59 似た者同士
ギリギリと牙と刃が擦れ合う音がする。よほど拮抗した状況なのかとも思ったビヒトだったが、ヴァルムはハテックから視線を上げてビヒトと目を合わせた。
それを隙と捉えたのか、ハテックは剣身から口を離すとヴァルムの喉元目掛けて伸び上がった。
放された剣はすぐに薙がれて、鋭い牙がヴァルムに届くことは無かったが。
一度飛び退いてヴァルムと距離を取ったハテックとの間に、ヴァルムの竜馬が割り込んで牽制する。
「そのまま行けりゃあ良かったんだがなぁ。ビヒト、ちょいと時間がかかる。先に行くか?」
「それの相手をするのか? ひとりで?」
「命どうこうなら心配ねぇ。コイツとはもう何戦もしとる。勝敗は半々ってとこだが、お互い命を取るまではやらない。ただし、横槍は嫌がるから待っとるなら手は出さずに守りに徹しろ」
「手を出したら?」
「命の保証はない。以前に横合いからわしに突っ込んできたお仲間が一撃でやられてるからな」
軽く肩を竦めるヴァルムに、それが
「結果と、奴の機嫌次第では遺跡まで案内してくれるかもしれん。どちらにしても、見逃してはくれんらしいから、川を見つけに行くでも見学するでも好きにしとってくれ」
「わかった。その辺にいる」
ビヒトが即答すると、ヴァルムはにやりと笑った。
単独行動するより、この場に留まった方が生存率が高いと計算したからだったが、正解だったのかどうか。
話が終わるのを待っていたかのように、ハテックはヴァルムに飛びかかった。間にいた竜馬もビヒトを乗せたフルグルもその場から少し離れる。
ヴァルムはハテックが近付く前に剣を一閃させた。
「――っらぁ!!」
剣圧、とでもいうのだろうか。重さを持った空気に押し戻され、ハテックは半分の距離も縮められずに着地した。が、着地と同時に地を蹴ってヴァルムの左側に回り込んだ。当然のようにヴァルムも体の向きを変えている。
ヴァルムの発した剣からの圧力はビヒトも構わず巻き込んでいた。フルグルから落ちそうになって、苦笑いしながら体勢を立て直す。ビヒトは取敢えず剣を抜いてから、もう少し離れることにした。
ハテックが剣を抜いたビヒトを横目で確認している。
そんな小さな隙に、ヴァルムは剣の腹で前足を掬った。
後ろ足で立ち上がったハテックに戻す刃で斬りつける。
「よそ見すんな。アイツは馬鹿じゃねえ」
グルルと喉の奥で発した音は疑問形のようにも思える。後ろ脚だけでひょいと後退して剣を躱すと、ハテックは幾つかの木を交互に蹴りつけ、とんとんと登って行った。一番低い枝まで辿り着くと、ビヒトに向かって一声吠える。
魔力が動いて魔法が発動する。
ビヒトは向かってきた
ハテックは目を細めると登った木の幹を力一杯叩きつけた。揺れる梢から、はらはらと木の葉が落ちてくる。ビヒトから目を離さずに、目の前に落ちてきた葉を一枚その爪で切り裂くと、低く語りかけるようなうなりを上げた。
何だかわからないうちにハテックはもう一度幹を叩きつける。木の葉が落ち始めて、また魔力が動いた。
さっきよりも弱い、と感じたそれは
今度は木の葉に手を出さずに、じっとビヒトを観察している。ビヒトは咄嗟に落ちてくる葉を目掛けて
どうやら思惑通りだったようで、鼻をひとつ鳴らすと、次にはたしたしと先程叩きつけた幹を前足で示した。
続けて放たれる魔法をビヒトは正確にその手の先に返してやった。にやりと、獣の癖に笑う気配がする。次にハテックが指したのはヴァルムだった。
間髪入れずに飛んでくる魔法を迷うでもなくヴァルムへと打つ。
ヴァルムはそれをひょいと避けて、ハテックに来い来いと手招きした。
「わかったろう? ビヒトは邪魔なんてしねえ。剣を抜いたのは自分を守るためだ」
がうがうとまるで会話が成立しているかのように声を立てて、ハテックは軽やかに降りてきた。
「あぁん? あれはわしを信頼しとるんだ。嫌われてんじゃねぇ」
「がーぅ。んな。んがっ」
「犬っコロが。叩っ切るぞ」
「ぐるるるる」
顔を突き合わせて同じレベルで言い合いをしているヴァルム達に、ビヒトは額を押さえて軽く息をついた。
「よく話が通じてるな。ひとつ訂正するなら、ハテックは猫科のはずだが」
同時に振り返った四つの瞳が純粋に驚きに満ちていて、何に驚いているのかは判らないが、互いの関係はなんとなく腑に落ちた。フルグルから下りて軽く手を上げると、フルグルに背を預けつつ宣言する。
「邪魔はしない。が、巻き添えはごめんだ」
呆れが声に滲んだのか、ちらりとヴァルムとハテックが視線を合わせた。嫌な予感がして、ビヒトは咄嗟に剣を構えて姿勢を正した。
