第四章 古代遺跡の遺物

54 砂漠越え

 竜馬で砂漠を越えるのは、大変だぞ。

 そう砂漠の入口の街で聞いてはいたのだが、ヴァルムもフルグルも頓着しなかった。

 何度か砂漠を越えているヴァルムは、砂の中でも踏み固められた道のようなものがあって、そこを行けば竜馬でもなんとかなる、と軽い調子で答える。


 準備と休憩を終え、陽が落ちるころ砂漠に踏み込んでいく。やはり柔らかい砂地は歩き難いらしく、ペースはゆっくりとしたものになっていた。

 所々に現れる巨大なアリジゴクを避けて迂回したり、棘のある植物だと思っていた物が襲い掛かってきたりと、目的のオアシスに着いたのは東の地平線が白み始めた頃だった。


 方向を確かめて日陰になる方に寝床を定める。

 腰を下ろそうとしたら岩陰からサソリが一匹出てきたので、ビヒトは素早く短剣で突き刺した。


「数は多くねぇがな。念の為、発動させとくか」


 ヴァルムは荷物の中から魔道具を取り出すと、ビヒトに放り投げた。

 風の盾は有効範囲が決まっているので、寄りあって毛布に包まる。


「なんで、こっちが日陰になると判った? 磁石、持っとらんだろう」

「アレイアの方向は判る。細かいことは分からないが、西へと進んできたんだから、あっちが大体東だ」

「……そういえば、湖の位置が判ると言っとったか。ここまで離れても判るのか!」

「判るな。意識を向ければ……」


 ふぅむ、と感心したような相槌が聞こえて、ビヒトは目を瞑っていても顎に手をやるヴァルムが見えるような気がした。


「だいぶ珍しいか……?」

「そうだな。お前さんの家はあの辺りのヌシと縁が深いのかもしれねえな。これから行く森は感覚が狂いやすいから、役に立つかもしれん」


 ヌシと聞いて、ラディウスと話したことを思い出す。


「ヴァルムはヌシに会ったことがあるのか? アレイアの主も、知ってたり?」

「会ったというか、偶然行きあったというか。何度かな。遠目に見ることがほとんどだが、鉢合った時は肝が潰れたわい」

ヌシかどうかはどうやって判るんだ?」

「気配、としか。どいつも並はずれてデカくて、びりびりするほど力を感じる。額に特大の石を持っとるぞ。好戦的かどうかは個体によって違うみてぇだな」

「昔、デカいサソリとやり合ったって噂が流れてたが、あれも?」


 ヴァルムは喉の奥で笑った。


「いんや。やっとらん。偶然鉢合っただけだ。ちゃんとしたヌシとはいたずらに事を起こせん。次の主が決まるまで、その辺り一帯が無法地帯になるからな。……アレイアは……あの湖の底に居ると思うぞ」

「……は?」


 確かに中心部は深い湖で、底まで潜った者はいないかもしれないが、何かいるなら誰かが目撃しているはずだ。

 ビヒトは思わず目を開いて、ヴァルムの顔を確かめる。

 閉じたままの瞳もその表情も冗談めかしたものではなかった。


「朝の雷も湖の方から聞こえると言っとったじゃないか。おめえさんは湖の位置が判るんじゃなくて、湖にいるヌシの気配を感じとるんだ。あるいは、主の魔力を。こんな所まで判るということは、よほど縁が深いのか……目をつけられとるか……両方かもしれん」

「カンターメン家が、だよな?」

「さあ。お前さんと、お前さんの親父さんはおそらく。他の兄姉も湖について何か言ってたか?」

「……いや」


 兄も姉も、特に湖に関心がある様ではなかった。ひとりで森に入って遊んで帰ると「迷子になるからやめなさい。湖に落ちたらどうするの」と姉に注意されて、迷子になるのもうっかり落ちるのもあり得ないのに、と不思議に思ったものだ。


「では、一族でも差があるんだろう。、誰かがお前さんがやろうとしたことを止めて、決着に手を出した。結果は同じだったかもしれないのに。『まだ早い』と、わしは受け取った。雷はお前さんではなく、お前さんのナイフに落ちたからな。わしと熊には真直ぐ落ちて来たっていうのに。あの時、いつもと何か違ったか?」


