に守りに入って反撃の機会を窺ってるだろう。おそらく、次の大きな攻撃は明日の朝。それまでにこちらから仕掛けるのかどうか」


 今までの攻撃の中で、一番削れそうだったのは『囚われの白き炎スカンデレ・フランマ』だったけれど、こちらも連発できるような状況にはない。

 守りに徹して、じわじわと再生が出来なくなるまで持久戦で行くのか。

 誰もが口を閉じ、しばし沈黙が下りたところで、軍の偉そうでない方の手元で光が瞬いた。

 慣れた手つきで机にぶつけ、そのまま耳元に持っていく。微かに眉根が寄せられた。

 ヴィッツに目で促され、男は小さく息を吐いたあと背筋を伸ばす。


「……交戦中の標的が木々をなぎ倒しながら、湖側に進行を再開しました」

「今いる奴等じゃ、構うほどでもねえってか」


 ヴァルムが肩を竦める。

 男はちらりとヴァルムを見て、遠慮がちに続けた。


「何人かは捕食された模様……」


 もう一度、沈黙が落ちる。

 ビヒトとヴァルムは少しの間目を伏せた。



 ◇ ◆ ◇



 結局、これといった打開策も出ず、せめてもと風の魔法で進行妨害している間に休憩をということになった。

 下手に炎をつかって木々まで焼けてしまっては、進行を手助けすることになるし、水系の魔法は取り込まれかねない。

 大規模魔術を使った分の魔力も、さすがに明るいうちには戻ってこないようで、じれったいが、どうしようもなかった。


「ビヒトくん」


 部屋を出ると、ビヒトはアウダクスに呼び止められた。

 足を止める参謀とヴァルムに、彼は行ってよいと片手を上げる。参謀は気付かない振りで二人に近付こうとしたが、ヴァルムが無理矢理その腕を引いた。


「何か」

「ちょっとだけ」


 促され、嫌な予感を抱えつつも、ついていく。

 ビヒトがどこかの準備室に引っ張り込まれると、アウダクスが後ろ手にドアを閉めながら、隠蔽の魔術の呪文を口にした。

 念入りなことに、盗聴防止の魔道具も発動される。


「念入りですね」

「知られたくないのは、こちらじゃないだろう? 人がいてはまどろっこしい。どうしてアレイアにアレを送りつけた。嫌がらせか?」


 ヴィッツのしかめっ面に、ビヒトは首を振る。


「選択肢がなかった。あったのかもしれないが、思いつかなかった」

「どうやってあの場所へ」

「ヴァルムが昔、目印アンカーをつけてそのままになってたんだ。それを使った」

「陣が焼けてしまったというのは本当か?」

「たぶん。『囚われの白き炎スカンデレ・フランマ』に焼かれて残ってるとは思わない」

「再現できるか」

「できる。が、他人に使えるとは思わない」


 真直ぐ見つめるビヒトに、ヴィッツは少しだけ顔を歪めた。


「相変わらず……そういうところは可愛くないな、お前は。いい。使えるようにするのがこちらの仕事だ。事が済んだら置いていけ」

「いやだ、と言ったら」


 ヴィッツは片眉を上げた。


「研究は使うばかりを求めるものではないぞ。勝手に送り込まれるのを阻止することも考えねばならん。迷惑料だと思えば、安いもんだろう」


 別に、ビヒトはヴィッツを疑っている訳ではなかった。アレイアに渡せば、帝国にもとねだられる気がしたのだ。


「それと、前回来た時のガストルニスに使った陣も」

「……は?」

「アウダクスが覚えてないとほざくのだ」

「覚えてないも何も……陣の発動条件を火に反応するようにしただけですが」

とか言うな。即興で描いたというではないか」

「はあ。実用第一ですので面白くないと思いますよ?」

「面白いか面白くないかは俺が決める。俺の模擬陣とどのくらい違うのか」

「ですから、そう違いは……」


 拳を握って口を真一文字に結んでいるヴィッツと、背後で笑いをかみ殺しているアウダクスの気配に、ビヒトは諦めて息を吐きながら渋々頷いた。

 それからふと思い出す。


「そんなものよりも」


 ざっと辺りを見渡して、書くものを探す。


「先に見せた方がいい陣が」


 ヴィッツはその雰囲気に気付いて抽斗から一式を取り出した。


「帝国には渡したんだ。湖に近付く前なら必要ないと思って言ってなかった。今朝のような水球は魔術の攻撃じゃない。魔力を水の周りに纏わせて形を整えているだけだから、魔力に穴を開けてやれば自壊する。ただの壁で受けるよりも効率的で、魔力も少なくて済むはずだ」


 手元で描き上がった陣を、ヴィッツは少し目を眇めて眺める。


「帝国は魔法で発動させてた」

「これだけ解りやすく書いてあれば、そりゃあ、できるだろう」

「実用第一だと言ってるではないですか。自分で使えればいいので、飾る必要も隠す必要もないんですよ」

「くそっ。腹立たしい。このまま口に乗せれば発動するんじゃないか? こちらの仕事まで取るつもりか」

「知りませんよ。こっちは確かめようがないんですから」

「洗練されていると褒めてるんだ。こっそり会っていたとバレても、いい言い訳まで出来た。アウダクス!」


 指で挟まれた陣を差し出され、アウダクスは無言で受け取って部屋を出て行く。

 ビヒトはもういくつか同じものを描いてから、ペンを置いた。

 ヴィッツが小さく何か呟くと、彼の前に魔力が展開する。


「うむ。いけそうだ」


 すぐに解けていく魔力の塊をじっと見ているビヒトに、ヴィッツは気付いたように視線を向けた。


「こういうのも、見えるのか」

「見える、ような気がするだけです。この辺に、このくらいの大きさで展開したでしょう? もう、解かれましたが」


 ヴィッツは細く息を吐いた。


「本当に、お前は……父上の気持ちが、俺にも分かる気がしてきた。ヴェル……あまり無茶はするな」

「……そうも、言ってられない。……兄上……父上の書斎には入れないだろうか」

「あそこは父上自らが閉じてるからな。父上に許可を貰え。……何かあるのか?」


 ビヒトは首を振る。


「あるといいなと、思ったんだ」


 軽い溜息をつくと、ヴィッツは魔道具を持ち上げた。


「お前と父上は一度ゆっくり話した方がいい。お前が思うほど、父上はお前のことを呆れても疎んでもないよ」


 カツンと石がぶつけられる。

 兄弟の空間は失われ、ヴィッツがドアに手を向ける。


「今はお互い忙しい。また時間をとろう」


 ビヒトは軽く目礼すると、部屋を後にした。




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