次の瞬間には目の前にハテックが居て、慌てて飛び退く。
「ちょ……っと、待て!」
退いた先にヴァルムが回り込んでいて、ビヒトは一旦屈みこんでから足払いをかける。ひょいと飛び上がったヴァルムの剣がブンと頭上で風切り音を鳴らして冷やりとした。
「ヴァルムまで、どういうことだ!?」
「なんか腹が立ったから、一発殴らせろ」
がう、と相槌のように横合いから声がする。ビヒトは前転して間合いを取ってから振り向きざまに剣を振ってやった。
ハテックの姿が無い。
姿を探すよりも先にその場から駆けだした。背を掠る気配に心臓が縮む思いがする。
「おまえらっ! 人には手を出すなって、言っといて!」
フルグルが参戦してこないのは、多分、どっちも本気じゃないのが分かってるからなのだろう。
遊ばれてると分かっていても、黙って殴られてやるような性分じゃない。
三又に分かれた木を回り込みながら、ヴァルムとハテックの位置を確認する。後から追っていたヴァルムが反対側から回り込むために進路を変えた。
ビヒトは回り込んだ三又の木に手をかけて軽やかに登ると、一番太い枝へと渡って行く。
「やり合うはず同士が手を組むとか、気が合うにも程があるだろう……!」
ビヒトがぶつくさと文句を言いながら、ハテックが後を追って木に飛びついたのを警戒していたら、ヴァルムも真直ぐ木に突っ込んできた。体当たりされるとは思っていなかったのだろう。衝撃にハテックが足を滑らせて落ちていく。さすが、空中でくるりと回っての着地は危なげないものだったが。
ビヒトも無理にバランスを取るのを諦めて、ハテックの後を追うように枝から飛び降りた。
ハテックがヴァルムに冷たい視線をくれてやっている間に、落下の勢いを利用して後頭部に剣の柄を叩きこもうとする。その手をいつの間にか近付いていたヴァルムに弾かれた。
それで落とした分は帳消しとばかりに、ヴァルムが片眉を上げる。
ハテックは渋々というように納得して、また三つ巴だ。
「俺はやらんと言ってるだろう。やりたい奴だけでやれ」
「今更」
「
「がう、がう」
「獣の言葉も解らん!」
「こういうのもたまにはいい」
「訳すな! って、いうか本当にそうか!? 適当に言ってるんじゃないだろうな」
「適当に決まっとるだろう。だが、多分そう違わん。こいつは分かりやすい。嫌なら最初の一撃を避けずにいればよかったんだ。その後のフェイントも避けられたから、やる気に火をつけちまった。まあ、手加減はしてくれるんじゃないか?」
にやりと笑うヴァルムにビヒトは剣を突きつける。
「百歩譲ってそうだとしても、ヴァルムまで俺を狙う意味が分からん」
「あぁん?」
くっと笑って、ヴァルムは踏み出した。
「楽しそうなことに、混ざらずにおれるか!」
一撃一撃が重いヴァルムの剣をいちいち馬鹿正直に受けていては身が持たない。ビヒトは避けるか受け流すかで対応していくが、結果じりじりと後退することになる。
たまに隙を見つけて攻撃に転じても、あっさり避けられて、タイミングよろしくハテックと交代したりする。
なんで魔獣とそんなに気が合うんだと舌打ちが出た。
ハテックが魔法を併用してくることは無かったので、確かに手加減されているんだろう。だが、しなやかな身体は長い尻尾の先まで筋肉の塊で、どこが当たってもダメージが残っていく。
追い立てられるビヒトとは反対に、ヴァルムとハテックの瞳は輝きを増していった。
少々うんざりしてきた頃、魔力の気配がした。
目の前のハテックではない。もっと向こう。まだ遠くから。
何だ? と、束の間戸惑って、飛びかかってきたハテックの腕を左手で掴んで引き下ろした。咄嗟にとった行動だったので、ハテックは対応できずにきょとんと地面に転がっている。
魔法が迫っているのに気をとられて疎かになった右手を、今度はヴァルムに狙われ、剣が弾き飛ばされていく。
ああ、まずいと意外と冷静に考えて、ヴァルムの服に手を伸ばした。それを引く前に彼の身体が沈み込む。
ヴァルムの危機察知能力が発揮されていてほっとすると同時に、自分も飛んでくる魔法の軌道から屈みこもうとした。
その時、正面の下草を揺らして何かが飛び出してきた。
白くて小さな丸い塊。
あまりに突然で、あまりの勢いに、その白い塊をビヒトは思わず受け止めてしまった。
魔法は、それを追いかけてきた。
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