 違った。ビヒトは今でもはっきりと覚えている。

 そうだ。あれは――


「ヴァルムの、剣を借りたときみたいに、感覚が鋭くなってた。術式が見えるような気になって、だから、書き換えられると……あの、ナイフが何か……」

「いんや。あれはその辺で買えるナイフだ。なるほど。力を貸してたな。斬るまでは想定内だった。わしも出来てることだ。だが――その先は、都合が悪かった。そんなとこか」


 ヴァルムはひとりで納得していた。


「力を? 何故、あの時だけ?」

「力といっても感覚を上げるくらいだろうが。あの時やってきた魔熊まゆうは彼等のルールから外れた個体だった。自分の縄張りに入ってきたら、排除したいだろうがよ。ヌシは自分で動くことは多くない。あいつを追っていたわしは丁度いい駒だったんだろう。あの辺りに魔獣が少ねえのは、主の気が満ちてるからだ。普通、そういう場所には眷属が多いものだが……そいつらも見当たらないのは不思議なんだよな。たぶん、眷属がいないから他の奴等を寄せ付けないようにして護っとるんだと思うが」

「眷属が、いない」

ヌシが鳥なら鳥が、蛇なら蛇がその影響下にあって情報を交換しとる。はずだ。でなければ、外のことまで把握できんからな。魔獣はその司令塔も担ってるんじゃねえかと思っとる。だから、眷属がいないということは本来ないはずだ。ごく少ないかもしれねえが、いるはずなんだが……主の姿も分からなければ、憶測のつけようもねえな。湖の底にいるのなら、水と親和性の高い奴だと思うが」


 魚、蛙、亀。つらつらと思い浮かべてみるが、しっくりと来るものは無い。

 湖の気配も、見張られてるとは感じない。いつも静かにそこにある。主張したりせず、ただ静かに。

 いつの間にかビヒトの瞼が下りていて、ヴァルムの寝息が聞こえ始めた。

 空は刻一刻と白んでいき、生き物たちは活動を始める。自分たちを護る微かな風の音を聞きながら、ビヒトは眠りに落ちていった。



 ◇ ◆ ◇



 気温が上がってきて、ビヒトは一度起き出した。かけていた毛布で屋根を作り、確実な日陰を確保する。それから地面に陣を描いて緩やかな風が抜けるようにした。

 この暑さでも毛布を蹴り飛ばしつつ起きないヴァルムは流石というべきか。

 もう一眠りして昼頃に起き出すと、ヴァルムが小さな湖とも呼べない水溜りで沐浴しているところだった。


「おぅ。陣描いてくれたんだな。よく眠れたわ。やっぱり便利だな」


 素っ裸でニッカと笑う男にビヒトは苦笑する。

 火を熾してからヴァルムに習って汗を流すと、下ばきだけ身に着けたヴァルムが、いつの間に獲ったのか、魚を枝に刺して火で炙っていた。


「手馴れてるな」

「こういう生活の方が長ぇからな」


 確かに少し生き生きとして見える。

 簡単な食事を終えると、オアシスを一周してみたり、竜馬たちを洗ってみたりして時間を潰し、夕刻には次の目的地へと出発した。


 少し遠回りになるんだが、と言いつつヴァルムが次に目指したのは、砂漠のオアシス都市であるフォンスだった。大きな湖の周辺に建物が集まって、道々にびっしりと露店が開かれている。砂漠の中とは思えない賑わいに、ビヒトはぱちぱちと瞬いた。

 驚いたのは賑わいばかりではない。鐘もならない夜中だというのに、露店がひしめき合い、肌や髪の色の違う人々が闊歩し、街が明るく息づいていることにもだ。


「ここは昼も夜もこんな感じだ。常に店が出ているから、何かに困ることがねぇ」

「いつ寝てるんだ?」

「同じヤツが一日中いる訳じゃねえよ。店も客も入れ替わってる」


 確かに、店といっても地面に布を広げて物を並べているだけだから、入れ替わりも大変ではないのかもしれない。

 ここで必要なものを手に入れるというが、ヴァルムが最初に探し出したのは、そろそろ老年に差し掛かろうという女性が店番をしている、民族風のアクセサリーを売っている店だった。




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