91 会議
呼びに来たのはアウダクスだった。
何も副団長職の彼が直々に来なくとも、と、三様の顔を見て彼は苦笑した。
「筆頭と
などとは言うが、つまり、彼等も同席するのだとビヒトに教える為に来てくれたに違いない。参謀や関係者の手前、あからさまな態度は
卒業して十年以上経っているというのに、校内は変わらなくて、次の授業のために教科書や辞書を抱えていないのが不自然にさえ思える。
第一魔術展開室を通り過ぎて階段へと向かうと、ヴァルムが何か言いたげにニヤついているのが目に入った。文句を言いたくなるのをぐっと我慢する。幸い、参謀もここには来たことがあるはずだとそちらに水を向けた。
「参謀はこちらに留学されていたとか」
「おや。よくご存じで。変わらなくて、懐かしいですね」
「帝都との違いはどこかありましたか?」
「そうですね……アレイアは帝都に比べると保守的で、故に古代の魔術の片鱗が見えるところが面白かったですね」
前を行くアウダクスも耳をそばだてている。
「帝都では古代のものはやらないのですか?」
「時間的には少ないですね。成り立ちはやりますが、削いで削って、いかに簡略化するかを叩きこまれます」
「大国らしい」
「確かに、戦いで速さは大事だからな……」
「その分、失くしてしまったものもあるのでしょうけど。時々、新しい目は必要ですね」
参謀がわざとらしい笑みを浮かべたところで、アウダクスが足を止めた。
座学の教室のひとつだ。口を噤んで視線だけで頷き合う。
ノックをして、返事は待たずにドアは開かれた。
扇状の段のついた席には、最前列に軍の関係者と思しき人物が二人座っていて、教壇の横に椅子を置いてヴァイスハイトが座り、その横にヴィッツが立っていた。
振り返って、一瞬だけ、ヴィッツが責めるような目をしたので、ビヒトは伏し目がちになってしまう。
アウダクスが右手を掲げ、すぐに拳を作って胸の前に戻す。アレイア流の敬礼だ。
「お連れしました」
「ご苦労」
ヴィッツたちに会釈をすると、すぐにアウダクスに案内された。先に座った二人と席をひとつ開けて並んで座る。アウダクスは入口まで戻って振り返ると、足を広げて腕は後ろに回し、立哨のような格好になった。
事実、そういう役回りなのかもしれない。
彼を見ていた訳でもないのに、ヴィッツはその形が整ってすぐに口を開いた。余程いつものことなのか、息が合っている。
「昨夜から皆様お疲れ様です。長々と口上を聞きたい者もいないと思うので、さっそく本題に入らせてもらいます。現状、思ったよりも事態は悪い。通常武器は魔力を纏わせねば傷をつけられもしない。かといって魔法が劇的に効いているとも言えない。貴方達の武器は少々変わっているようで、唯一のまともな戦力と言えるかもしれませんが」
ヴァルムは肩を竦めてみせた。
「切っても切っても生えてきやがる」
ヴィッツも軽く頷いた。
「現在、動きが鈍っているのは、偶然落ちた雷のお陰だ。偶然、ですよね?」
含みのある言い方に、視線を向けられて、一瞬だけビヒトは言い淀んだ。
「……もちろん」
嘘などついていないのに、後ろめたく感じる。
ヴァルム以外の全員の視線を受けながら、ビヒトは続くヴィッツの言葉を待った。
「では、その前に標的が放った魔法は何だったのか、判っているならお聞かせ願いたい。アレは何をしたかったのか。貴方は何をしたのか。自分に雷を落とすための魔法ではなかったはずだ」
ちらりとヴァルムを見たけれど、わしは知らんとばかりに視線を逸らされる。代わりに、ヴァルムの向こうにいる参謀が楽しそうにビヒトを見ていた。
「あー……あれは、たぶん『
「よく似ていたな」
「魔術式を立ち上げるのが下手糞で、遅かったから……」
すでにそこまでの言葉で、軍の二人は何を言っているんだという顔をした。
ヴィッツとヴァイスハイトの表情はさすがに変わらなかったが、アウダクスは目を瞠っていた。
「……少し干渉して範囲と方向を変えました」
がたりと、椅子から立ち上がったのは、参謀とヴァイスハイトだった。ハッとして、ヴァイスハイトはすぐに腰掛け直したけれど。
ヴィッツが怖い目でビヒトを睨んでいる。
あれは、目の前に呼んで納得のいくまで説明をさせたい時にする顔だ。
「相手の? 魔術式に? 干渉を? どうやって」
「どう……と言われても……」
「では、やってみせよ。私が撃つ」
「無理です!」
慌てて、ビヒトはヴィッツを遮った。まさかこの場で発動させるほどヴィッツは考え無しではないだろうが。
「アレは下手糞だと言ったでしょう。普段魔法など使っていないに違いない。貴方のような優秀な魔術師では組み立てが速すぎる。上位魔法のように詠唱の長い物でもどこかを削るのが精一杯だ」
「削る……」
立ち上がったままの参謀の呟きにも冷や汗が吹き出す。
「それは、発動前の魔術式が見えるということか」
ヴァイスハイトの声に、口を開きかけた周囲が一歩遅れた。
「見えるというか、感じるというか……」
「それは、己だけの力か」
答えなかったビヒトに少し安心したように、ヴァイスハイトは小さく頷いた。
「なるほど。冒険者には色々あるか」
「削るだけでは、あの動きにはなるまい?」
ヴィッツはすっかり家族会議のような顔をしている。「ヴェル」と呼ばれそうで、ビヒトは違う意味でもひやひやしていた。
「……書き足したんだ。削った上に……」
「ビヒトさん。他人の魔力の上に書き足すなど」
「相手もかなり違和感はあるようだった。ちゃんと思ったように発動したのだから、出来ないと言われても俺は知らん」
言いきって、ふと、ヴァルムみたいなことを言ってるなと可笑しくなって、心の中だけで笑う。
割って入った参謀に、ヴィッツが軽く咳ばらいをした。自分でも会議の席だと思い出したようだ。完全に置き去りにされている軍の二人を向いてしばし言葉を纏める。
「まあ、細かいことは置いておくとして、あれはやはり『
ビヒトは大げさに頷いた。
「見られなかったのは、残念です。魔力の大きさは、感じたのですが」
参謀が肩を竦めて席に着くと、ヴィッツは挑戦的に笑った。
「なに。長期戦は免れぬようだ。もう一度くらい、何かしてくれるんじゃないか。なぁ、ビヒトさん」
「その時次第だ。発動が速ければ、下手に触れん」
正論を言っているだけなのに、ヴィッツの目は出し惜しみするのかと責めるようだった。
これは、事が片付いても、しばらく放してもらえそうにないかもしれない。
「まあ、まあ。秘匿したいことはそれぞれあるでしょう。それよりも、あれはアレイアに残ってないのですか」
あれ? と今度は全員が参謀に視線を集めた。
「失われた、魔法」
にやりと笑んだ参謀の言葉に、今度は軍の二人が立ち上がる。
「貴様、それがアレイアにとってどういうことを意味するのか知ってのことか!」
「おや。どういうことでしょう。私は聞いただけです。一番効果的そうな魔法をね」
さらりとうそぶいて、参謀はヴァイスハイトに視線を向ける。
「筆頭はご存じありませんか。カンターメン家は古い家なのでしょう? その名を帝都の図書館でも見たことがありますよ」
あの写しだ。
ビヒトもできるだけ自然にヴァイスハイトを窺う。ヴィッツは訝しげにしているので知らないに違いない。
「もうないものだから、『失われた魔法』というのだ」
「古代魔法の影響が色濃く残るアレイアならばと、思ったんですが……」
「そちらこそ、古代遺跡へ入ったそうではないか」
表情一つ変えずに反撃に出るあたり、政治に携わる人間というのは一筋縄ではいかない。それを思うと、ビヒトがあの丘で、少しなりとも反応を引き出せたのは幸運だったのかもしれない。
ヴァイスハイトはゆっくりと参謀とヴァルムを見比べた。
「わしは案内と護衛以上のことはしてない。そもそも、ついた時点で人数は半減しておった」
「そのようですね。むしろ、よく数名でも戻してくれました。そこまでしても、新しい発見はほとんどありませんでしたが」
「ほとんど、ということは」
「失われた魔法が確実にあった、ということくらいでしょうか」
にこりと笑う参謀に、ヴァイスハイトも冷ややかな笑顔を返した。
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